読書日記

いろいろな本のレビュー

ナショナリズムの美徳 ヨラム・ハゾニー 東洋経済新聞社

2022-04-21 13:31:05 | Weblog
 まずナショナリズムの定義を辞書的に書いておくと、「ある民族や複数の民族が、その生活・生存・の安全、民族や民族間に共通する伝統・歴史・文化・言語・宗教などを保持・発展させるために民族国家あるいは国民国家(ネーション・ステート)と呼ばれる近代国家を形成し、国内的にはその統一性を、対外的にはその独立性を維持・強化することを目指す思想原理・政策ないし運動の総称」(日本百科全書)とある。普通ナショナリズムが強調されることは、他国との軋轢が増すことが危惧されて、好ましくないという評価だが、作者はこれを肯定的に見ていることが本書の特徴である。というのも著者はイスラエル人で母国がシオニズムの結果生まれた歴史を背負っていることが大きい。イスラエルが中東諸国との軋轢の中で、アメリカとの強固な関係を維持することで国を維持してきた原動力はナショナリズムなのだ。

 そのために核兵器をはじめとする軍事力を強化し、他国との戦争に備える体制を下支えするのがナショナリズムである。逆にいうとユダヤ人の文化や期限、宗教を堅固に共有しているので、国としてまとまりやすいのだ。本書では「ネイション」言葉が出てくるが、これを著者は「共通の言語や信仰を持ち、防衛やその他大規模な事業のために一丸となって活動した過去を共有する、多数の部族」からなる集団のことだと定義している。「信仰」を「なんらかの文化的価値」と置き換えれば、冒頭の「ナショナリズム」の定義と同じになる。

 著者は無政府状態と帝国主義を両極に置き、その中間的なものとして国民国家を置いている。そして国民国家が、最も個人の自由や多様性を擁護し発展させることができる政治体制だと指摘して」いる。著者曰く、「帝国主義者は、自分たちの支配が人類に平和と経済的繁栄をもたらすのだから、領土拡大こそが正しいと主張し、ナショナリストは、正しいのはネイションの自由と自決であると強調する。どちらの主張にもある程度の妥当性はある。しかし、国民国家樹立の政治的理想の大義であり成果でもある、限りない拡大を目的とする戦争に価値を置かないとする姿勢自体が、この二つの見解の間の論争に決着をつけられるほどの大きな利点であるかもしれない」と。ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにしている身にとって、著者の指摘は誠に正鵠を得たものと言える。

 最後に著者は「普遍的機関への政府の権限の非移譲」を挙げている。すなわち普遍的な平和と繁栄の名の下に、国民国家から自主的な判断力と行動力を取り上げることを目的とした国際機関の設立の問題である。具体的にはEUが例に出されている。著者曰く、「国際機関が加盟国に対して強制力を持つならば、それは帝国政治秩序の機関以外の何ものでもない。こうした機関へ権限を移譲すれば、必ず国民国家からなる秩序は崩壊して帝国秩序と化すしかなくなる」と。そしてカントの『永久平和のために』の、国際国家や帝国主義国家の樹立こそ理性が唯一命じることができるという主張を批判している。このあたりの論も、著者がイスラエル国民であるということが影響している気がする。これは第二十一章の「普遍帝国からの解放」に詳しく述べられている。

 ナショナリズムに裏打ちされた国民国家が近代的な自由民主主義の政治制度や市場経済も機能させられるという著者の論は理解できたが、独裁者プーチンのロシア帝国が無法の戦争をウクライナに仕掛けている現状をどう見るかが重要な問題である。非力な国民国家はNATOのような軍事同盟に頼らざるを得ない側面もある。NATOも国際機関の一種と言えないこともないので、加盟国は必然的に帝国主義的秩序に縛られることになる。ロシアや中国のような全体主義的抵抗主義と国民国家がいかに対峙するか。そして西洋的・普遍主義的価値観とロシア的価値観、中国的中華思想的価値観のはざまで日本かこれからどう動いていくのか、難しい問題である。

中国共産党、その百年 石川禎浩 筑摩選書

2022-04-12 09:43:06 | Weblog
 本書は結党百年を迎えた中国共産党の歴史を描いたのもので、大変面白く読めた。結党時指導を受けたスターリンのソ連共産党(コミンテルン)はすでになく、その後継のプーチン率いるロシアは、ウクライナに侵攻して理不尽な戦争を仕掛けている。共産党国家のなれの果てが、さらなる帝国主義的侵略を企図して西側諸国の反発を招いており、世界は今空前の危機にある。対して親ソの中国はいまのところだんまりを決めて煮え切らない。まあ中国にしてみれば、反西欧の全体主義国家としてそのアイデンティティーを維持するためにはそうたやすくロシアを見捨てることはできないだろう。台湾併合を掲げている手前、今必死に行方を眺めているのだろう。もしプーチンが倒れたら、その衝撃は大きい。習近平は心配で寝付かれないのではないか。

 中国共産党の立役者と言えば毛沢東で、彼の事跡を中心にが書かれているので、わかりやすい。創設当時組織が弱体であったために国民党に付属しながら勢力を伸ばしていったこと。二度目の国共合作で、蒋介石を軟禁した軍閥の首領張学良が敵方の共産党に入党を希望していたこと。これは思想的に共産主義に染まっていたというよりも、共産党員になることで、ソ連からの軍事・経済援助を受けたいという実利目的があったのだが、結局ソ連の反対で実現しなかった。また拘束した蒋介石の命を保証すべしという指令がソ連から張学良に出ていたこと。また孫文夫人の宋慶齢が共産党の秘密党員で、共産党活動の庇護者だったこと。作家の魯迅は共産党員ではなかったが、党との関係は悪くなかった等々、教科書ではわからないことがたくさんあった。

 毛沢東の政治手法は路線闘争というべきもので、これによって反革命を暴き出して打倒していくという手法である。このために会議を頻繁に招集して、記録をきちんと取りこれを毛沢東がチェックするということが行われた。彼は農民の出だが、比較的豊かな家に育ったので、読書するという習慣があり古典にも通じていた。それで、文章を書ける部下を重宝したという。1970年に日中国交回復の調印に時の田中角栄首相が北京に行ったとき、毛沢東は田中首相に『楚辞集註』をプレゼントしたのは有名である。なぜ『楚辞集註』なのか、いまだに謎である。(閑話休題)作者によると「路線」で歴史を語るという毛沢東の思考法は日中戦争の歴史認識にも影響しているという。すなわち、毛沢東の時代には、日本の戦争や侵略の責任が取り立てて強調されなかったが、それは敵方(日本)に対する敵意・憎悪よりも、中国の側が戦争をどう闘ったかの「路線」の方が大きく強調されたせいだということである。実際、毛沢東は日本が戦争を仕掛けてくれたおかげで、共産党は国民党に勝利して権力を握ることができたと言っている。冷厳なリアリストである。

 その「路線」闘争の最悪の結果が「文化大革命」である。すべての旧弊を壊して新しいものを生み出す。「造反有理」の名のもと、紅衛兵が跋扈して大きな悲劇が生まれた。「路線」を強調するあまり、個人の人命が軽視される。これは中国共産党の悪しきDNAである。無謬の共産党が人民を指導する。党に反抗することはご法度。この上意下達の構図が共産党の歴史になっている。ところが昨今のコロナ禍で、地方政府が中央を忖度して実施する都市閉鎖が大きな問題になっている。今、上海は都市封鎖されて人々の生活は脅かされているが、これが失敗すると党の権威は瓦解する。共産党は無敵だがウイルスには負けたということでは洒落にもならない。習近平の喫緊の課題はコロナ対策とウクライナ問題である。それをどう乗り越えるか。目が離せない。自身を毛沢東に擬して終身主席を企んでいるのだから、ここで失敗は許されない。