読書日記

いろいろな本のレビュー

信仰の現代中国 イアン・ジョンソン 白水社

2022-12-13 09:12:58 | Weblog
 出版元の白水社は全体主義国家に生きる庶民の日常を描いたり、反権力の活動をする人間を描いたりという内容の本を多く出版しており、私の好きな本屋である。本書の副題は「心のよりどころを求める人々の暮らし」で、中国の庶民の宗教事情をルポしたものだ。内容は習近平が主席になった頃で、今から10年前のものである。2012年の春節から一年間の出来事を追っている。内容は七部構成で、中国の伝統的な暦に基づく二十四節季(「啓蟄」「清明」など)に振り分けられ、それぞれが「北京」「山西省」「成都」「しきたり」「実践」という五つのテーマに分けられている。

 「北京」の各章では、聖なる山である妙峰山への参拝客にお茶をふるまう香会を営む倪家、「山西省」の各章では、都市化の進む農村地域で道教の音楽を奏で、儀式や占いをする李家、そして「成都」では精力的なプロテスタントの牧師であるワンイーのことがそれぞれ取り上げられる。本書によると中国には仏教徒と道教徒がおよそ二億人、プロテスタントが5000万から6000万人、ムスリムが2000万から2500万人、そして約100万人のカトリックがいるという。合計すると3億人が信仰をもっていることになる。これ以外に、何らかの形の道教や民間信仰を行う人々が1億7500万人いるというから相当な数である。

 Uチューブなどで、中国農村散歩的なものが盛んに投稿されているが、貴州省の市場などで、「算命」(占いのこと)と書いた看板を掲げて商売しているのをよく見かける。貧しい生活の中で、自分の人生を気に掛ける人々がいかに多いかがわかる。江沢民時代に法輪功が弾圧されてから、宗教に対する締め付けが厳しくなったが、依然として魂の救済を求める人間が多いのは事実である。しかし共産党は信教の自由を認めておらず、法令で宗教は政治と結びつくべきではなく、国に規制されるべきものだと明確に定めている。地下の活動は黙認されるかもしれないが、違法である。外国の組織と関係を持つことも同様に禁じられている。

 中国共産党としては宗教は伝統的な儒教や道教由来の者は大目に見て黙許する傾向があるが、キリスト教に関しては厳しく抑え込んでいる。先般キリスト教会が当局によって破壊されるニュースを見たが、ひどいものである。従って未登録のキリスト教はマンションのような建物に拠点を置かざるを得なくなっている。これは習近平がキリスト教に敵意をいだいているという証明だと断定はできないが、仏教やその他の伝統的な宗教よりは厳しいことは確かだ。事実2016年に習近平は、宗教の中国化を求める会議の議長を務め、主流宗教を支持するのは、それらが中国の伝統的価値体系の再生に明確に結びついている場合に限定するという立場を明確にした。

 それもあってか、牧師のワンイーが2018年12月妻のチアンロンとともに逮捕され、教会も閉鎖された。妻は半年後に解放されたが、ワンイーは19年12月に禁固9年の刑を受けたという報告が訳者あとがきに書かれている。ちょうどキリスト教会が破壊される時期と符合する。習近平は何が何でも体制維持が大事で、それ以外のことは考えていない。今の地位を維持するために命を懸けている。逆に転落すれば、待っているのは死であるから生きてる間はこの圧政は続くであろう。しかしコロナ禍という難敵が彼の行く手に立ちはだかる可能性がある。相手はウイルスゆえに宗教弾圧・人権弾圧のようにはいかない。見えざる敵、いわば透明人間と戦うようなものだ。目が離せない。

アメリカの教会 橋爪大三郎 光文社新書

2022-12-05 09:45:10 | Weblog
 副題は「キリスト教国家」の歴史と本質。アメリカは世俗主義国家とはいえキリスト教の縛りが非常に強い国である。大統領の就任時の宣誓にしてもダーウインの進化論が教育段階で排除されるにしても神の存在を前提にした事例が多い。本書はこのアメリカのキリスト教について詳細な解説を施したもので、まるで百科事典を読んでいるようだった。それは極力感情的な表現を排し、客観的な記述を心掛けたためであろう。

 今回は本書を読んで、私の今まで理解が足りなかった事柄を取り上げたい。第一に、新大陸にはイングランド以外にスペイン、ポルトガル、フランス、オランダなどが植民地を持っていたが、それらの国はカトリックが唯一の教会であって(オランダは改革派)、本国の教会が植民地の教会になるのに、今のアメリカはそうなっていないという問題。これについては、フランスは、ルイジアナ(ミシシッピ河の流域)やカナダの一帯を、スペインはフロリダや北米大陸西部の一帯を植民地としていた。フランスもスペインもこれらの地域を手放したので、その影響はアメリカ合衆国にほとんど残っていないというのが著者の回答。

 第二に、イングランド植民地の宗教はどうかという問題。イングランドは国王が特許状(チャーター)を発行して誰か(個人や法人)に植民地の経営を任せるやり方を取った。入植が始まった頃はヨーロッパでは宗教をめぐる混乱が続いており、信仰の自由を求めて新大陸に渡る人が多かった。そのような状況下で、イングランド国教会を飛び出したピルグリム・フアーザーズ(分離派といわれる)をはじめいろんな派の人々が入植した。先述のように本国は植民地の教会のことまで干渉しなかったので、イングランドの植民地はさまざまの教会の展示場の様相を呈することになった。それは教会は民間の任意団体で自由に設立できるという事情と関わっている。これがアメリカが世俗国家であることを保障している。カトリックやイスラムが支配する国家とは違うのである。本書では各宗派の特徴をわかりやすく解説していて大いに参考になる。

 第三に、なぜアメリカでは共産主義(共産党)が認められないのかという問題。著者は言う、マルクス主義は宗教ではなくて政治思想である。そして、非暴力ではなくて暴力による革命思想である。しかも無神論である。宗教はアヘンだとする。マルクス主義は神の代わりに理性を信じ、科学を自称する。知的な人々の組織である共産党が世界の解釈権を握る。そして人々を統治する。要するに人の支配である。これは「神の支配」を当然視して神の王国の到来を待ち望むキリスト教と両立しない。よってアメリカはマルクス主義を受け入れない。アメリカは反共である。マッカーシズム(第二次大戦後の1950年に起こった共産主義者弾圧事件。上院議員のジョセフ・マッカーシーが非米活動委員会を舞台に、国務省など政府関係者、ハリウッドの映画関係者、マスメディアの人々を共産党員などの嫌疑で次々告発した)はその極端な表れである。これで共産党は非合法化された。ちなみにハリウッドの映画界で共産主義者の摘発に一役買ったのがロナルド・レーガンである。彼が後に大統領になれたのもこのことが影響している。

 以上三点、今まで不明な点がはっきりした。橋爪氏のおかげである。最後に「結論」としてまとめがついているのもうれしい。今話題の中国については、「世俗の政府と教会(中国共産党)が合体した、神聖政治になっている。自由や民主主義の余地はない。資本主義が発展すれば、そのうち民主化するかもという話ではない」とある。中国共産党は一神教を主催する教会であるがゆえにチベット仏教も、イスラム教も、カトリックもプロテスタントも法輪功も厳しく管理して抑え込んでいるのだ。スマホと監視カメラでの統治。そしてあの独裁者とその取り巻き連中。庶民はすべてわかっているはずだ。国の将来を。