「太陽にほえろ!」当直室 仮設日誌 PART2

6年半ご愛顧いただいた『太陽にほえろ!当直室』(since2002年5月)復活ブログ、引っ越しました。(2014年7月)

NHKの180分

2021-03-01 20:15:54 | 当直室日記
『ありがとう裕さん さらば石原軍団 ~日本人が最も愛した男 真実の物語~』(2月27日(土) NHK BSプレミアム)
民放で放送したら4時間半ぐらいになるんじゃないかというボリュームにまず驚き、素材はNHK以外からも調達、気合の入った番組でした。小職が見たことのある映像が6割ぐらいだったような。ゴリラ開けぐらいの渡さん方々の映像も見た記憶があります。
ただ、NHK素材はなぜか1984年ごろの裕次郎さんが多く、多分西部署の撮影が終わった後だと思いますが、あまり体調の良くない時期の素材が結構鮮明な画像なので、ちょっと切なくはなります。

ところで、内容は当然「裕次郎さん方面からの目線」であることと、あくまでもテーマが裕次郎さんの人となりが軸なので、いつもの大スターで歌手という立場の裕次郎さん回顧番組とは構成が違った感じがありました。「経営者としての顔」という部分が濃く加わっているからだと思います。それに5社協定の部分は目線によっては色々と意見がある部分は否めないし。
再放送があったなら、その辺りは踏まえて未見の方はご覧いただいた方が良いかもしれません。

なので、良純さんのある意味客観的なナビは悪くなかったと思いますし、それが裕次郎さんへ傾倒し過ぎな内容をかなり中和していたと思います。これが石原プロシンパの方だったら、あまりにも偏った感じになっていたと思います。

『黒部の太陽』については、例の事故の件が映像的に説明されたのは画期的だったんじゃないでしょうか・・・ってそれじゃ土木工学の番組じゃん、けぶよ(^_^;)

個人的には、檀喧太氏が電線音頭を熱唱する、闘いの日々時期の映像がツボでした・・・ってこの映像がテレビ東京からの提供というのもなかなかオツです。(石原プロ事務所には太陽カレンダー1976のボスが貼ってあり。)

太陽関連では岡田P氏登場、話はお馴染みのものですが、多分新録?
短いですが、仕方がない。

おそらく、裕次郎さんにとって、太陽の仕事はあくまでも責任を持った外部の仕事という踏まえかたで、ご自分の物差しでの作品性はあまりお求めではなかったんじゃないかと思います。あくまでも太陽制作側の意図に従っていたというスタンスだったように思えます。もう一つは外部とのつながりを持つ社交場的な要素もあったんじゃないかと。

なので、裕次郎さんにとって、日活の時代の映画は「仕事」、石原プロ立ち上げ後の映画やテレビ(もちろん、歌唱も含め)は「事業」、だとすると、太陽は事業があまり絡まないある意味フリーランス的な「仕事」であったのかなぁ・・・。
裕次郎さんが目指す映画というのは、多分、最初に手掛けた「太平洋ひとりぼっち」、最初にテレビを手掛けた「大都会 闘いの日々」あたりが一番近いのかもしれない・・・というのが、今回改めて感じたところですね。

と、若輩者がメモっておきます<(_ _)>

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