山小屋にいつもの媼渋団扇
あの小母さん元気かな
山小屋の小母さんのあの甲高い大きな声
もう80才近くのはずなのだが毎年元気に迎えてくれる
山菜中心の晩飯がまた旨い
台所わきにはもう何年も使いまわしているだろう
渋団扇があるはずだ
捕虫網遠目に追ふや戦中派
昭和18年は戦争の真っ最中
私はこの年に生まれた
ひもじい幼年時代がつづいたはずだが
不思議とそのひもじいという記憶はない
捕虫網をかざして野原を駆けまわったり
蛙の卵を探ったりの記憶が夏になると蘇る
捕虫網をもった少年をみたりすると
遠目に彼をずっと追いかける
心太厭な話はとどまらず
心太をひとりで食することはない
最近はコンビニなどで手軽に手に入るが
外出先でも家庭でも必ず相伴の相手がいる
不思議なことに嫌な話は
いつのまにか消えている
脳裏には心太の原体験があって
厭な話はきっとひとつとしてなかったのだろう
あの小母さん元気かな
山小屋の小母さんのあの甲高い大きな声
もう80才近くのはずなのだが毎年元気に迎えてくれる
山菜中心の晩飯がまた旨い
台所わきにはもう何年も使いまわしているだろう
渋団扇があるはずだ
捕虫網遠目に追ふや戦中派
昭和18年は戦争の真っ最中
私はこの年に生まれた
ひもじい幼年時代がつづいたはずだが
不思議とそのひもじいという記憶はない
捕虫網をかざして野原を駆けまわったり
蛙の卵を探ったりの記憶が夏になると蘇る
捕虫網をもった少年をみたりすると
遠目に彼をずっと追いかける
心太厭な話はとどまらず
心太をひとりで食することはない
最近はコンビニなどで手軽に手に入るが
外出先でも家庭でも必ず相伴の相手がいる
不思議なことに嫌な話は
いつのまにか消えている
脳裏には心太の原体験があって
厭な話はきっとひとつとしてなかったのだろう