(42)
一年近く、同じ駅を使っていると、なんどか見かけた顔があるものだ。同期に誘われ、となりのビルに入っている、とある生命保険の会社のOLと飲み会をすることになり、席に座って、その顔を眺めると、何人かはそれらに属している顔だった。
それで、不特定多数の顔が、組織に含まれた一員の顔になり、それを手がかりに話し始める。そうすると、相手も何回かぼくの顔を見て知っていたらしい。
「ときどき、サッカーの本や、ファッション誌を持っていますよね」
と、言われた。実際にそのとおりだった。
「なんだ、今度みかけたら声をかけてね」と伏線を引いた。
話は、それぞれのグループが出来て、それなりに盛り上がっていく。なかでも賑やかなのは、ぼくの同期が入っているところだ。彼は天性の明るさがあり、その人柄に触れるとだれもが暖かな笑顔を浮かべる。だが、その反面なのか細密な仕事には向いていない。時々、注意をされているときも見かけたが、直ぐにそのことを忘れられるらしく、ストレスをためないで暮らすことができた。怒っている人も彼に対すると、怒りの持続が保てないようで、結論として「まあ、いいや。今度から注意深くしてね、」という解決になった。
その人柄は、今回もまちがいなく発揮されている。彼のまわりには笑いの渦があり、その中心に彼が存在する。こころとこころの垣根がないのか、それとも低いのか、彼からは見習うべき美点が多かった。
ぼくは、小さなグループで喋り、それから一対一で会話することになる。こうした中では、自分のありのままの姿を示せることができるが、生まれついてのリーダーには決してなることがないタイプだと、自分で分析していた。
雑誌社のなかでの仕事を面白おかしく説明し、いくつかの成功体験と失敗した話をした。ぼくと話した子は、人の話に熱心に耳を傾ける子で、そういう子に対すると夢中で話してしまう瞬間と衝動がある。彼女たちは、その話を胸にしまい、きちんと折りたたんで整理する。あるとき、再び持ち出す要求がある場合は、劣化もせずに再構築することができた。自分は、そうした会話上のテクニックや術を有していないので、単純にあこがれてしまう。
数時間が経ち、それぞれの疲れと酔いが深まり、それでも二次会にはカラオケに行った。自分は、片隅で酒を飲んでいる。華やかな歌がうたわれ、バラードで場が静まり、そろそろ電車の時間を心配するころが迫っていた。
電車内でぼくを見かけた子が、よくきくと家も近いので、一緒の電車に乗り込んだ。いつもより、社内は混んでいて揺れも大きかった気がする。自然と手すりをつかんだ手に力がはいり、弱々しげな細い身体の彼女はぼくにもたれた。冴えない頭だった一日は、このようにして終わっていく。
次の日は、社内であるテーマによるコンテストの発表があった。文章の能力のアップと潜在能力の見極めが必要らしく、毎年、行われているらしい。入社して数年のみの人間が参加できるが、ぼくは、そのコンテストで2位になった。そのことは嬉しかったが、問題は、昨日の同期が他の人の文章をそのまま使ったらしく、そのことがバレて小さいながらも問題になっていた。その後何日か彼はさまざまなところに呼び出され、注意されたり説明や弁解を要求されたりもした。しかし、思ったより罰は大きくなく、処遇も悪くないようにされた。甘いといえば甘いのだが、それも彼がふりまく人徳なのだろうかと、彼をよく知る人物は話し合った。
とりあえず、ここしばらくは紙面に文章を載せることはなくなったが、営業的な面は人並み外れて能力があるので、その方面で活躍すればミスはなかった話になるとのことだった。それで、同期入社のものは一同ほっとした。仲間が、競争社会でふるい落とされるのは、あまり気持ちの良いものではなかった。
何日かして、彼はとなりのビルの子と交際をはじめていた。社内で多少、元気がなかった彼を心配して自分はその子を誘い、仕事が終わったあと、彼を連れ出した。お互い、欠点があるものだ、という共通認識もあったのだろう。彼と交際している女性は、その日、ぼくと電車が同じ方面だったさゆりという子も連れてきた。自分には、真剣に付き合っている女性がいるという空気は、外面に出ないのだろうか。それとも、多くの人は、そんなことも関係なく生活しているのだろうか。今日は、彼に元気を取り戻してほしいという大義名分があるので、いそいそと仕事も早めに切り上げ、誰に呼び止められる隙もチャンスも与えず、冷たい空気の中に出た。ビルとビルとの間では、さらに冷気はつよく襲ってきた。
一年近く、同じ駅を使っていると、なんどか見かけた顔があるものだ。同期に誘われ、となりのビルに入っている、とある生命保険の会社のOLと飲み会をすることになり、席に座って、その顔を眺めると、何人かはそれらに属している顔だった。
それで、不特定多数の顔が、組織に含まれた一員の顔になり、それを手がかりに話し始める。そうすると、相手も何回かぼくの顔を見て知っていたらしい。
「ときどき、サッカーの本や、ファッション誌を持っていますよね」
と、言われた。実際にそのとおりだった。
「なんだ、今度みかけたら声をかけてね」と伏線を引いた。
話は、それぞれのグループが出来て、それなりに盛り上がっていく。なかでも賑やかなのは、ぼくの同期が入っているところだ。彼は天性の明るさがあり、その人柄に触れるとだれもが暖かな笑顔を浮かべる。だが、その反面なのか細密な仕事には向いていない。時々、注意をされているときも見かけたが、直ぐにそのことを忘れられるらしく、ストレスをためないで暮らすことができた。怒っている人も彼に対すると、怒りの持続が保てないようで、結論として「まあ、いいや。今度から注意深くしてね、」という解決になった。
その人柄は、今回もまちがいなく発揮されている。彼のまわりには笑いの渦があり、その中心に彼が存在する。こころとこころの垣根がないのか、それとも低いのか、彼からは見習うべき美点が多かった。
ぼくは、小さなグループで喋り、それから一対一で会話することになる。こうした中では、自分のありのままの姿を示せることができるが、生まれついてのリーダーには決してなることがないタイプだと、自分で分析していた。
雑誌社のなかでの仕事を面白おかしく説明し、いくつかの成功体験と失敗した話をした。ぼくと話した子は、人の話に熱心に耳を傾ける子で、そういう子に対すると夢中で話してしまう瞬間と衝動がある。彼女たちは、その話を胸にしまい、きちんと折りたたんで整理する。あるとき、再び持ち出す要求がある場合は、劣化もせずに再構築することができた。自分は、そうした会話上のテクニックや術を有していないので、単純にあこがれてしまう。
数時間が経ち、それぞれの疲れと酔いが深まり、それでも二次会にはカラオケに行った。自分は、片隅で酒を飲んでいる。華やかな歌がうたわれ、バラードで場が静まり、そろそろ電車の時間を心配するころが迫っていた。
電車内でぼくを見かけた子が、よくきくと家も近いので、一緒の電車に乗り込んだ。いつもより、社内は混んでいて揺れも大きかった気がする。自然と手すりをつかんだ手に力がはいり、弱々しげな細い身体の彼女はぼくにもたれた。冴えない頭だった一日は、このようにして終わっていく。
次の日は、社内であるテーマによるコンテストの発表があった。文章の能力のアップと潜在能力の見極めが必要らしく、毎年、行われているらしい。入社して数年のみの人間が参加できるが、ぼくは、そのコンテストで2位になった。そのことは嬉しかったが、問題は、昨日の同期が他の人の文章をそのまま使ったらしく、そのことがバレて小さいながらも問題になっていた。その後何日か彼はさまざまなところに呼び出され、注意されたり説明や弁解を要求されたりもした。しかし、思ったより罰は大きくなく、処遇も悪くないようにされた。甘いといえば甘いのだが、それも彼がふりまく人徳なのだろうかと、彼をよく知る人物は話し合った。
とりあえず、ここしばらくは紙面に文章を載せることはなくなったが、営業的な面は人並み外れて能力があるので、その方面で活躍すればミスはなかった話になるとのことだった。それで、同期入社のものは一同ほっとした。仲間が、競争社会でふるい落とされるのは、あまり気持ちの良いものではなかった。
何日かして、彼はとなりのビルの子と交際をはじめていた。社内で多少、元気がなかった彼を心配して自分はその子を誘い、仕事が終わったあと、彼を連れ出した。お互い、欠点があるものだ、という共通認識もあったのだろう。彼と交際している女性は、その日、ぼくと電車が同じ方面だったさゆりという子も連れてきた。自分には、真剣に付き合っている女性がいるという空気は、外面に出ないのだろうか。それとも、多くの人は、そんなことも関係なく生活しているのだろうか。今日は、彼に元気を取り戻してほしいという大義名分があるので、いそいそと仕事も早めに切り上げ、誰に呼び止められる隙もチャンスも与えず、冷たい空気の中に出た。ビルとビルとの間では、さらに冷気はつよく襲ってきた。
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