(17)
4月を終えると、5月には連休が待っていた。ひと月ほど、新たな環境で自然と精神は消耗し、それを回復させねばならず、また更にはたくさんのことを吸収しなければならない身にとっては、まとまった貴重な休みたちだ。その頃の5月の東京の空は、10代最後の着飾った少女のように輝いていた。
遥か遠い中東の子供たちも、同じような空を見ているのだろうか。自分の周辺のことに追われていると、そのような考えは自然と頭から締め出してしまう傾向にある。だが、この時は多少なりとも違っていた。なぜならば、休みの前に雑誌社の先輩と飲むことがあり、その人は取材で2月、3月と中東に行っていた時の写真を見せてくれたからだ。
もちろん、テレビの報道で湾岸戦争と呼ばれるものを人並みに注意をはらって見てはいたが、彼の写真を通して、本来の姿を垣間見ることが出来た。
悲惨な写真も山ほどあった。それは、戦場にもなっていたぐらいだから。だが、兄の子供と同じ年頃の子どもの姿に、日本と場所は違うが、その年ごろ特有の快活さと他者に対する好奇心がみなぎっている1枚の写真を見て感動してしまった。
たまたま、あそこに存在しているということだけで、彼らの教育過程や、誰かを失ってしまうことや、微かな憎しみを覚えていってしまうことなど、そのようなことまで考えさせてしまう何かが、その写真には含まれていた。同じ部署の女性の先輩が、そのカメラをぶらさげた先輩に引き合わせてくれ、とても感謝している。
人との出会いというのは、偶然なのだろうか? その中東の少年はぼくに勇気をくれるために10年ほど前に生まれてきたのだろうか?
みどりの両親が住んでいる長野に向かっている途中、そのことを反芻し、ぼくは無言でいる時間が長かった。車を運転しているぼくをみて、
「静かだけど、ちゃんと起きて運転している?」
と、暖かい口調で話しかけた。
「もちろんだよ。だけど、少し先のサービスエリアで休もうか?」
「うん。熱いコーヒーが飲みたくなってた」
彼女は、カセットテープの音楽から、ラジオ番組に変え、天気予報を気にしていた。
コーヒーカップを手にし、ガラスの扉から出てくる彼女。その2つのカップをぼくに渡し、背伸びをした。細めのジーンズがとても似合っていた。
「それ、いつから履いているんだっけ?」とコーヒーを戻しながら、みどりのジーンズを指差し、ぼくはたずねた。
「なに言っているの、この前一緒に買いに出掛けたんじゃない」
女性の不満。覚えられることが、男女で違うのだろうか。ぼくは頭の中の記憶を探したが、いつのことか全く思い出せないでいたが、あの時か、と独り言のように呟いた。
コーヒーを飲み終え、運転が好きな彼女は、自分の番だということで、シートに座り、椅子の位置やミラーの角度を調整した。
しつこいようだが、5月の空は、なんの後悔や雑念もない人の気持ちのように見事に青く輝いていた。ぼくは、うしろのシートをガサゴソ探し、自分のバックのジッパーを開けた。
「なんか、なくした?」
ぼくは包装紙に包まれた箱を出し、みどりの華奢な手首と、白い腕に似合いそうな買ったばかりの時計をプレゼントした。
「どうしたの、これ?」
「いや、最初に出た給料で、なんか買おうと思っていたから」
「こんな、大きな子を育てた覚えはないけどね」
と、彼女は言った。車内には、5月のさわやかな風と、古い70年代の甘いソウル・ミュージックと将来に対する希望が満ち満ちていた。
ぼくは、中東の少年のことを忘れてしまっていた。彼らたちも、大切な必要なものを手に入れることが出来たのだろうか。その後、なんとか存在を証明できるのだろうか。
もう直ぐ、彼女の両親の家に着く。ぼくは、下手な舞台俳優のように、その役柄にいくらか緊張し出した。
4月を終えると、5月には連休が待っていた。ひと月ほど、新たな環境で自然と精神は消耗し、それを回復させねばならず、また更にはたくさんのことを吸収しなければならない身にとっては、まとまった貴重な休みたちだ。その頃の5月の東京の空は、10代最後の着飾った少女のように輝いていた。
遥か遠い中東の子供たちも、同じような空を見ているのだろうか。自分の周辺のことに追われていると、そのような考えは自然と頭から締め出してしまう傾向にある。だが、この時は多少なりとも違っていた。なぜならば、休みの前に雑誌社の先輩と飲むことがあり、その人は取材で2月、3月と中東に行っていた時の写真を見せてくれたからだ。
もちろん、テレビの報道で湾岸戦争と呼ばれるものを人並みに注意をはらって見てはいたが、彼の写真を通して、本来の姿を垣間見ることが出来た。
悲惨な写真も山ほどあった。それは、戦場にもなっていたぐらいだから。だが、兄の子供と同じ年頃の子どもの姿に、日本と場所は違うが、その年ごろ特有の快活さと他者に対する好奇心がみなぎっている1枚の写真を見て感動してしまった。
たまたま、あそこに存在しているということだけで、彼らの教育過程や、誰かを失ってしまうことや、微かな憎しみを覚えていってしまうことなど、そのようなことまで考えさせてしまう何かが、その写真には含まれていた。同じ部署の女性の先輩が、そのカメラをぶらさげた先輩に引き合わせてくれ、とても感謝している。
人との出会いというのは、偶然なのだろうか? その中東の少年はぼくに勇気をくれるために10年ほど前に生まれてきたのだろうか?
みどりの両親が住んでいる長野に向かっている途中、そのことを反芻し、ぼくは無言でいる時間が長かった。車を運転しているぼくをみて、
「静かだけど、ちゃんと起きて運転している?」
と、暖かい口調で話しかけた。
「もちろんだよ。だけど、少し先のサービスエリアで休もうか?」
「うん。熱いコーヒーが飲みたくなってた」
彼女は、カセットテープの音楽から、ラジオ番組に変え、天気予報を気にしていた。
コーヒーカップを手にし、ガラスの扉から出てくる彼女。その2つのカップをぼくに渡し、背伸びをした。細めのジーンズがとても似合っていた。
「それ、いつから履いているんだっけ?」とコーヒーを戻しながら、みどりのジーンズを指差し、ぼくはたずねた。
「なに言っているの、この前一緒に買いに出掛けたんじゃない」
女性の不満。覚えられることが、男女で違うのだろうか。ぼくは頭の中の記憶を探したが、いつのことか全く思い出せないでいたが、あの時か、と独り言のように呟いた。
コーヒーを飲み終え、運転が好きな彼女は、自分の番だということで、シートに座り、椅子の位置やミラーの角度を調整した。
しつこいようだが、5月の空は、なんの後悔や雑念もない人の気持ちのように見事に青く輝いていた。ぼくは、うしろのシートをガサゴソ探し、自分のバックのジッパーを開けた。
「なんか、なくした?」
ぼくは包装紙に包まれた箱を出し、みどりの華奢な手首と、白い腕に似合いそうな買ったばかりの時計をプレゼントした。
「どうしたの、これ?」
「いや、最初に出た給料で、なんか買おうと思っていたから」
「こんな、大きな子を育てた覚えはないけどね」
と、彼女は言った。車内には、5月のさわやかな風と、古い70年代の甘いソウル・ミュージックと将来に対する希望が満ち満ちていた。
ぼくは、中東の少年のことを忘れてしまっていた。彼らたちも、大切な必要なものを手に入れることが出来たのだろうか。その後、なんとか存在を証明できるのだろうか。
もう直ぐ、彼女の両親の家に着く。ぼくは、下手な舞台俳優のように、その役柄にいくらか緊張し出した。
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