爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
http://snobsnob.exblog.jp/
へ変更

拒絶の歴史(125)

2010年11月14日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(125)

 ぼくは、なんとなくだが、東京にいるのは2年ぐらいなのだろうと考えるようになっていた。あまりにも大雑把な予測だが、それは、雪代が向こうに2年いて戻ってきたことが、頭のどこかの片隅に眠っていたのかもしれない。だが、2年であったとしても、それなりに別れをいうべきひとの顔が浮かび、それらのひとを訪れた。

 ぼくは、学生時代にバイトでお世話になった店に行った。

「そうか。まあ、それも人生だし、頑張ってこいよ」と店長は言った。
「そうですね。何が待っているか分かりませんが、何とかやってきます」
「それにしても、あのきれいな子はどうするんだ?」
「待っててくれるといったんですけど、結局は別れちゃいました」
「なんで?」

「なんでって、向こうが愛想が尽きたんでしょう」
「酷い。ひろし君は大丈夫なの?」と、そこの娘のまゆみちゃんは言った。彼女は、もう小学校の高学年になり、身長も伸びて、大人の入り口に立っているようだった。
「酷いけど。まゆみちゃんも大人になれば、分かるよ」
「分かりたくないけど」
 それ以降も、ぼくはそこで世間話に興じた。新しいバイトの子とも話した。スポーツショップでずっと男性を雇っていたが、いまは大学生の細身の少女がそこにいた。その子と、スポーツの話をしたり、大学の勉強について話した。ぼくは、ラグビーで頑張った時期の話をしたが、それを自慢話にしないようにするには工夫がいった。だが、どこからかまゆみちゃんがぼくの学生時代の写真をもってきて、彼女に見せた。
「精悍だったんですね」
「え?」
「精悍です」
「そうかもね。精悍だった」

 まゆみちゃんは見てもいないぼくの残像を熱心に話した。バイトの子をライバル視しているようにも感じた。それから、
「ひろし君、きょうの予定は?」と訊いた。
「今日は別にないよ。もう挨拶も済んだし」
「じゃあ、わたしと付き合って。買い物に行く」ぼくは、妹が小さかったころのことを思い出している。ぼくにも小さな正義感があって、弱いものを守ろうという気持ちがあったのかもしれない。それで、小さな妹の手をひいて、いっしょに歩いた。いまは、それがまゆみちゃんになろうとしていた。

「ごめん、付き合ってあげてくれよ」と、店長が言った。「そういうの言うの、やめて」とまゆみちゃんは店の奥に言った。それで、ぼくらはふたり並んで歩いた。ときには、会話もつづいた。
「別れたりすると、電話とかもしなくなるの?」
「それは、しないよ。他人というか、つながりがなくなっちゃったんだから」
「そう簡単にいくの?」
「簡単じゃないけど、無理してでもそうしないと、けじめというものだからね」
「電話すれば? いま」
「誰に?」
「誰にって、あのひとに」
「そんなに心配しなくていいよ」
「わたし、学校の帰りにひろし君の彼女の店の前を通った。とても、きれいで、わたしもああいう大人になりたいって思った」
「たぶん、なれるよ」
「ひろし君とあのひと、お似合いだと思うけどな」
「ありがとう、ぼくもそう思っていた」
「わたしが大人になって、ああいう素敵な女性になったら、ひろし君も振り向いてくれる?」
「いまでも、充分すぎるほど大切に思っているよ。その時には格好いい男性も現れて奪い合いになったら、ぼくは、もうおじさんで負けてしまうしね」
「ふふふ」と彼女は大人のような笑い方をした。

 ぼくらは、その町でいちばん大きなデパートに入り、ぼくも東京で必要になりそうなものを考えたが、それは東京で選んだほうが選択肢が多くなることに気づいた。彼女は、自分に似合いそうな服をあてがった。いま、それは似合っても、成長の早い彼女の身体は、もう来年には着られなくなっているだろうことを予想させた。そして、来年また次の年には、彼女がどう日々変化しているのか、ぼくは興味をもったが、知ることができないということを淋しくも感じた。

 まゆみちゃんはひとつの帽子をかぶって、こちらを振り向いた。とても魅力的な笑顔で、値札が端にぶらさがっていたが、それすらも愛らしく感じさせた。ぼくと雪代のように、彼女も誰かに恋するのだろう。その幸福な男性はいったい、いまごろ、なにをしているのだろうと考えた。

「良く似合ってるね。買ってあげるよ」
「ほんと?」
「しばらくは会えなくなるだろうし、それぐらいはしてあげれるよ」
「次に会うときまで被っている」
「もう、ぼろぼろになっちゃっているよ」
「大切に被るよ」
「サイズも変わっちゃうよ」
「これ以上、頭なんか大きくしないよ」ぼくは、笑った。子どものように無心に笑った。

 店を出て、ぼくらは初めてデートをするようにファーストフードのお店でジュースとアイスコーヒーを飲んだ。途中、彼女はトイレに消え、買ったばかりの帽子を被ってきた。ぼくは、それに触れず、彼女もなにも言わなかった。今度、会うときがもし2年後ぐらいだったら、彼女はきっと多感な時期になっているのだろう。ぼくと、自然とこうして会話もしなくなるだろう、と考えていた。だが、会わなかったとしても連絡を取る方法はいくらでもあるのだし、いつか、大人になった彼女を発見するのは、それは楽しいことだろうなと思って、最後のコーヒーをすすった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 存在理由(17) | トップ | 拒絶の歴史(126) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

拒絶の歴史」カテゴリの最新記事