ケンのブログ

日々の雑感や日記

八月十六日

2018年08月16日 | 日記
昨日、今日とちょっと暑さがましなような気がする。
今日の午前九時の天気図をみると日本列島に前線を伴う
低気圧がかかっていて台風も九州の南西に来ている。
そのせいで曇りでちょっと暑さがましなのかなと思ったりする。
天候に左右されやすい京都の送り火の行事がうまくいくと
いいのだけれどと思う。
昨日八月十五日が終戦の日ということで新聞には
天皇陛下の戦没者追悼式におけるお言葉が載っている。
日本武道館にもうけられた全国全没者の碑も新聞に
掲載されている。
この碑をみるとなんだか見慣れたものを目にするように思える。
毎年、碑は新たに設営されるのに。
それだけこの戦没者追悼式が毎年たゆみなく行われてきた
証であるのだろう。
戦没者追悼式で遺族代表の追悼の辞を聞かれる陛下の
お写真をみるとずいぶんお年を召されたものだなと思う。
これが平成最後の追悼式でこういう陛下のお姿を見るのは
今年が最後かと思うとなんだか寂しいようにも思う。
と同時にお年を召された陛下のお顔を見て今年が
最後でよかったなとも思う。
平成になって陛下はお言葉の中で祈りますという表現
使われるようになったと記憶しているけれど
ことしのお言葉も我が国のいっそうの発展を祈りますと結ばれている。
読売新聞によればお言葉の中に
戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ という
一節がことしのお言葉には加えられたという。
戦争をしていない状態を平和と呼ぶならば
確かにその通りだけれど本当に平和な世の中なのかなと思うこともある。
召集令状一枚で戦争にいかなければならない
いつ死ななくてはならないかもしれないという緊張感は
ないかも知れないけれど。
僕は戦後17年たって生まれたので召集令状というのは
経験したことがないけれど父が船乗りだったので
乗船命令というのは何度か経験した。
国際航路の船員は10ヶ月から1年くらいずっと家を空けていて
船から降りると2、3ヶ月の休みがまとめてある。
休みが終わりに近づくと船会社から乗船命令が来て
そこに記載された時刻に港へいって指定された船に乗り
また、10ヶ月から一年くらいは家を空けることになる。
子供にとって一年親が帰ってこないというのは結構長い時間に感じられた。
そのときにベートーヴェンの交響曲第9番の第二楽章
スケルツォを聴くとなんだかその緊張感が心地よく感じられた。
あれは子供の頃特有のちょっと不思議な感覚だったなと思う。
2年前の八月十五日に僕の町の駅前のインドカレーのお店にいって
そこのマスターに「今日は日本の戦争が終わった日です」と僕が言ったら
マスターは興味深そうな顔をしてそれから
「今日はインドの独立の記念日です。70才になりました」と教えてくれた。
だからぼくの記憶が確かならば今年はインド独立72年ということになる。
2年前の8月15日はインドのマスターとしばらく
日本の戦争が終わった日とインドの独立記念日が同じことで
感慨にふけった。
そのときマスターがインドで日本の新幹線の技術が導入されることに
なったと話してくれた。
それをきいて僕が
「新幹線は僕が子供の頃はスーパドリームエクスプレス
夢の超特急と言われた」と話したら
マスターが「あなた日本語うまい」と誉めてくれた。
外国の人に日本語を誉めてもらってあのときは嬉しかった。
その日、家に帰ってきて英字新聞を開くと
国際欄にインドの独立記念日特集が出ていて
マスターから聞いた話は本当だったんだなと思った。