久しぶりに中村元先生のお訳しになった
ブッダの言葉をパラパラとみていた
こんな言葉がある
世の中はうたかたのごとしと見よ
世の中はかげろうのごとしと見よ
世の中をこのように観する人は
死王もかれを見ることがない。
ブッダの教えって結局般若心経に書いてある通り
一切空、ということなのだろうけれど
そのような言葉をよんでいても
なんだかとらえどころがないようで
ああ、そんなもんかと思う程度ですんでしまうことが多い。
具体的にかげろうのごとし
うたかたのごとしとかいてあると
まあ、この人生はどこまでが現実がわからない
夢のようなものだというイメージでとらえればいいのかな
と思うことができるので
やはり中村元先生の訳された言葉というのは
ありがたいものだなとしみじみと思う。
これもまた天照月日之宮さまの数え歌に
ひさしぶりに目を通していたら
四 よけいなことは思うまい
みんな神仏こぞんじや
と書いてある。
これを読んでいるとなんだか天照月日之宮さまの
心のつぶやきのようにも感じられる。
そのようなつぶやきであることがまたありがたいと思う。
ほんとうに大半の心配は取り越し苦労や
余計な思いというのが事実だとしみじみとおもう。
なるべく余計なことは思わないように
おすがりしていきたいと思う。
大徳寺昭輝さんの本にこれまたひさしぶりに
目を通していたら
神様が私たちと一緒にいてくださる
心からそれを感じることが信仰の本質です
と書いてある。
その通りだと思いつつも、なかなか
そのように感じきることができないなとも思う。
そのように感じることができるよう
だんだんに心がけていきたいと思う。
ブッダの言葉をパラパラとみていた
こんな言葉がある
世の中はうたかたのごとしと見よ
世の中はかげろうのごとしと見よ
世の中をこのように観する人は
死王もかれを見ることがない。
ブッダの教えって結局般若心経に書いてある通り
一切空、ということなのだろうけれど
そのような言葉をよんでいても
なんだかとらえどころがないようで
ああ、そんなもんかと思う程度ですんでしまうことが多い。
具体的にかげろうのごとし
うたかたのごとしとかいてあると
まあ、この人生はどこまでが現実がわからない
夢のようなものだというイメージでとらえればいいのかな
と思うことができるので
やはり中村元先生の訳された言葉というのは
ありがたいものだなとしみじみと思う。
これもまた天照月日之宮さまの数え歌に
ひさしぶりに目を通していたら
四 よけいなことは思うまい
みんな神仏こぞんじや
と書いてある。
これを読んでいるとなんだか天照月日之宮さまの
心のつぶやきのようにも感じられる。
そのようなつぶやきであることがまたありがたいと思う。
ほんとうに大半の心配は取り越し苦労や
余計な思いというのが事実だとしみじみとおもう。
なるべく余計なことは思わないように
おすがりしていきたいと思う。
大徳寺昭輝さんの本にこれまたひさしぶりに
目を通していたら
神様が私たちと一緒にいてくださる
心からそれを感じることが信仰の本質です
と書いてある。
その通りだと思いつつも、なかなか
そのように感じきることができないなとも思う。
そのように感じることができるよう
だんだんに心がけていきたいと思う。