遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 10 巨大な走者(ランナー) 

2014-09-07 13:36:32 | 日記
          巨大な走者(ランナー)(2010.9.28日作)



   彼は巨大な肉体を競技場に現し 猛烈な勢いで走っている

   彼が競技場に姿を見せてから その巨大な肉体と 存在の若さが常に持つ

   溢れる熱気のままに周囲を圧倒して走っている

   周囲の者たちは 彼の巨大な肉体が巻き起こす風に吸い寄せられるかのように

   その風力圏に引き込まれてゆく

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   やがて彼は 巨大な肉体の内部に眠る膨大なエネルギーを駆使して

   十位の走者を抜き去り 七位の走者を拭き去り 五位の走者を抜き去り

   三位 二位の走者までも抜き去って いつの日にか

   首位を走る走者をも抜き去るだろう と観客達は見ている

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   巨大な彼の走る肉体は驚異 賛嘆の的となり 観客達の多くは

   称賛と喝采を彼の背中に送る

   彼自身もまた 湧き起こる称賛と喝采に酔ったように自身を深め

   周囲を走る走者たちも眼中にないかのように 他走者の進路にまでも踏み込んで

   漲る力のままに走ってゆく

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   観客席の観客達は 始め 彼の規則も無視した走法に

   事の次第が呑み込めず 呆気に取られ 戸惑い 見守っていたが やがて

   余りにも無謀のその走法に眉をひそめて舌打ちをし出した

   ちょっとあれは 規則違反なのではないか?

   もう少し 規則に沿った走り方をしなければ!

   しかし 今では周囲の者たちがその走法に手を焼いても

   誰もが彼の巨大な肉体が巻き起こす風力圏から抜け出せなくなっている

   あの走り方をどうにかしなければ 何を仕出かすか分からない

   闇雲に走り続ける彼の暴力的走法に ハラハラしながら多くの観客達は

   見守っている

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   もはや彼は誰の眼にも他を寄せ付けない 強者になったようにも見える

   彼自身 競技場に姿を見せると共に 極めて短い時間の内に身に付けた

   自信と共になお 暴力的とも言える走法で走り続けている これこそが

   自分本来の姿である とでも言うように

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   だが 彼自身は理解している

   自分が他走者の進路にまでも踏み込んで走り続けなければならない その訳を

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   彼は身内に多くの親族を抱えている その親族の生活を支えるために彼は

   懸命に走り続けなければならないのだ

   自分が勝利を収め 獲得した賞金で身内の者たちの生活の糧を得る・・・・

   そのためには暴力的と言われても 多少の非難を浴び 悪評をたてられても

   なお 走り続けて勝利を手にしなければならない

   身内の者たちに

   大きな体をしながら 他走者の後塵を拝すとはなんという体たらくだ と

   詰(なじ)られないためにも

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   彼は知っている 自身が抱える弱み 自分が立っている場所の基盤の

   脆弱さを そのため

   他走者の進路に踏み込む暴挙をあえて犯してまでも

   走り続けなければならないのだ 回転を止めれば倒れる独楽と同様

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   更にまた 彼は知っている 今は観客席の観客達の喝采を浴びて

   傍若無人 驚異の眼差しで見られているこの走りも

   永遠に続くものではない という事を 巨大な彼の肉体にも疲労は蓄積し やがて

   呼吸が困難になり 走り続けるのが不可能になる事を

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   結局 彼が暴力的で 闇雲に他走者の進路も無視して走り続けるのも

   その不安から逃れるための あるいは 

   その不安が顕在化して来る事態への恐怖から逃れるための 必死の行動なのだ

   昔日の 貧しい生活には再び戻りたくはない 自身が抱える親族達が

   一度身に付けた安心 豊かさを維持するためにも

   他走者の進路などは省みずに 必死に走る

   自身の品格 品位 評判などに気を配り 拘わっている暇(いとま)はない

   今はただ 親族 身内のためにも走り続けるより仕方がない

   いわば 彼は哀しい存在なのだ