遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 250 新宿物語4 ナイフ(完) 他 歌謡詞 港の灯かり

2019-07-06 15:18:04 | つぶやき
          港の灯かり(2019.6.29日作)

   ハーバーライト 港の夜に
   遠くはるかに 瞬く灯かり
   あふれる涙 頬を濡らせば
   からめた指に ぬくもり通う
   愛の確かさ たしかめ合って
   歩きたいのよ 何処までも
   ハーバーライト 港の夜に
   遠くはるかに 瞬く灯かり

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   ハーバーライト 港の灯かり
   永遠(とわ)に輝け 二人の愛に
   波止場に続く 小さな道に
   ほのかに匂う 花影白く
   名さえ知らずに 心を寄せる
   今ひとときの 夢の中
   ハーバーライト 港の灯かり
   永遠に輝け 二人の愛に


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(5)

 ゲームセンターで良次は、思わぬ長い時間を過ごしてしまった。外へ出た時には暗くなっていた。
 ゲームセンターでは長い時間、機械の騒音や、素速い光りの動きを見詰めていたせいか、頭の中が濁ったようになって疲れていた。光りの残像や、電子音の鋭く甲高い響きが眼や耳の奥にこびり付いたようになって、残っていた。
 街の中へ出て、当ても無く歩いていると、ゲームに夢中になり、一万円以上の金を使ってしまった事に、改めて後悔の思いが沸き起こった。一枚の一万円札と二、三枚の千円札五百円札が薄っぺらな感じで手の中に残っているだけだった。藤木幸造が当面の生活費として貸してくれた五万円のうちの、大部分をゲームセンターで使ってしまっていた訳だ。
 だが、それもそれ程、良次の気持ちを滅入らす事ではなかった。空腹感を覚えると共に、取り敢えず、何かを口にする事だけを考えた。
 昼間と同じようにマクドナルドへ行くと、二つのハンバーガとコーヒーを買い、若者達がたむろするコマ劇場前の広場へ行った。植え込みの縁に腰を下ろし、ハンバーガーを頬張り、コーヒーを飲んだ。
 空になったコーヒーの紙コップを手の中で握り潰し、放り捨てると初めて、ズボンのポケットに押し込まれているナイフを取り出して、見た。
 改めてナイフのずしりとした重みが心を充たし、満足感を横溢させた。    
 何かの骨で出来た柄のすべすべした感触が相変わらず心地よかった。
 深い陶酔感と共に、二匹の蛇の絡み合う彫刻をゆっくりと指でなぞった。
 刃は開いてみるまでの事はなかった。その見事な輝きは、すでに頭の中に充分に刻み込まれていた。良次は後生大事な宝物のように、再びナイフをズボンのポケットにしまった。
 広場には若い恋人同士や男女の群れが三々五々集い、笑い興じていた。
 コマ劇場では若手の人気女性歌手がショウを行っていた。
 歌手の顔が大きく書かれた華やかな絵看板が眼を引いた。良次にはだが、そんな事はどうでもよかった。
 良次は立ち上がると、当てもないままに、また歩き出した。
 一番街を靖国通りの方へ歩いて行った。
 靖国通りへ出ると、人込みの中で立ち止まった。
 眼の前で信号が青に変わった。良次はだが、信号を渡らずに左へ折れるとセントラルロードへ入って行った。                  
 セントラルロードを再び、コマ劇場の方へ歩いた。           " のぞき部屋 "という看板がやたらに眼に付いた。
" のぞき部屋 "って、なんだろう ?
 好奇心をそそられたが、入ってみようという気にはならなかった。
 良次の歩いて行く前方では、やたらに雑多な絵看板や、ネオンサインが派手な色彩の競演を繰り広げていた。                     
 路上では、何人かの若い男達が針金細工のようなアクセサリーを並べて売っていた。                               
 良次はそれらの光景をぼんやり見詰めながら、藤木幸造は、昨日まで自分が居たあの部屋へ行ったのだろうか、と考えた。今のこの時間でも、誰かがあの部屋で、俺の帰りを待っているのだろうか ? 
 部屋はいつもと変わらないままにして出て来た。帰ろうと思えば、いつでも帰れるのだ。
 だが、無論、良次には帰る気はなかった。藤木幸造への嫌悪感だけが強く胸に迫って来て、良次は吐き捨てたい気持ちになった。
 施しをすれば済むというもんじゃない !
 良次は煮えくり返るような嫌悪感と共に口に出して呟いた。
 また、いつの間にか、コマ劇場前に戻っていた。
 コマ劇場の斜め向かいの映画館に深夜営業のポルノ映画がかかっていた。それを眼にして良次は、先程、その事に気付かなかったのを不思議に思った。
 良次は所在のないままに、ふと、好奇心を抱くと、改めてその広告に見入った。
 扇情的な広告が良次の気持ちを煽った。息苦しさを覚えるのと共に、心が疼いた。看板を見詰めたまま、入ってみようか、どうしょうかと迷った。ポルノへのうぶな少年の羞恥心があった。しかし、それも胸の疼くような好奇心には勝てなかった。良次は映画館の前へ行くと、勇気をふるって窓口に近付いた。
 初めて見るポルノ映画はさすがに刺激的だった。最初の性交場面では耐え切れずに自分の手を添えると、ズボンの中で射精していた。
 そのあと、何度も繰り返される性交場面に良次は息を呑みながら見入った。
 二度目の射精には、最初の時ほどの耐えられないまでの昂ぶりはなかった。幾分かの余裕と共に、スクリーンの人物の動きに合わせていた。
 良次はその夜、三度射精した。二本の映画が終わる頃には、一日中歩き廻っていた疲れと共に、いつの間にかうとうとしていた。
 最終の上映が終わり、映画館を出た時には明け方になっていた。十月初旬の早朝の冷え込みが、心のうそ寒さと共に身に染みた。
 一番電車が出る時刻なのか、ぞろぞろと駅の方へ歩いて行く若者達の姿が眼に付いた。
 良次は、また昨日の牛丼屋へ行って飯を食おう、と考えた。

 食事のあと、良次は駅の方角へ向かって歩いた。
 駅前へ来ると、広場の植え込みを囲むコンクリートの縁に、何人かの若者達が所在なげに腰を降ろしているのが眼に入った。
 良次は近付いて行くと彼等と同じように腰を降ろした。なんとはない疲労感があった。駅前広場から見通せる新宿通りに焦点の定まらない視線を向けたまま、ぼんやりしていた。
 新宿通りは、昨夜の人込みが嘘でもあったかのように静まり返っていた。深閑としていて人通りもなかった。
 昨日ナイフを盗んだデパートの建物はどれなのか、林立するビルの間に探してみた。                               
 デパートの建物は、前景の建物に遮られて見る事が出来なかった。    
 諦めると良次は、改めて、ズボンのポケットの中のナイフに気持ちを向け、ナイフを取り出した。
 おおよそ十二、三センチかと思われる柄の、二匹の蛇の絡み合う彫刻が相変わらず見事だった。 
 柄の尻に定価が小さく貼り付けられてあるのに気付くと、慌ててはがした。
 様々に豪華品が並ぶ展示場の棚の上では、さほどにも思えなかったナイフだったが、改めて自分の手の上で見詰めて見ると、意外な程の重量感と共に、その華やかさに心を引かれた。そっと刃を開いて見ると、研ぎ澄まされた見事な白銀の輝きの中に、うっすらと浮かび上がる黒味を帯びたハガネの波型模様が不気味にさえ見えた。ナイフの鋭さがその波型模様によって一段と際立っているようだった。

 良次には思い出したくない記憶だった。ナイフの刃の白銀の輝きの中に浮かび上がる血の赤だった。義父を刺した時の記憶は、良次の胸の奥、深くに眠っていた。それが白銀の刃の輝きの中に鮮やかに浮かび上がって来た。
 良次は思わずその輝きから眼をそらした。
 俺が悪いんじゃない !                                 
 激しい嫌悪感と共に、口に出して呟いた。と同時に良次は、あの時はただ夢中で、恐怖心もためらいの気持ちもなかった事を改めて思い出した。逮捕された時にはむしろ、開放感のような晴れやかとも言えるような感覚に捉われていた。後悔の気持ちは欠けらもなかった。
 良次は今にして思う。あれは自分自身の強い意志による、初めての行動だった。
 事件のあと良次は、家庭裁判所と少年院での生活に不満を抱いた。良次を取り巻く総ての者達が、良次をそこへ追い込んだのだ、という思いだけが強かった。祖父母、母、義父、そしてずっと昔に別れた父。
 良次はただ、彼等の間で翻弄されて来た。良次の記憶に残るものと言えば、沼津の海に近い祖父母の古い家、養護施設、少年院の生活だけだった。
 良次自身が好んでそうして来た訳ではなかった。自分を取り巻く何かが勝手にそうしただけの事だった。
 良次は、自分の行動に責任を取る事は出来ても、自分をそんな行動に追い込んだ者達の責任まで取る事は出来ない、と思った。
 そう思うと良次は気持ちの落ち着きと共に、ようやく、ナイフをしまう気になった。刃を閉じたナイフをポケットに入れると立ち上がった。
 何処へ行くという当てもなかった。何かが勝手に俺を運んで行く、そんな思いだけが強かった。生きているという事の総てがどうでもいいように思えた。
 結局、人の運命なんて、自分の力ではどうにも出来ないのではないか。
 良次は、新宿通りをデパートの方へ歩いて行った。
 デパートが開店していない事は分かっていた。デパートへ行くつもりはなかった。
 地下鉄への入り口を見付けると降りて行った。
 最初の日に歩き廻った地下商店街がそこにあるのかと思った。
 商店街はなかった。
 向かい合った二つのデパートの地下一階への入り口が、シャッターを降ろしたままになっていた。地下街が動き出すにはまだ早いようだった。
 改札口には駅員の姿もなかった。また、地下道から地上への階段を上った。
 地上へ出てみたものの、やっぱり行く所はなかった。
 再び、明治通りと新宿通りの交差する角に立っていた。

 (6)

 何十分、何時間、良次はその角に立っていたのだろう。心に何もない人間は、永遠に一の場所に留まるより他に出来る事はないようだった。     
 気が付いた時には、良次の周囲には人の流れが出来ていた。       
 先程までは見る事の出来なかったバスも動き出していた。         
 良次は人々の流れの中で立ち尽くしている事の不自然さを感じ取っていた。人々の動きにはじき出されたようにその場を後にした。
 人波に押されるように良次は歩いた。歩きながら、この膨大な人の群れはいったい、何処へゆくのだろう、と考えた。それぞれの誰もが、目的を持って行動しているのだろうか。
 良次には、人々の誰もがそれぞれにはっきりとした目的を持って行動しているのが不思議に思えた。
 だが、彼等は多分、皆、それぞれに目的を持って行動しているに違いなかった。なぜなら、彼等の誰もがそれぞれに幸福そうで、生き生きとしいるように思えたからだった。良次のように浮かない顔をして当てもなく歩いているような人間は誰一人、いないようだった。
 良次は結局、また、歌舞伎町へ足を向けていた。
 歌舞伎町へ来るとゲームセンターへ入った。時間潰しに出来る事といったら、それぐらいしかなかった。
 コンピューターゲームの機械に向き合うとゲームに没頭した。
 心は醒め切ったままで熱くなれなかった。
 所持金の一万円を使い切る事だけに暗い情熱を燃やした。
 ゲームで使った金は八千円と少しだった。一万円を使い切る前に情熱をなくしていた。なんとなく、自分にはもっと他にやらなければならない事があるような気がして、落ち着けなかった。それがどんな事であるのかは、よく分からなかった。
 ゲームセンターを出た時には、それでも午後の二時になっていた。その足で牛丼屋へ行くと食事をした。
 牛丼屋を出るとまた、人出でごった返す歌舞伎町へ足を向けた。
 一番街からセンターロード、サクラ通り、東通り、さらに区役所通りへと足を延ばした。
 何か仕事を見付けなければ・・・・ふと、そんな事を思った。
 だが、どうやって仕事を探せばいいのか分からなかった。
" 喫茶店(サテン)とかよう、立食のラーメン屋、美容院なんてのが一番いいんだ。身元なんてきかねえからよう "
 少年院にいる時、誰かが言っていた言葉が蘇った。だが、良次には見ず知らずの店先へ行って、働かせて下さい、という勇気はなかった。
 何処かに店員募集の張り紙でも出ていれば一番いいんだが・・・・良次は区役所通りの人影も疎らな路上にただ立っていた。
 ここまで来ると繁華街を少し外れて、さすがに人通りも少なくなっていた。
 良次は行き場のない心を抱いたまま、区役所の建物の傍へ行き、玄関に通じる石段に腰を降ろした。
 そこで通り過ぎる人の姿や車の流れを見ていた。

 良次はようやく重い腰を上げると、今度は靖国通りを横切り、再び、新宿通りへ向かって歩いて行った。
 路地を抜け、デパートの横を通って行った。
 その間、良次は、自分の心の中に浮かんで来た一つの思いに心を凝らし、街角や喫茶店の前に屯する若者達にも眼を向けようとはしなかった。
 新宿通りへ出ると初めて足を止めた。そこで良次は通り過ぎる人の群れを見詰めていた。良次の心にはこの時、仄かな光明のように一つの光りが見えて来ていた。良次は無意識のうちにズボンのポケットの中で、ナイフを探っていた。
 ゲームセンターで気になっていたものがなんであったのか、おぼろげながらに見えて来た気がした。
 良次の気持ちは落ち着いていた。                     
 良次は藤木幸造の顔を思い浮かべた。
 藤木幸造はその時、なんて言うだろう。
 良次には藤木幸造の驚く姿が見える気がした。
 誰でもよかった。良次には自分の振り下ろすナイフの刃を確実に受け止めてくれさえすれば、誰でもよかった。
 
 良次は眼の前に浮かび出た一人の若い女性の胸元めがけ、思い切り、刃を開いたナイフを振り下ろしていた。
 ナイフの刃が肉に食い込む重い感触が良次の全身に広がった。良次の心に抑え切れない歓喜の感情が湧き起こった。
 自分の意志で実行した一つの行為が今、完全に遂行されていた。自分が自分である事の確かな感触が初めて得られた気がした。
 逃げようとは思わなかった。むしろ良次は、多くの人々の眼が今、自分にそそがれている事の確かな感触を覚えて、言い知れぬ満足感の中にいた。
 
 
 
           完