至上の人生(2019.12.19日作)
人生には 生きなければならない理由など ない
人は 不条理に生まれて来た
自ら望んで生まれて来た訳ではない だが
生まれて来た以上 人は 生きる理由などなくても
せめて より良い人生を生きたいものだ
より良い人生 自身も苦しまず 他者も苦しめない
苦境にある人 不遇の人には 手を差し伸べ
人が人として お互い 心豊かに 楽しくこの世を生きて
生涯 一生を 終わる 人がこの世を生きる時
これに勝る至福はない
あれも人生 これも人生 せめて 貧しく 苦難の道でも
心豊かに 楽しく この世を生きて 心静かに
この世を去って逝く
それが出来れば それでいい
それが最高 至上の人生
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サーカスの女(5)
彼等は来た道を戻った。
高志は立ち止まるとみんなの方へ顔を寄せ、神妙な様子で人差し指を曲げてみせた。
「やってんべえよお」
即座に春男が同意した。
「うん、うん」
「捕まんねえように気ば付けろよ」
高志は注意を促した。
信吉は緊張感で胸の動悸を覚えた。いい気はしなかった。その上、人の眼をかすめて素早い動きが出来るかどうか自信がなかった。
それでも信吉はみんなの後に付いていった。
彼等は再び参道の中程の、人込みの多い中に来ていた。マンガ本屋や駄菓子屋、風船売りの店、芋飴売りに、鍋や釜を売る店、隣りにはセーター、ネッカチーフなどの洋品を売る店。雑多な店店が戸板を並べただけの店構えで、豊富な品物を無造作に置いていた。人々は年に一度とも言えるよえな混雑の中で、偶(たま)の買い物を楽しんでいる風だった。威勢のいい商人たちとの駆け引きの声や笑い声があちこちから聞こえた。
その時だった。信吉は店の前に並んだ人込みの間からすっと伸びる高志の手を見た。その手は素早く何本かの金太郎飴の白い包みを掴んだ、と思った瞬間には、もう引き戻されていた。二人のねじり鉢巻きをした中年の男達は、客との間で金銭と商品の遣り取りをしていて気付かなかった。信吉が呆気に取られて高志の手が伸びた方を振り向いた時には、すでに高志の姿はなかった。
信吉は消えた高志の姿を探す思いで、すぐにその場を離れた。
高志は参道の反対側の店先に立っていた。金太郎飴を握った手はズボンのポットに押し込まれていた。
信吉が傍へ行くと高志はいかにも得意気な様子で少し肩をすぼめ、頷いて見せた。
みんなが高志の傍に集まって来た。
彼等が高志の行動を見ていたのかどうかは分からなかった。高志はその彼等に収穫物をちらっと見せてほくそ笑んだ。みんなが、おうッ、凄えな、と言う顔で眼を輝かせた。
彼等はその興奮と共にひとかたまりになって人込みの中を歩き始めた。
別の店の前に来ると今度は春男が行動を起こした。
春男はニッキ(肉桂)の木を盗った。夫婦らしい店の者は二人とも足元の何かに気を取られていて無論、気付かなかった。春男は店の前を歩き過ぎるような何気ない素振りで目当ての物を手にすると、何食わぬ顔のまま店先から離れていた。
高志は信吉の知らない間に、メンチ(面子)も盗んでいた。
高志と春男の他には、義男も忠助も良二も手は出さなかった。信吉は無論だった。手が凍り付いたようになって動かなかったし、初めからその行為には気が進まなかった。
彼等はその後、収穫物を手にしてして意気揚々とした高志と春男と共に参道を外れると、玉砂利を踏んで境内の隅へ行った。
そこには幾つかの灯篭が並んでいた。人の姿もなかった。彼等は身を隠すように灯篭の陰へ廻った。
その陰で初めて安心したように身を寄せ合って一息入れた。
高志が早速、自分の収穫物を誇示するように盗んだ物をポケットから取り出した。
「へへッ、あじょうだい、うめえもんだっぺえ」
と、自慢げに言って顎をしゃくった。
「おらあも、やったよう」
春男も負けじとばかりに、赤い紙で小さく束ねられたニッキの木を三つ、ポケットから取り出して言った。
「メンチもやったのがい ?」
義雄が高志がポケットから引き出した右手を見て言った。
高志の手には面子が握られていた。
「ああ。ほら、見でみせ ! 川上だ。そっがら、ほら、大下、青田、藤村、小鶴」
高志はプロ野球選手の姿が描かれた面子を次々と繰ってみせた。全部で十二枚あった。
「すげえなあ !」
良二が大判の野球選手の面子を褒めるのか、高志の手腕を褒めるのか分からなかったが、、思わずといった調子で言った。
「あッ、別所だ」
義雄が高志の面子をめくる手元を見て言った。
「おらあ、いづ(何時)やったのか、気が付かながっよ」
忠助が言った。
「しめ、しめ、だ」
高志はいかにも嬉し気に言って相好を崩すと、面子をひとまとめにしてポケットにしまった。
今度は金太郎飴を取り出し、一本の包み紙をはぐと口に咥えた。
手には三本の飴が握られていた。
「や(遣る)っがんな」
高志は金太郎飴を半分に折ってみんなに配った。
みんなは黙って受け取ると口に入れた。
それから彼等はその場に腰を下ろし、車座になって高志が盗んだ瞬間の話しに興じた。
飴が終わると春男がニッキを配った。
彼等はなおも話しに興じていた。高志と春男の他の者たちはそれでも自分たちが何もしなかった事を悔んだりしてはいなかった。何もしなかった事が彼等自身の気持ちだったのだ。
飴もしゃぶり終え、ニッキも齧ったあと、ようやく彼等は腰を上げた。
「あんが(何か)見べえが ?」
高志が言った。
これからが本当の見物だ、と言う感じだった。
「おらあ、腹へったよ。あにが食うべえよ」
義雄が言った。
「そうだなあ。まず腹ごしれえだなあ」
すぐに高志が同意した。
他の者達にも異論はなかった。
みんなは経木に盛った一つ十円の焼きそばをそれぞれに買うと、人込みの中を歩きながら口にした。
広場の人だかりの中では、猿回しの猿の芸や、マムシに指を噛ませる薬売りの実演販売を見た。
猿は一つの芸が終わると、帽子を持って観客の間をちょこまかと動き廻った。パラパラと幾らかの金が帽子の中に投げ込まれた。その度に猿回しが猿に代わって口上を述べた。猿の動きと口上に観客が笑った。
薬売りはマムシに指を噛ませ、血が出ると、薬の由来の口上と共に薬を傷口に塗り付けた。
「さあ、立合い !」
薬売りは声を張り上げた。
赤ら顔の一癖ありそうな骨太の男だった。
口の端に白い唾の泡を溜め、額や咽喉の辺りに青筋を立て、嗄れ声で喋った。
「みなさん、マムシの毒を御存知でしょう。マムシに噛まれりゃあ、大の大人もいちころだ、ねえ。そうでしょう、一晩たちゃあ、冷たくなって、はい、おさらば ! あの世逝き。ねえ、みなさん。だけど、お立合い。いいかい、この薬をほんのちょっと、こうしてこう、ほんのちょっと、お立合い。指先にほんのちょっと、こうしてこう、指先に付けるんだよ。いいかい、ほんのちょっとだよ。見てみなよ。いいかい、百万べんの口上より、まずは実際にやってお眼に掛けましょう。ねえ、お立合い ! このマムシにこの指を噛ませる。いいかい、このマムシに牙がないなんて思っちゃいけないよ。はい、この通り。ちゃんと立派な牙がある。ねえ、お立合い ! いいかい、こいつにこう、この人差し指を噛ませる。いいかい、見ていなよ。はい、この通り ! 痛てててえ ! ほら ! 血が出て来た。マムシはちゃんと噛んでるよ。痛いよおーー。痛くなんかないと思っちゃあいけないよ。痛くないなんて思っちゃあバチが当たるよ。ねえ、これも商売商売。オマンマのためなんだ。オマンマのためなら我慢もしなくちゃあならないね。いいかい。お立合い」
「凄げえなあ」
春男が高志に囁いた。
高志も他の者達も黙ったまま、固唾をのんで見守っていた。
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takeziisan様
有難う御座います
佐藤紅緑の本、懐かしいですね
よく、お調べ下さいました。
エルミタージュ美術館
羨ましい限りです
わたくしなどはNHK日曜美術館で見る
エルミタージュしか知りません。以前は
国内の美術展などには繁く足を運んだりしましたが
最近はもっぱらです。
足腰の痛み、全く御同様です。
七十代はそれ程でもないと思っていましたが
八十代になった途端に体力の衰えを
実感するようになりました。
くれぐれもご自愛下さいますよう。
これからも御豊富なブログ楽しませていただきます。