遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉301 小説 報復(完) 他 ある予言

2020-07-05 12:49:57 | つぶやき
          ある予言(2020.7.2日作)


 「世界は全体に於いて 何か知らん 大変動の時期を眼の前に控えているのではないか 人間の大部分が地上から払拭されるのではないだろうか それから新規蒔きなおしという事にならぬとも限らない ーー近代の機械化 工業化の大波は世界の隅々に氾濫して来て 今までのような物の見方 考え方は全く違って来るのではなかろうか それが昔の手工業時代 家庭工業時代と違って 百年 二百年と持たないで 急遽三十年 四十年 という事になるのではなかろうか 人間心理がそう急に順応してゆけぬので精神病患者が頻出するかも知れぬ またそれとは別にいわゆる近代化なるものは一般化 概念化の傾向を持っているので 各自の創造性が一大圧迫を受け その結果 どこかに何かの形で爆発するような事はなかろうか --とにかく これから来たらんとする時代は 人間文化史の上に一大変化を現出するものと推定してよかろう」 

 この文章が何時 書かれたと思いますか ある一部の細かい描写を除いては昨日書かれたと言われても違和感はないのではないでしょうか
 この文章は1959年 禅学者の鈴木大拙氏によって書かれたものです
 このような文章に触れてみると 人間の生きる世界は いつの時代に於いても大して変わりのないものだ と コロナ災害に右往左往する現代社会を生きる世界の人々を見てつくづく思います
 ひるがえって このコロナ災害は人間社会に於ける災厄として決して珍しいものではなく いつの時代にも起こり得る災厄の一つにしか過ぎないのではないか そして 過去の人々が幾多の災厄を乗り越えて現代の世界へバトンを繋いだように 決して乗り越えられない物ではないのではないか という気がします また 乗り越えなければならないものなのではないのでしょうか 人 それぞれ各自が慌てる事なく 冷静沈着 謙虚誠実に 
 現代を生きる世界の人々にも それだけの叡智と力のないはずがありません



          -----------------


          報復(完) 

「そうでしょう。わたしが入院している時にも、一度も顔を見せない。自分に都合が悪ければ逃げてしまう。自分さえ良ければ他人(ひと)なんてどうなったって、あなたには構わない事なのよ。お蔭であなたは今は売れっ子で、テレビなどにも引っ張りだこだし、プレイボーイとして三流週刊誌の読者も退屈させない。大したものだわ」
「それが言いたくて川辺を騙して俺に会ったのか ?」
「そうよ。ミーハーじゃあるまいし、あなたのサインなんか貰ったってなんの役にも立たないわ。三流週刊誌のグラビヤを毎号、下品な女性ヌードで飾る写真家、水野益臣のサインです、なんて言ったら、それこそ、わたしの知り合いの方々に知性を疑われるわ。でも、どうかしら ? この機会に、東京で名うてのプレイボーイと浮気をしてみるのも悪くないかしら。どう ? 人妻になったわたしは以前のわたしとは違うかも知れなくてよ。あなたにその気があるなら、わたしは一向に構わないわよ。昔の女との情事も悪くないんじゃない ? それに人妻を盗むのは、情事のうちでも最高だって言うじゃない。まして川辺はあなたの古い友達だし、北海道の名士よ。それとも、わたしみたいなお婆ちゃんではもう、その気にもなれない ?」
「ふざけるのもいい加減にしろよ」
「あら、ふざけてなんかいないわよ」
「どうやって川辺に取り入ったか知らないが、大した食わせ物さ」
「わたしね、体を悪くしてから、函館の実家へ帰ったの。一年ぐらいは何もしないでぶらぶらしていたわ。だけど、体が元通りになって来ると、何時までもそうしている訳にもゆかなくて、働く事になったの。ちょうど良い具合に業界紙の記者の仕事があって、それが縁で川辺の事務所に出入りするようになったのよ。川辺が函館の支店長をしている時で、事務所の壁に北海道の高校スキー大会で一位から三位までをあなた達が独占した時の写真が飾ってあったわ。その写真を見た時、中の一人があなただっていう事がすぐに分かったの。その時の驚きと言ったらなかったわ。ようやく忘れ掛けていた厭な事を無理矢理、思い出させられた様でショックだったわ。しばらくは川辺の事務所へ足を運ぶ事も出来なかったぐらいよ。でも、仕事なら行かない訳にもゆかないし、悩んでいるうちに、ふと、川辺と結婚する事を思い付いたの。あなたも知っての通り、その当時から川辺と言えば北海道中に名前が知れた存在だったわ。そこの御曹司と結婚して、わたしを苦しめた男を見返してやるのだ、と考えたの」
「色仕掛けで近付いたという訳か」
 水野は煙草の煙りを吐き出しながら、皮肉るようにうそぶいて言った。
「色仕掛けとまでは言わないけど、意識的に近付いていった事は確かよ。それで、結婚式の時に、あなたへの仕返しが出来るかと楽しみにしていたのに、あなたは仕事でアフリカへ行っているとかで出席しなかった。でも、わたしは、あなたが川辺と友達である以上、何時かはその時が来ると思っていたわ。そして今日、それが実現したという訳なの。本当はね、わたし、あなたに仕返しをする事さえも忘れていたわ。わたしは今では川辺のお蔭で、いろいろな団体の役を押し付けられて結構、毎日が忙しいのよ。そんな幸福な日々の中で、あなたの事なんか思い出す暇もなかったわ。それが、今度、Aデパートの創業七十五周年記念行事に出席するという事になって、どうしても東京へ来なければならなくなった時、ふと思い付いて、川辺には内緒で今度の事を計画したっていうわけなの。さっきの電話も、川辺に席を外して貰うためにわたしが仕組んだ事なの。川辺は何も知らないわ。川辺を騙した事は悪いけど、その償いは他の事でするつもりよ」
「あんたは、俺に仕返しをするつもりだとかなんとか変な事を言うけど、別に、あんたが川辺と結婚したからと言って、俺にはどうって事はないよ。今のあんたが幸福ならそれでいいじゃないか。おめでとうって言うだけだよ」
「そうね。どうっていう事もないわね。お互いに今は全く係わりのない人生を生きているんですものね。でも、わたしとしては、あなたと結婚しなかった事が結果的には、幸運に繋がった、そのお蔭で今がとても幸せだという事をお伝えしたかったのよ。わたしは今では北海道に安住したきり、全く東京へは出て来ないわ。だからもう、二度とあなたにお会いする事もないでしょうし、その積りもないので、これですっかり気持ちの整理も出来たっていう思いよ。ただ、最後に一つだけお聞きしたいんだけど、いい写真を撮る為には家庭も子供も邪魔だって言ってた昔のあなたは何処へ行ってしまったのかしら ? テレビの娯楽番組で時間を潰し、三流週刊誌のグラビヤを下卑たヌードで飾るあなたを見ているのは、なぜかとても悲しいわ」
「人にはそれぞれの生き方がある。余計な心配などしないでくれよ」
 水野は思わぬ弱点を衝かれたように色を成して不機嫌に言った。
「心配などしていないわ。せいぜい、今の人生をお楽しみなさいな。人生のいい時なんて、そんなに長くは続かないものよ」
 その時、義人がいかにも嬉し気な表情を浮かべて戻って来る姿が見えた。
「ああ、あの人が来たわ。どうぞ、あの人の前で、あなたのおっしゃりたい事を存分におっしゃって下さいな。わたしは横から口を挟んだりしないから」
 律子はそう言ってから、義人を迎えるように席を立った。
「やっぱり子供達だった。ママがパパに相談してみろって言ったからって、電話を掛けて来たんだ」
 義人は、律子に柔和な笑顔を向けて言った。
 それからすぐに水野の方を向いて、
「いや、どうも失礼」
 と言いながらテーブルに着こうとした。
「水野さん、テレビのリハーサルがあるので、もう、行かなくちゃならないんですって。お引止めしちゃあ悪いわ」
 律子は微塵も乱れを見せない笑顔で義人に言った。
「えっ、もう行くのか ?」
 義人はそれを聞いて、心残りがあるように、名残惜し気な口ぶりで聞いた。
「うん、そろそろ」
 水野は思い掛けない律子の言葉に、行くも引くも決め兼ねるような曖昧な口ぶりで言った。
「売れっ子は忙しくて大変だなあ」
 何も知らない義人は素直に二人の言葉を受け止めていた。
「それ程でもないけど」
 水野は締りのない苦笑と共に言い訳がましく言った。
 律子はそんな二人のちぐはぐな遣り取りの間に、煮え切らない水野を促すかのように、椅子に置いたハンドバッグを手に取った。
 水野もそれで席を立たざるを得なくなった。
 義人は依然として笑顔を見せたまま、律子と水野との間に生じた、微妙な行動のずれなどには気を止める風もなかった。愛する妻と幼馴染の旧友とに挟まれた幸福を、そのままに素直に信じ切っていた。
 律子は二人の間になり、先に立って歩き出した。
 水野も義人もそれに従った。
「また、機会があったら会おうよ。今日は無理に時間を取らせて悪かったなあ」
 義人が律子の背後で言っていた。
「いや、いいんだ。久し振りで会えて、俺も楽しかったよ」
 ようやく気持ちの整理が出来たらしい水野がそれに明るい口調で答えた。
 ロビーを抜け、正面玄関のドアから外へ出るとタクシーが待っていた。
 水野はタクシーに乗り込む前に普段の水野にかえっていて、
「じゃあ」
 と言って、義人と握手を交わした。
「お忙しい所を、わざわざお出で下さいまして有難う御座いました」
 律子はわざと水野との間には距離を置いて、丁寧に頭を下げて言った。
 水野は微かに頷いたかとも思えたが、律子にはよく分からなかった。
 水野が早々に座席に腰を下ろすとドアが閉まった。
 タクシーが走り出すと義人は軽く右手を挙げて見送った。
 律子はその場に立ったまま微かに頭を下げた。 
 タクシーが通りへ出て街中へ消えて行くと律子は義人を振り返った。
「子供達は何が欲しいって言ってました ?」
 とにこやかに聞いた。

               完



          ------------------


          桂蓮様
         
          御丁寧なコメント有難う御座います
          わたしは小説を書くというより 人間を 
          描いてみたいと思っています ですから
          派手な暴力場面 性的描写などには
          余り関心がありません 何が人間の心の真実か
          それを探ってみたいだけです その為 日常を生きる
          人々を主題にして描く事が多くなり 血肉湧き
          胸躍るような痛快場面はなくて 地味で暗い描写の多い
          退屈極まりない作品(作品と呼べればの事ですが)に
          なってしまいます

          人間に雑草のような人間などありません
          人間一人一人はどんな境遇に居ようとも立派に
          一個の人格を持った存在です どんなに惨めな環境に
          居ようとも決して自分を卑下する必要はないのでは
          ないでしょうか そこから抜け出る人間としての努力
          それが大切なのではないでしょうか
          昭和天皇は「雑草」という名の草はない と言いました

          そうですね 人間の品格は心の持ちようで決まりますね
          言葉は余り 信用できません
          わたくしは人を見る時 顔と共にその人の眼を見ます
          眼の暗い人 落ち着きのない眼の人には概して 
          信用出来ない人が多いように思います
          能天気な人の眼はその奥に何も見えて来ません
          思慮深い人の眼は落ち着きと共にその底に
          しっかりとした輝きがあります
          八十年以上も生き 人に接して来たそのせいか 
          最近では自分の見た眼に 余り狂いはないように
          思います

          兄弟姉妹は他人の始まりと言いますね
          どうぞ今を 禅に於ける 「即今」 を大切に
          生きて下さい
          「通訳者への道のり」 の お写真
          ご自宅のものでしょうか
          見事な緑 心が洗われます
          こんな環境が欲しいものです


          takeziisan様

          有難う御座います
          何時も楽しく拝見させて戴いております
          「亥旦停止」 傑作です
          子供の頃 わたくしが住んでいた地方では
          野生動物が余りいなかったものですから
          このようなお話を聞くと 何か心躍るような    
          気持になって 嬉しくなってしまいます 
          御苦労も省みず 失礼 !
          野菜収穫 羨ましいですね
          収穫を思うと 毎日が楽しみなのではないでしょうか
          コロナには困ったものです
          健康診断の結果は満点でしたが 大腸ポリープ検査
          行っていいものやら 悪いものやら 迷っています