遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉302 小説 赤いつつじと白いふじの花(1) 他 童詩 みどりの色はなんの色

2020-07-12 11:46:46 | つぶやき
          童詩 みどりの色はなんの色(2020.5.25日作)

   みどりの色は なんの色
   みどりは木の色 草の色
   みどりは大きな森の色
   大きな森には小鳥がいます
   夕やけ 小やけ まっ赤に染まったお空から
   カアカア カラスが帰ります

   みどりの色は なんの色
   みどりは木の色 草の色
   みどりはひろーいひろい野原の色
   ひろーいひろい野原では
   ウシさんヤギさんお食事中
   バッタがはねて トンボがとんで
   きれいなお花がさいてます

   みどりの色は なんの色
   みどりは木の色 草の色
   みどりはお庭の芝生の色
   芝生の上ではころんでも
   はだしでいても痛くない
   芝生はふんわり ふわふわの
   やわらかじゅうたん 魔法のじゅうたん

   みどりの色は なんの色
   みどりは木の色 草の色
   みどりはみんなが好きな色
   みどりの中では 小鳥やカラス
   ウシさん ヤギさんきれいなお花
   バッタにトンボ ぼく わたし
   みんなみんな元気です

   みどりの色は なんの色
   みどりはみんなみんなが好きな色
   いっぱいいっぱい好きな色
   みどりは生き物みんな 
   みんなみんなとお友だち
   みんなみんなのお友だち
   みんなみんなのお友だち
   みんなみんな大事にしよう
   みんなみんなで大事にしよう


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          小説 赤いツツジと白いふじの花

          一

 祖母が死んだ。
 九十一歳だった。
 老衰だった。
 古木が枯れ尽きるように、苦しみもなく自然な死だったという。
 週半ばの水曜日、夜半過ぎに違いない、と母は言った。 
 午後十一時過ぎに祖母が水を呑みたいと言ったので、母は湯飲み茶わんに半分程の水を祖母に飲ませた。
 母はそれから二十分程してから眠りに就いた 
 翌朝、母は、眼を覚まして冷たくなっている祖母を発見して驚いた。
  祖母の寿命の長くはない事は、その衰弱度から分かっていた。今日、明日にも祖母に死が訪れても不思議はないと、母にもその覚悟は出来ていた。
 それにしても、すぐ隣りに寝ていた母にも気付かれず、ひっそりと死んでいった祖母には生と死が、なんの不自然もない一つの連なりであるとしか思えなかった、と母は言った。
 母は物言わぬ祖母に涙を流したが、その死を見届ける事の出来なかった事への悔いはなかった、という。充分に老後の世話を尽くし得た満足感と共に、人の命の自然な姿を見る思いがした、とも言った。
 葬儀は、それぞれに勤めを持つ肉親、親類縁者への配慮もあって、土曜日の夜に通夜を行い、日曜日に埋葬する事になった。
 わたしは土曜日にも埋まっていた仕事の予定を半日にして貰い、午後三時に帰省の為の列車に乗った。
 田舎の家に着いた時には、午後六時を過ぎていた。
 通夜は既に行われていた。門を入った時から線香の匂いが鼻を衝き、読経の声が聞こえて来た。
 庭には幾つかの花輪が据えられ、近所の手伝いのかみさん達が働いていた。
 八畳と六畳の部屋の襖を取った座敷には、早々に駆け付けた肉親や親類縁者が並び、焼香が行われていた。
 わたしは顔見知りの人達それぞれに挨拶をしてから、祖母の遺影に向かって焼香した。不思議に涙はなかった。
 わたしの中学時代の級友や幼馴染も来てくれていた。滅多に郷里へ帰る事のなかったわたしは、その級友や幼馴染たちと挨拶を交わし、よもやまの話しをした。
 通夜は午後九時に終わった。次々に焼香客や手伝いの人達が帰って行った。身内の者や親類の者たちだけが残った。
 二間だけの家の中は、六畳の間に遺影が飾られ、遺体が置かれてしまうと、そこはほぼ一杯になってしまって、泊りの者たちの全部がその家に寝る事は出来なかった。その為、母が親しくしていた隣りの家の一間を借りて、半分程がそちらへ行く事になった。
 五月の事であった。空気は穏やかに心地よく、庭の隅には祖母が植えた、わたしが子供の頃から親しんで来た馴染みのツツジが満開の花を付けていた。大きくこんもりと山のように繁った木で、葉の存在も隠すような見事さと共に、その花の赤い色が庭の薄暗がりの中で燃えているように見えた。
 通夜の行事の一段落したあとのみんなは、なんとなく、ほっと安堵したような気分の中で、生前の祖母の事や、お互いの近況などの話題でにぎやかだった。笑いの声さえが漏れる程だった。祖母の死への悲しみは、みんなの心の中ではそれ程深くはないようだった。
 一つの死が、これ程までに人々の心の中に哀しみをもたらさないというのも、珍しい事に違いなかった。誰もが祖母の死を願っていた訳ではなかった。祖母を憎んでいた訳でもなかった。酒の上で近在に鳴り響いた豪農の身上を祖父が潰したあと、近所の農家の手伝いをしながら、懸命に没落した家を支えて来た祖母には、誰もが敬愛の念を抱いていた。それでも、誰もが祖母の死に満足感にも近い思いを覚えていたのは、晩年の祖母が、わたしの母のもとで充分に手を尽くされ、何不自由のない余生を過ごし得た事の為だった。その点でみんなは、母の労を多としてねぎらう事も忘れなかった。
「いい死に顔だったよ。まるで眠っているとしか思えないよ」
 母は言った。
「きっと、満足して安らかな気持ちで死んでいったんだよ」
 伯父が言った。
「それにしても、叔母さんの苦労も大変なものじゃなかったよね。お祖母さんが眼を悪くして床に就いてから三年 ?」
 母の長姉の長女が言った。
「そうだよ。三年前の二月に風邪をひいて、それがもとで眼を悪くしたんだよ。若い頃、苦労して寝ずに働いた無理がやっぱり、歳を取って出て来たんだね」
「眼さえしっかりしていたら、もっと長生きしたかもしれないね」
「うん。でも、九十一歳まで生きたんだから年に不足はないよ」
「まあ、そういう事だね」
 みんなが納得した。
「ちょっと、見てみっがい。きれいな死顔だよ」
 思い付いたように母は言った。
 みんなは母の言葉に従って次の間へ行った。 
 母はドライアイスで保護された遺体の入った柩の蓋を取った。
 みんなは柩の中を覗いた。
「本当だ。きれいな顔だねえ。死人の顔とは思えないよ」
 口々に言った。
 わたしはそんな人達から離れると一人、席を立った。
 音のしないように玄関の引き戸を開けると庭に出た。
 開け放された座敷から漏れる明かりが庭先に流れていたが、その明かりを避けて暗い中を門の方へ向かった。
 井戸の傍を通る時、先ほど眼にしたツツジがひっそりと静かに咲いている感じがして一層に眼に滲みた。
 わたしは門を出ると、家の前の僅かばかり残された畑の中に立っている柿の木の方へ行った。わたしたち兄妹が子供の頃によく登って食べた柿の木だった。
 わたしはその柿の木を見るとなぜか、自然に涙の出て来るのを抑える事が出来なくなった。哀しい訳ではなかった。みんなが祖母の死をいかにも平静に受け止めている様子にわたしは、せめて、自分だけでも涙を流してやらなければ祖母に済まないような気がしていたのだった。
 わたしはひとしきり柿の木の根方にうずくまって小さく嗚咽すると、ようやく心の平静を取り戻す事が出来た。
 門の方へ戻ると、座敷の明かりの中ではなお、みんなの話しに興じている姿が見えて、わたしは再び、その人達の輪の中へ入ってゆく気にはなれないままに、暗い畑の中の道を隣家へ急いだ。


          二


 翌日は朝から雨が降っていた。細かい霧のような雨で、辺り一面をびっしょり濡らしていた。
 葬儀は午前十一時からだった。
 追い追い、近所の野辺送りの人達や、手伝いの人達が集まって来てくれた。
 わたしは顔見知りの人達と言葉を交わし、昨夜、顔を合せなかった人達とは改めての挨拶をした。
「宗一郎さんは、一番のおばあちゃん子だったからねえ」
 わたしの幼い頃を知る人達は、口々に同情の言葉を掛けてくれた。
 四歳から七歳ぐらいまでの約三年間、わたしは父の仕事の関係で祖母に預けられ、祖母と二人だけの生活をこの家で過ごした。祖母もその為、わたし達兄妹四人のうちでは、わたしを一番、可愛がってくれた。わたし自身もまた、祖母への愛着は兄妹の中では一番強かった。
 後年、わたし達一家は戦争で家を焼かれると、この祖母の家に厄介になった。そんな事の為に、六人兄妹の末っ子の母が祖母の晩年を見るようになったのだった。
 庭先でひとしきり近所の人達と話しをした後、家の中へ入ってゆくと、上がり框の所で母が若い喪服の女性と話しをしていた。いかにも親し気な様子だったが、わたしにはそれが誰だったか分からなかった。小柄なはきはきした様子が気持ち良かった。
 その女性が母のもとを離れて行くと、わたちしは母の所へ行った。
「今の人、誰 ?」
 と聞いた。
「あら、やだ。久美ちゃんじゃないかね」
 母は、呆れたように言った。
「久美ちゃん ?」
「そうだよ。忙しくて、今、来たところなんだよ」
 母は言った。
 わたしはその人の面影をまったく忘れていた事に気付いた。子供の頃に会ったきりだった。
 葬儀は時間通りに行われた。読経があり、焼香があって、その後で祖母との最後の対面があった。その死以来、初めて見る祖母の顔は柩の中で仰向いたまま、固くなっていて、全く動かなかった。一滴の血の色もなく、歯の抜くてへこんだ口を堅く閉じたその表情は蒼白で無気味でさえあった。わたしはその感覚に耐えられなくなって思わず顔をそむけた。
「おばあさんは、ずいぶん大きかったんだねえ」
 近所の人達の囁く声が聞こえた。
 最後の別れが一通り済むと、柩に蓋がされて釘が打たれた。
 野辺送りだった。
 僧侶が先に立ち、その後に柩を載せた手引きの車が続いた。
「宗ちゃん」
 背後から声を掛けられて振り返ると久美子がいた。