それが 幸せ(2021.2.12日作)
喜びの中で 言葉は生まれる
悲しみの中に 言葉は生まれる
無味 無感動 乾いた心に
言葉は 生まれない
生きる 生きる
心 豊かに 今を生きる
迫り来る老い 迫り来る
人生の終わりの時 死
辿り行く道に 逃れ得る
術はない 人の持つ 宿命
せめて
命ある 今日 という日 一日を
心豊かに 自身の胸の中に
喜び 哀しみ 溢れる
感情の花を咲かせ 感謝の言葉を
誰か あなたに 君に
伝える事が出来たら
それが
幸せ
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雪の降る街を(完)
一時間目の授業が終わって、休憩時間になった時にも雪子は、普段と変わらなかった。再び、活発な屈託の無い一人の女子生徒になっていた。光男との事など、何もなかったかのようにケロリとしていた。光男は安堵するのと共に、少しの不満も意識した。自分だけが余りに拘ったのだろうか ?
その謎は解けなかった。以後も雪子はこれまでと少しも変わりのない雪子であり、光男は元の余り目立たない光男に返っていた。ただ光男は時折り、懐かしく、雪子との一瞬の間のあの出来事を思い出したりしていた。
北国の長い冬も中学生生活最後のものとなると、春を待ちわびるいとまもなく過ぎていった。卒業への期待感と共に、中学生生活を終わる事へのなんとはない寂しさと、社会へ出る不安が光男の心を昂揚させ、落ち着かなくさせた。三学期に入ると生徒達の進路はほぼ決定していて、雪子も就職組だった。郡山市に居る親戚の伝手で、市内のデパートの店員になる事が決まっているという話しだった。雪子の家が貧しいわけではなかた。雪子自身が希望した結果だという事だった。
そんな雪子が光男の心に決定的な影を残したのは、ある雨の日の朝の事だった。
その朝、光男は掃除当番だった。少し早めに学校へ行き、二人の仲間と掃除を済ませ、最後に汚れた水と雑巾の入ったバケツを持って、校舎のはずれにある水汲み場へ行った。その頃にはほとんどの生徒達も教室に入っていて、光男の仕事もバケツの中の汚れた水を捨ててきれいな水で雑巾をすすげば終わりだった。
雨はその頃にも静かに降り続いていた。運動場に面した水汲み場には小さな屋根があったが、その日の斜めに降りかかる雨は屋根の下にまで入り込んで来て光男の身体を濡らした。光男がそんな雨を避けながら急いで水を汲んでいる時に、背後で突然、声がした。
「光男君、お掃除当番 ?」
振り返ると雪子が立っていた。
光男は思いかげない雪子との出会いに驚いて、
「ああ」とだけ言った。
「ほら、こんなに背中が濡れて」
雪子はそう言うと光男の背中に傘を差し掛けてくれた。
「大丈夫だよ」
光男はそれだけを言った。
「わたしが傘をさしてるから、早く汲んじゃいなよ」
雪子は光男に寄り添うように身体を近付けて光男が雨に濡れるのを防いだ。
「今、来たのか ?」
「うん、遅くなっちゃった」
「みんな、来てるよ」
「授業、始まった ?」
「まだだ」
「よかった」
「でも、じき始まるぞ。早く行った方がいいよ」
「大丈夫よ。終わるまで差しててやるから、早く洗っちゃいなよ」
雪子は言った。
「悪りいな」
「ううん、いいよ」
あの雪の日以来、それまでの雪子と全く同じように特別な感情を見せる事も無かった雪子が急に身近に感じられて光男の胸は昂揚した。
雪子は光男が何枚もの雑巾をすすぎ終わるまで待っていてくれた。
それが終わると二人は一緒に校舎に入った。
雪子は傘を畳み、赤いレインコートを脱いだ。
赤いレインコートが雪子の白い肌によく似合って光男は、きれいだと思った。
光男は雪子がレインコートを脱ぎ、長靴を脱いで靴入れに入れるのを待って、二人で廊下を教室へ向かった。
教室の傍まで来ると光男は足を急がせ、雪子の先に立って歩いた。
二人は別々に教室に入った。他の生徒達の視線を気にしての事だった。
雪子がその事を意識していたのかどうかは光男には分からなかった。ただ、光男の胸の内ではその日以来、なお一層、雪子が近しいものになっていて、学校へ行く一日一日が限りなく楽しいものになっていた。
だが、日々は確実に過ぎていった。卒業までの二週間という日数は心をときめかせる日々の中では瞬く間の、一瞬の出来事のようにも思えた。
遂に訪れた卒業式の日、光男に取っては総てが終わりを告げる日のように思えた。地方の山村に育った純朴な少年の心には、幼い恋の心を伝える術も持ち得なかった。ただ、過ぎ行く時間のままに身をゆだね、そこで煩悶するよりほか出来なかった。
卒業式は何時もの通り、厳かに行われた。名前が呼び上げられ、卒業証書が手渡された。校長の訓示、送別の辞、答辞。
だが、それらの行事の一切が光男の心にはなんらの感動ももたらさなかった。光男はただ、今日から以降、ふたたび、あの教室で雪子に会う事は出来なくなるのだと考えると、思わず涙があふれ来て、その涙と共に込み上げる嗚咽の中で " 仰げば尊し " を唄っていた。
卒業以来、光男は雪子には一度も会っていなかった。卒業後、最初の同窓会には光男も出席したが、雪子は姿を見せなかった。
光男はその席で、雪子の芳しからぬ噂を耳にした。
雪子が厚化粧をして、見違える程に派手な装いをしているという噂だった。
早くも恋人がいて、かなり深い関係にあるとの事もそこに居た同級生達の誰もが、意味深長な様子で話し合っていた。
光男はその話題の中には素直に入ってゆけなかった。が、同時に心の中では、その噂話と共に雪子が限りなく遠くへ旅立ってしまったような存在に思えて来て、寂しさと共に深い哀しみの心に沈んでいた。
光男はそれ以来、再び、同窓会に出席する事はなかった。かつては兄弟同士のように親しく思えた級友達の誰もが、卒業と同時に、一年程しか経たないうちに、早くも小利口な、大人びた人間に変わってしまっているような気がして、素直に親しみの感情を抱く事が出来なかった。
変わっているのは雪子ばかりではない、と光男は思った。自分一人だけが、東京という馴れない場所で昔のままの自分でいて、四苦八苦しているだけだ、みんなが変わってしまっている、と光男は思わずにはいられなかったーーー。
雪はなお、降り続いていた。軽食喫茶店のガラス戸越しにその、降り続く雪に気付いて光男は、ふと、我に返ると、雪の中に甦る追憶と共に思わぬ長い時間をこの軽食喫茶の店で過ごしてしまった事に改めて気付いた。
既に、ますます激しくなるこの雪の中では、新たに店に入って来る客もいなくなっていて、店員達はまだ九時前だというのに、早くも閉店準備に取り掛かっていた。
「さっき、何処かで電車が止まったって言ってたよ」
「早く帰らないと、帰れなくなってしまうかもね」
店員達は口々にそんな事を言い合った。
客席には光男の他に二人の男の客がいた。客達は店員達と親しく言葉を交わしていて、馴染みか知り合いのようにも思えた。
光男は自分だけがここでも場違いな存在に思えて来て早々に席を立つと、レジに向かった。
店の外へ出ると、雪は一時間程の間に思わぬ積雪を見せていた。吹き溜まりでは既に、膝までが埋まる程になっていて、タクシーの走る影も途絶えていた。
光男はその雪の中を濡れしきった靴を履いた足を運びながら歩いた。街灯の明かりに浮かび上がる雪に埋もれた街の光景が何処か、外国にでもいるような雰囲気を醸し出していた。
光男はなお降りかかる雪に首をすくめると、ジャンパーの襟を引き上げ、ポケットに両手を入れて首を縮めて歩いた。
最早、何処へも行く場所はなかった。明かりもない、冷たい自分の部屋へ帰って眠るより仕方がないようだった。
雪の降る町を 雪の降る町を
思い出だけが 通り過ぎてゆく
雪の降る町を ーーーーーーー
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雪の降る町を 雪の降る町を
息吹と共に こみあげてくる
雪の降る町を 誰もわからぬわが心
このむなしさを このむなしさを
いつの日にかーーーーーー
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内村直也
完
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takeziisan様
有難う御座いました
故郷での生活を思い出されたとの事
誰にもある幼い日の今となっては我々には
懐かしい感情ですね
何しろ海辺で育った人間 山里の生活は
想像で書くより仕方がありません
実際にそこで育った人から見ると
なんといい加減な出鱈目を と
お思いになられる点が数多くあるものと思います
例えば言葉遣い 方言が分かりませんのでーー
まあ それも単なる創作物だとお思い
大目に見て戴けたらと思います それから
ふと気付いたのですが M男さん
「光男」のローマ字表示の頭文字と一緒です
あるいはお読み戴いている間にこんな
愚にも付かない物語の中で一緒にされたようで
嫌な思いをされたのではないでしょうか
もし そうであった時にはお詫び申し上げます
わたくしとしては 雪の雪子に対して
光りの子 光男として表現してみたかったのです
今回もブログとても楽しく拝見させて戴きました
河津桜の見事な色彩 メジロの美しい姿
畑に一本転がった大根の なんと愛らしい姿
まるで生きている動物のように見えました
それにしても雑草の生命力の旺盛さ
感歎するばかりです 人間もそうありたいものです
巷に雨のーーー
やはり堀口大学ですね
いつも有難う御座います