B級西部劇の典型
ザ・シネマ 今週の「シネマ・ウエスタン」は、1万ドルを奪い合うならず者たちがゴーストタウンを舞台に、アパッチとの壮絶な闘い繰り広げる『トマホーク峡谷の待伏せ』(53)。
メンバーはジョン・ホディアク、ジョン・デレク、デビッド・ブライアン、ライアン・ティールという渋過ぎる顔触れ。彼らと行動を共にするナバホ族の娘を演じたマリア・エレナ・マルクェスがエキゾチックな魅力を発散するが、実際はメキシコ系らしい。
配役、セット、ストーリー展開など、いろいろな意味でB級西部劇の典型のような映画だが、結局、誰の手にも渡らなかった札束が燃えるラストシーンは、ジョン・ヒューストンの『黄金』(48)を思わせるところもある。
過日、栃木県の川治温泉に2度目の宿泊をした。ひなびたなかなかいい温泉街なので、さぞや映画のロケも多いのでは…と思ったが、探してもなかなか見付からなかった。
そんな中、西村雄一郎さんの『映画の名湯ベスト57―湯けむりシネマ紀行 』(小学館文庫)の中に、 川治温泉でロケをした松本清張原作の松竹映画『風の視線』(63)の記事を発見した。
監督・川頭義郎、脚本・楠田芳子、撮影・荒野諒一、音楽・木下忠司。キャストは新珠三千代、岩下志麻、佐田啓二、山内明、園井啓介ほか。
清張も作家役で出演しているらしい。
推理物ではなく、どちらかといえばメロドラマのようだが、どんなふうに川治温泉が登場するのか。ちょっと見てみたい気もする。
アイデアはなかなか面白いが…
数日間の行方不明の後、鳴海(長澤まさみ)の夫・真治(松田龍平)が別人のようになって帰ってきた。やがて、真治と同様の状態に陥る人々が増大し、町は不穏な世界へと姿を変えていく。そんな中、ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は、宇宙人を名乗る若者(高杉真宙)からガイド役を頼まれるが…。
前川知大が率いる劇団イキウメの舞台劇を黒沢清監督が映画化。「地球を侵略しに来た」と語る宇宙人が人々の概念を次々に奪っていく…というアイデアはなかなか面白く、人妻の魅力を感じさせる長澤、何を考えているのか分からない怪しげな雰囲気を漂わせる松田、宇宙人に感情移入する長谷川、不気味な若者=宇宙人の高杉ら、俳優陣も頑張りを見せる。
ただ、アメリカ映画の得意技の一つであるボディスナッチ(人体乗っ取り)物に、黒沢清流のひねりを加えているのだが、侵略の目的が不明な上に、人物描写にも雑な部分があり、曖昧な印象を抱かされるのが残念だ。
あえて結論は出さない
殺人の前科がある三隅(役所広司)が、解雇された工場の社長を殺害した容疑で起訴された。弁護を担当する重盛(福山雅治)は、無期懲役に持ち込むために調査を始める。
是枝裕和監督による心理サスペンス劇。裁判で勝つためには事実は二の次と割り切る弁護士と、得体の知れない不気味な容疑者。接見室での2人のやりとりが見どころとなり、役所がさすがのうまさを見せる。2人がガラス越しに対峙する姿は、黒澤明の『天国と地獄』(63)の三船敏郎と山崎努を参考にしたのだろうか。
「裁き」「真実」をキーワードに、システム化した裁判や死刑の矛盾を突くところもあるが、人間の心の深い闇を表すためか、あえて結論は出さない。それを良しとするか否かが評価の分かれ目になるだろう。被害者の娘役の広瀬すずが好演を見せ、妻役の斉藤由貴の姿が現実のスキャンダルと重なって見えるという副産物もあった。
『ほぼ週刊映画コラム』
今週は
見るのではなく“体感する映画”
『ダンケルク』
詳細はこちら↓
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1123350
俳優の土屋嘉男さんが2月に亡くなっていたという。土屋さんと言えば、東宝所属で、黒澤映画と特撮映画を縦断した実にユニークな存在だった。例えば、黒澤映画では、『七人の侍』(54)の百姓・利吉、『用心棒』(61)の百姓・小平、『赤ひげ』(65)の森半太夫と、じっと耐え忍ぶような実直な役を演じた。
本多猪四郎監督の特撮映画では、『地球防衛軍』(57)ミステリアン総統、『怪獣大戦争』(65)X星人統制官、と前例がなかった宇宙人役を構築。あるいは、『ガス人間第一号』(60)でのガス人間=水野役、『マタンゴ』(63)での笠井役など、屈折した役も得意とした。
その一方、「8.15」シリーズと呼ばれた戦争映画での軍人役も堂に入っていたのに驚く。後年の『ゴジラvsキングギドラ』(91)でのゴジラと因縁のある新堂役では見事な腹芸を披露した。
さまざまな“顔”を見せてくれた貴重な、面白い俳優だったと、つくづく思う。「徹子の部屋」でのトークも面白かったが、黒澤明との思い出を綴った著書『クロサワさーん! 黒沢明との素晴らしき日々』も名著だ。何だか当ブログ、このところ追悼専門になりつつあるなあ。
『ダンケルク』のクリストファー・ノーラン監督にインタビュー。
第2次世界大戦下、英仏連合軍のダンケルクからの撤退を描いた本作は、ノーラン監督にとっては、初めて実話を基に描いた戦争映画。
陸海空と、それぞれ異なる時間軸の出来事を、一つの物語として同時進行させた視点が目を引く。
「この映画に関しては、今まで撮ってきた作品のような個人のヒロイズムではなく、集団のヒロイズムを描きたかった。
極限に置かれた彼らと一緒に観客が“旅”をすることで、最後は集団のヒロイズムが成し遂げられるさまを見せたかった」そうだ。
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/interview/1121880
スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーが亡くなった。
スティーリー・ダンとの出会いは、ラジオから流れてきた「リキの電話番号」(74)という曲だった。ドナルド・フェイゲンのボーカルは「力道ルーザナンバー」と聴こえたが、正しくは「Rikki Don't Lose That Number」と歌っていたのだ。
スティーリー・ダンの曲は、トム・ジョンストンが中心の頃の泥臭さが魅力のドゥービー・ブラザーズ、最初はカントリーロック風だったイーグルスなどとは違い、おしゃれな大人のロックという感じがした。
あのころはよく分からなかったが、凝り性のフェイゲンによる、ロック、ポップス、ジャズ、R&Bなどを融合させた重層的なサウンド、スタジオ・ミュージシャンの参加などが、あの独特の曲調を作り出したようだ。もちろんベッカーのギターとコーラスも素晴らしい。
ところで、スティーリー・ダンと言えば、ラジオ放送局を舞台にした日本未公開の『FM』(78)という映画を思い出す。
ひどい出来のコメディだ、という噂はあったが、何しろ実物が見られないのだから真偽のほどは不明。ところが、サウンドトラックだけはやたらと豪華だったのだ。
この中でスティーリー・ダンはタイトル曲の「FM」(No Static At All)と初期の「ドゥ・イット・アゲイン」が流れる。特に「FM」はベスト盤が出るまでは、このアルバムでしか聴けなかった。
ほかは「フライ・ライク・アン・イーグル」(スティーヴ・ミラー・バンド)「駆け足の人生」(イーグルス)「リド・シャッフル」(ボズ・スキャッグス)「宇宙の彼方へ」(ボストン)「ダイスをころがせ」「私はついてない」(リンダ・ロンシュタット)「素顔のままで」(ビリー・ジョエル)「イット・キープス・ユー・ランニン」(ドゥービー・ブラザーズ)「ウィ・ウィル・ロック・ユー」(クイーン)ETC…。
お得なヒットパレードのような2枚組みのアルバムを安価な輸入版で手に入れ、まさに、擦り切れるまで聴いた覚えがある。
あれからもう40年近くもたったのか…。『FM』はいまだに見ていない。
魅力的なバディ・ムービーにはならず
香港の刑事(ジャッキー・チェン)とアメリカ人詐欺師(ジョニー・ノックスビル)が、ロシアと中国を舞台に逃げまくるバディ・アクション。
ロードムービー、または中国の紀行映画的な要素もあり、久しぶりのレニー・ハーリン監督作ということで、ちょっと期待したのだが…。
ジャッキーのアクションは衰え、ノックスビルにはあまり魅力が感じられないので、魅力的なバディ・ムービーにはならず、おまけにハーリンの演出もイマイチなので、結果は残念な出来に。
泳げない崖の上のジャッキーは『明日に向って撃て!』のロバート・レッドフォードのパロディだったのかな。
轟二郎!
年に一度、琵琶湖で行われる人力飛行(鳥人間)コンテストに懸ける工科大学生たちの日々を描く、といえば聞こえはいいが、まず、人物描写の甘さと詰まらないギャグの応酬に見ていて腹が立ってくる。おまけに、テンションの高さを示すつもりなのか、登場人物が始終大声でわめき立てるものだから、セリフは聞き取りにくいは、神経を逆なでされるはで、全くドラマに集中できない。最後の飛行までずっとテンションが同じでメリハリがないので、感動も湧いてこない。
土屋太鳳、間宮祥太朗、矢本悠馬が、かわいそうにそろって沈没する中、比較的、メリハリのある役柄の高杉真宙と池田エライザが目立つ程度。唯一の功績は「びっくり日本新記録」で活躍した轟二郎(三浦康一)を出したところか。