硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  63

2013-09-09 07:24:21 | 日記
しばらくすると、箱を抱えたおばさまとお嬢さんがお茶を持って部屋にやってきた。

おばさまは上座に用意された座布団に座り、目の前に箱を置いた。お嬢さんは綺麗な所作で「粗茶でございます。」といって、目の前にお茶と和菓子を置いて、スッと部屋を離れた。
容姿に伴った所作の美しさに、こんな人もいるんだなぁと同性ながらも思わず見とれてしまっているとおばさまが、

「今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます。実は今日は司朗さんの事でお願いがあって来ていただいたのです。それが、この箱なんですが・・・。」と、会話を切り出した。そして、ゆっくりと箱のふたを開け、中にあった手紙を取り出し私に差し出した。

「まずは、この手紙からお読みになって頂けますか。」

「では、拝見させていただきます。」

「どうぞ。」

便箋を開くと、ラテンアルファベットが綴られていて、ドイツ語である事は分かるのだけれど、ほとんど何が書かれているのかは分からなかった。大学で少しだけかじって止めてしまった事をいまさらながらに後悔した。

「ごめんなさい。ドイツ語と言う事だけは分かるのですが・・・。」

と、言葉に詰まると、おばさまは大きく頷いて、

「そうでしょう。私もそうでした。英文なら何とか読めるのだけれど、ドイツ語となるとさっぱりで。孫娘はフランス語なら訳せるというけれど、相手はドイツ語でしょ。それで、久貢に訳してもらおうと思っても、忙しいからってとりあってくれないのよ。」

それを聞いて苦笑いをした。

「でも、送り主の方はアメリカで、ここに送られてきたというのも間違いないのだけれど、どうやら司朗さん宛てのものらしくてね・・・。送り主さんもこの贈り物をルイーゼさんという方から託されたようで、多くを知らないみたいなのね。」

「それで、どう扱っていいものやらといろいろ思案して、登志子さんに聞いたら、司朗さんが所有していたアンティークの処遇は聖司さんに任せてある事を知ったのね。それで、登志子さんに聖司さんへ連絡を取ってもらって、あなたに来ていただいたという運びになったの。」

「はい。」

「それでね。聖司さんが言うには、これは雫さんに持っていてもらった方が司朗さんも喜ぶだろうということなのね・・・。中身は人形のようだけれど。いかがかしら。」

「これを、私にいただけけるのですか?」

「そうしてもらえるとうれしいの。ぜひ貰って戴けるかしら。」

「はい。よろこんで頂戴いたします。」

「ああ。よかった。本当にどうしようかと気をもんだのよ。ようやく肩の荷が下りたわ。」

お茶を飲んだおばさまは、本当にほっとした様子だった。

「そうだ、その手紙どうします? 久貢に頼んで翻訳してさしあげましょうか? 」と、言っていただけたけれど、これは私自身が訳さなければ意味がないじゃないかと思ったから、

「いえ。私、大学時代に少しだけドイツ語を扱った事があるので、また、辞書を引っ張り出して自力で訳してみようと思います。」と、答えた。

「あら、そうなの。雫さん偉いわねぇ。じゃあ訳す事が出来たら私にも教えてくださいね。」

「はい。がんばってみます。」

この手紙を理解すれば、きっと西さんの新たな発見があるかもしれない。そう思うとわくわくしてきた。そして、この贈り物はきっと・・・。

「あの。この包みをほどいて中を見てもいいですか? 」

「ええ、どうぞ。それはもうあなたのものなのですから。」

「じゃあ、開けてみますね。」

丁寧に包装してある贈り物を手に取り、ゆっくりと解いてゆく。すると、そこにいたのは思った通りアンネローゼだった。
感動的な出会いに体がゾクゾクしてしまい、しばらくだまって見つめていた。

「あら、猫のお人形さんだったのね。」

「はい。彼女の名前はアンネローゼと言うそうです。」

「よくごぞんじねぇ。」

「西さんからお話を聞いていたのですが、こんなに早く出会えてびっくりしています。」

「そうなのね。やっぱり聞いていらしたのね。聖司さんに頼んで正解だったわ。」

おばさまはそう言って嬉しそうに微笑んだ。私はアンネローゼを包装し直し、元の場所に納めて箱のふたを静かに閉めた。

それから、しばらく二人で庭を眺めながら、たわいのないお話をしていたら、いつの間にか日が西に傾いて庭の紅葉に光が差し込んでいた。よりいっそう紅になった紅葉はその美しさを際立たせていた。
時計を見ると4時を回っていた。夕食の準備もあるからと、お暇させていただく事を告げると、「あら、もうお帰りになるの。残念ねぇ。」と言って玄関まで見送ってくれた。私は深々とお礼をして西家の門を出た。

家に着くと、さっそく箱からアンネローゼを出して男爵の横に飾って二人を眺めた。彼らは無事再会を果たしたのだ。
これは必然なのか、それとも偶然なのか私には分からないけれど、離れ離れになってから70年という時間が過ぎてやっと再会できたのは、その時間をかけなければ再会できないほどの「物語」が二人の間にあったのだろう。
その物語はドイツ語で綴られた手紙に記されているはずであり、彼らの物語をひも解く事を赦された唯一の者が私である事に嬉しさを感じていた。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  62

2013-09-08 08:06:51 | 日記
都心に向けて電車に乗り、2回ほど乗り継いで品川駅を降りる。
高輪と言うと赤穂浪士で有名な泉岳寺がある所と言うほど位しか土地勘がないから、少し不安になりつつも、添付された地図を見ながら、高いビルが立ち並ぶ第一京浜沿いの歩道をしばらく歩き、坂道を登ってゆくと閑静な住宅街にでた。
東京に住んでいてもなかなか足を運ばない場所だから少し緊張した。

地図と住所を頼りに目的地を探していると、純和風の木造建築の家の前に辿り着いた。門には西の表札。

「ひょっとしておばさまの家?」

そう思いながら、インターフォンを押すと、「どちら様でしょうか。」と若い女性の声。

「私、杉村雫と申します。天沢聖司さんのお使いで来た者です。」

そう言うと、中でなにやら会話しているのが聴きとれた。「どうぞ、そのまま入ってきてください」と、言われた。解錠された扉を開け立派な門を潜ってゆく。

「こんにちは。」

玄関先でおばさまが出迎えてくれていた。髪を結い、品の良い和服を着て、風景と一体となってたたずむ姿は、小津安二郎さんの映画のワンシーンのようで、少し圧倒された。

「こんにちは。」そう言って頭を深々と下げた。

「雫さん。ようこそいらしてくださいました。さあ、遠慮なくおあがりください。」

「おじゃまします。」

綺麗にそろえられたスリッパをはいて、おばさまについて廊下を歩いてゆくと、とても奇麗に手入れされたお庭が見える和室の部屋に通された。

「少しここでお待ちくださいね。お茶をお持ちします。」

そう言って、おばさまは廊下を奥へと歩んでいった。

案内された部屋の床の間には、著名な方の水墨画の掛け軸が掛けられていて、畳床の真っ赤な椿を基調とした生花は、互いの存在を引き立たせているように見えた。その横にある違い棚には、見るからに高そうな陶器が飾られていた。

慣れない環境に圧倒されつつも、座布団に正座しておばさまを待った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  61

2013-09-07 21:53:24 | 日記
天沢君が日本を発ってから、2つの季節が過ぎ去って、3つ目の季節が深まっていた。
窓から見える街路樹はすっかり紅葉を終え、冬を迎える準備を始めていたけれど、私は相変わらずだった。それでも、時頼思い出す空港での出来事は私をほんの少しだけ成長させてくれていたように思っていた。

いつものように、パソコンに向かいうんうんと言いながら仕事をしているとメールが入ってきた。仕事の催促かもしれないと恐る恐る携帯を手に取ると、送信者は天沢君だった。不思議ともうドキドキしない。

「珍しい。なんだろう。」

メールを開けると、少しばかり要領を得ない内容だった。

「元気にしていますか。雫の事だから突然のメールに驚いているかもしれませんね。近日中に雫に訪れてほしいところがあります。地図と住所を添付しておきますので、よろしくお願いします。 それと遅くなりましたが、空港での見送りありがとう。すごく嬉しかったけれど、もうちょっと服装に気を使った方が女子力上がると思うよ(笑顔)」

「なにこれ! 特に最後の所!! あ~やな奴!」

でも、そう言った後、可笑しくなってきて笑ってしまった。実に天沢君らしいメールだと思ったからだ。
添付された地図と住所を開くとかなり都心であった。また、近日中という指定だから早速、午後から赴く事に決め、手短にメールを返信する。

「メールありがとう。今日の午後から早速訪ねてみます。それから、普段はお洒落さんなので心配無用でございます。」

すると早速返信されてきた。

「これは失礼しました。(笑顔)さて、冗談はさておき、訪問先には連絡しておきますので、安心してください。重々よろしくお願いします。ではまた。」

私は短く「分かりました。ではまた。」と返信した。

文章を上書き保存しパソコンをシャットダウンして、さっそく出かける準備に取り掛かる。
今日は少し着る物にも気を使おう。メイクもきちんとしてゆこう。そう決めた私は時間を掛けて入念に準備を進めた。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  60

2013-09-06 16:43:33 | 日記
翌日、早起きして仕事に取り掛かった。言葉が軽やかにモニターに注がれてゆくのを不思議に思いながらも、仕事の大半を片付けてから、優一が起きてくるまでに朝食の用意を全力で済ませる。

「おはよう。」

「おはよう。ご飯出来てるよ。どうぞめしあがれ。」

「いただきます。」

優一がご飯を食べている間にお弁当を詰める。いつもと同じ朝。
朝食を食べ終わると、何やらぶつぶつ言いながら仕事に行く準備を始める。これも、いつもの風景だ。スーツに着替え、カバンを持つときりりとスイッチが入る優一。この瞬間が少しきゅんとするのだけれど、今日は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。

「はい。お弁当。」

「ありがとう。じゃあ行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

彼を見送った後、朝ご飯を頂く。食べるのが遅いから頑張って食べて、その勢いのまま作業の仕上げに取り掛かる。今日は調子が良くて、するすると言葉が出てくる。いつもこうだったらいいのになと思いながら順調に仕上げた。

でも、時計を見ると9時を回っていて大いに焦った。成田まで2時間はかかる。12時15分発に間に合わせるには、9時半位の電車に乗らなくてはならない。気合を入れておしゃれするつもりだったのに、そんな時間はない。いつものワンピースを着て、メークもそこそこに、ジャケットをつかんで家を出た。外はよく晴れている。空気は澄んでいて、昨夜の雪が路肩に少し残っていた。

少し汚れたパンプスを履いてきてしまった事に後悔しつつも、急ぎ足で駅へ向かった。電車で新宿に出てから中央線に乗り換え、東京駅で降りた時、天沢君に「今どこにいますか?」とメールを送ると、「もうすぐ成田です。」と返信されてきた。

「私が間に合わないかもしれない。」

駆け足で階段を駆け下りて、成田エキスプレスに乗り込む。車内のアナウンスは成田空港到着時間11時57分と言っている。

「焦ってもしょうがない。もたもたした私が悪い。」

そう割り切って外の風景をぼんやり眺めた。車窓から見る風景は次第に緑の多い風景に変わってゆく。

成田空港駅に着くと、南ウイングを目指し全力で走る。窓ガラスに映る私は髪もぼさぼさで見られたものではなかったけれど、ここで遅れてしまってはまた後悔してしまう。

なりふり構わず走り続け、ようやく出発ロビーに辿り着くと、もう12時になっていて、搭乗アナウンスが流れ始めていた。
沢山の人の中から天沢君の姿を必死になって探すと、天沢君も私を探してくれていたようで、私を見つけると大きく手を振った。

やっと天沢君に辿り着いた。本当はスマートでクールな女性を気取ろうと思っていたけれど、現実はボロボロであった。

「ごめん・・・。ぎりぎりになっちゃった。」

「わざわざ見送りに来てくれてありがとう。」

「ううん・・・。そうだ、プレゼントありがとう。大事にするよ。」

「うん。お祖父ちゃんも喜んでいると思うよ。」

私は意を決して、今まで言えなかった気持ちを伝えた。

「私、あなたに伝えなければならない事があるの。聞いてくれる。」

「なに。」

「私、天沢君の事、ずっと好きだった。」

「うん。」

「本気で結婚すると思ってた。だからずっと待ち続けていた。」

「うん。」

「なのに手紙で恋人ができましたって報告だけで・・・。」

「ごめん。」

「どうしてなの。どうして私じゃ駄目だったの」

「ごめん。」

「こんなに好きなのに・・・・。」

感情が高ぶって、涙があふれてきた。もうこうなるとなかなか止まらない。周りの人がこちらを見ているけれど、そんな事はお構いなしに泣きながら天沢君の胸に顔をうずめ、ぎゅっと背中に手をまわすと、天沢君は両手でそっと私を包んでくれた。

搭乗を促すアナウンスが流れている。

「もう行かなくては。」と、天沢君が呟く。

「あ~っ。すっきりした。泣いちゃってごめんね。もう大丈夫。」そう言いながら、両手で涙をぬぐい、天沢君の胸から離れて大きく深呼吸をした。

「仕事がんばってね。世界の天沢。」

笑う彼。

「じゃあ。」

「うん。気をつけて。」

搭乗口に消える彼。手を振り見送る私。彼に何度手を振っただろうか。

5階展望台に行き彼の乗る飛行機を見ると、もう離陸準備に入っていた。轟音をとどろかせ、滑走路を滑るように加速してゆく。機首が上がったかと思うと、あっという間に3月の空に消えていった。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  59

2013-09-05 07:31:28 | 日記
その夜、不思議な夢を見た。草の囁きに気が付き、目を開けると、綺麗な空が見えて私は中学三年生に戻っていた。

「あれっ。たしかここは・・・。」周りを見渡すと、いつか観た空に浮かぶ島の上にいた。

「どうして? どうして?」訳が分からずに慌てふためいていると、突如バロンが現れた。

「さぁ、行こう! ラピス・ラズリの鉱脈を探す旅へ!」

「ええっ! もう物語は終わっているはずよ!」

「何を言っているんだ! 旅は始まったばかりじゃないか。」

するとバロンは、振り返り高い塔を指差した。

「振り返って見るがいい。君はまだあの高い塔を越えただけなのだ。」

「あの高い塔を越えただけなの?」

そう言うとバロンは遠くの山々を指差して

「これから君が目指すのはあの山のふもとなのだ。」

その山は陽炎のように淡く、そしてあまりにも遠い。不安になった私は、

「あんなに遠いの・・・。」と、弱音を吐いた。すると、

「大丈夫だ!遠くのものは大きく、近くもの小さく見えるだけのこと。」

「そうだったわね。すっかり忘れていたわ。」

「いざ行かん! さあ勇気を出すのだ!」 

「よおおし、もう一度飛んでやる。」

「ゆくぞ。そおれっ」

「いやああああ。」

「恐れてはいけない。しっかり目を開けて前を見るのだ! それっ!上昇気流をつかむぞ!」

「わぁあああっ!!」

上昇気流をつかむと、ぐんぐん上昇し今にも星に手が届きそうなくらい空高く舞い上がった。私はバロンの手をしっかり握り、はるか遠くに見える山を目指した。するとバロンが私を見て語りかけてきた。

「君はどうしてあそこで足を止めてしまったのだ。 こんなに勇気があるのに。」

「えっ!」

返す言葉を探そうと思っても出てこない。いよいよ苦しくなってしまい、突然目が覚めた。不思議と胸の痛みが残っている。
それでも、私は夢の中でバロンに何かを教えてもらったような気がしてならなかった。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  58

2013-09-04 07:30:23 | 日記
「雫さんへ。」

「この手紙を開いているという事は、聖司から無事手渡されたという事ですね。そして、私はこの世にいないのかもしれませんね。しかし、そうであっても悲しまないでください。人の死は決して悲しいものではないのですからね。

ところで、このような手紙を差し上げたのは雫さんに折り入ってお願いがあるからなのです。この手紙と共にある紙包みの中身は「男爵」です。男爵は長い間、恋人を待ち続けています。私がいなくなっても、きっと恋人との再会を待ち続けるでしょう。私は男爵と恋人は再会できると強く信じているのです。

この男爵の秘密は私と雫さんだけしか知り得ない事ですから、あなたに彼らの物語の続きを託したいと思ったのです。どうか私の最期の唯一の願いだと思って引き受けてください。
恋人の名前はアンネローゼ・フォン・シャフハウゼンと言います。よろしくお願いします。」

「西司朗」

男爵が我が家にやってきた。すごく嬉しくなってすぐに包装してある紙をほどいた。
何度も何度も見たはずなのにそれでも感激するものだ。

「今度は私があなたの物語を見届けますから。よろしくね。」

さっそく男爵を仕事用のデスクの上においてしばらく眺めた。彼の眼のエンゲルス・ツィマーは今も変わらず美しい輝きを保っていた。そして、私は不意に彼に話しかけた。

「ねぇ男爵・・・。私どうしたらいいと思う? 」

一人で呟いていると、インターフォンが鳴り玄関の扉の開く音がした。時計を見ると7時を少し回っていた。

「ただいまぁ」

慌ててリビングに戻り、彼を出迎えた。

「おかえりぃ。 早かったね。ちゃんとご飯食べてきた?」

「いや。面倒くさくなったから、コンビニでカップラーメンとおにぎりを買ってみました。雫はもうご飯食べたの?」

そういえば、ご飯の事をすっかり忘れていた。

「忘れてた。まだ食べてないです。」

すると、優一は「そんな事もあろうかと、雫の分まで買ってみたのです。」と、言った。

「わぁ! 気がきく! ありがとう。 そんな事もあろうかとお湯はすでに湧いております。」

そう言ってストーブにかけてあるやかんを指差すと、優一が「調子いいぞぉ」と言って屈託なく笑った。
その時、ああ、これがかけがえのない幸せなのかもしれないと思った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  57

2013-09-03 19:47:47 | 日記
「天沢君。あのね・・・。中学生の時、本当は空港に見送りに行きたかったんだ。でも、お金もなかったし、学校もあったしで、結局諦めるしかなかったんだよね。」

「うん。」

「明日。成田12時だったっけ。」

「うん。」

私は躊躇いの中なら、私の中の気持ちを探しだして勇気を振り絞って言葉にした。

「・・・見送りに行っていいかな?」

天沢君は微笑んで頷いた後「いいよ。でも、仕事大丈夫?」と言った。

「大丈夫だよ。早起きして、しっかり仕上げてから行くつもりだから。」

「そうか。あまり無理するなよ。」

「うん。わかった。今日はありがとう。じゃあまた明日。」

そう言って車のドアを開いた。車から降りると、風は止み雪だけが静かに降り続いていた。天沢君は去り際に私に手を振ってから車を走らせた。私は小さく手を振り返し、寒さも忘れ車のテールランプが見えなくなるまでその場で立ち尽くしていた。


家に戻り、ドアを開け、明かりをつけると不思議とほっとした。天沢君にもらったプレゼントをテーブルの上に置き、かじかむ手でストーブの火をつけた。
ストーブの前の椅子に座り、手を温めながらじっと火を見つめていると、じんわりと温かさが部屋に広まっていった。一息ついてから、着替えをして、少し熱めのインスタントコーヒーをいれた。

椅子に座り、プレゼントをじっと見る。いったい何をくれたんだろう。本当に溶けてしまうものなのだろうかと想いながら箱に手を伸ばし花柄の包装紙を丁寧に開けてゆくと、少し古くなった段ボールの箱が見えた。
慎重に箱のふたを開けると、クッション材が引きつめられていて、その中に丁寧に包装してある長細い「もの」を見つけた。それをそっと取り出してみると、下に封筒が入っていた。

「あれ、なんだろう。」気になった私は封筒を取り出し考えた。伝える事があるなら、直接言葉にするなり、手紙を手渡しでくれればいい筈なのに、何故こんな手の込んだ事をしたのだろうかと。
でも、こういうときは「案ずるより産むが易し」だ。ドキドキする気持ちを温かいコーヒーを飲んで落ち着かせてから、ハサミで封を切り便箋を開いた。

「あっ!」

便箋には懐かしい文字があった。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  56

2013-09-02 17:19:38 | 日記
カーラジオから松任谷由美さんの「hello・my・friend」が流れていた。そういえば、この曲ってあの頃に流行っていたような気がするなぁとぼんやり聞いていたけれど、詩の内容が切なすぎる事に気づいて思わずため息をついた。すると天沢君が、

「実は、雫に渡したいものがあるんだ。」と、言った。

「えっ。なに。」

渡したいものってなんだろう。自分の気持ちが高揚してゆくのが分かった。

「なに? 何か頂けるの? 」

天沢君はニヤニヤして「壊れやすいものだから帰り際に渡すよ。」と言って教えてくれない。

「いじわる! もう知らない!」

ついさっきまで嫌みを言えていたのに、もう立場が入れ替わって少し悔しい。でも、私に渡したいものってなんだろうと考えると胸のドキドキがおさまらなかった。

教会から私の家まで車で15分もかからない。なにか話さなければと思えば思うほど言葉にならない。
しばらくすると小高い丘の中腹に建っている団地の窓明かりが見えてきた。天沢君は中学生の頃、2度ほどこの道を通っただけなのにちゃんと覚えていて、団地前の交差点を緩やかな坂に向かって曲がり、団地の前の公園に車を止めた。

「ここでよかったよね。」

「うん。覚えていてくれたんだね。ありがとう。」

「どういたしまして。」

そう言うと、天沢君は後ろの席に置いてある綺麗な花柄の包装紙でラッピングしてある少し長めの箱を手を伸ばした。

「今日はありがとう。そしてこれが雫に渡したいものです。」と、言って手渡された。

「あっ、ありがとう。これ、今から中を見ていい?」

「駄目だよ。家に着いてから開けてください。そうでないと溶けてなくなってしまうかもしれないから。」

「ええっ。溶けてなくなるものなの?」

「それは、明けてからのお楽しみ。」

楽しそうに意地悪を通し続ける天沢君。こういう所は中学生のままなんだけれどなぁと思ったけれど、反論する事を諦めて「わかりました。家に着いてから開けるね。」と、返事をすると、「うん。うん。」と嬉しそうに頷いていた。

そんな天沢君を見ていて、言っておかなければならないことの一つをようやく思い出した。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  55

2013-09-01 08:00:30 | 日記
楽しい時間はあっという間に過ぎてゆくものだ。お茶会は予定時間をとっくに過ぎていたから、登志子さんと旦那さんが間を見計らって、ミサに参列した方々に向けてご挨拶をされ解散となった。
追悼ミサという弔いに初めて参列したけれど、このような追悼の形もよいものだなと想っていると、翠さんがやってきてくれて「またお会いましょうね。」と、再会の約束をした。

今日は夕飯の準備をしなくてもいいから時間に余裕がある。手持ち無沙汰になった私は、登志子さんのお願いしてお茶会の後片付けを手伝わせてもらった。登志子さんの話し方はとても魅力的で、その会話力を会得したいと思うほどだ。時頼、二人して大きな声で笑ってしまうものだから、周りの人たちが「なになに?」と、聞いてくるほどに会話が弾んだ。

それでも、二人でテーブルを拭いている時、登志子さんはふと手を止め、ゆっくり背を伸ばすと、ひとり言のように「雫さんみたいな人がお嫁さんだったらよかったかな・・・。」と、呟いた。私は聞こえないふりをして黙々とテーブルを拭き続けた。

片付けが終わり窓の外を見ると、いつの間にか街灯の明かりが夜道を照らしていて、その明かりの中に雪が舞っているのが見えた。登志子さんと旦那さんは、皆に「今日はお疲れ様でした。皆さまのおかげでよい追悼式が行えました。外は雪が降っているみたいですので、お帰りの際は気を付けてください。」と挨拶をされた。私もおばさまや天沢君のご両親に再度お礼を言って、帰宅しようとすると天沢君に呼び止められた。

「雫。家まで送ってゆくよ。」

「えっ、いいの?」

「遠慮するなよ。」

「そう。じゃあ、お願いします。」と、あっさりと甘えた。この様子を見ていた登志子さんは「雫さん。念を押すようだけど、気をつけなさいよ。相手はイタリアの伊達男よ。」と、言うと、「母さん。それ、本当にやめてくれないかなぁ。イメージ悪くなっちゃうよ。」と、っておどけていた。

私はすまし顔で「大丈夫です。この程度の男の人には引っ掛かりませんから。」と毒を吐くと、周りにいた人がみんな笑った。

外は身震いするほど寒く北風が凍るように冷たかった。私達は足早に車に乗り込み教会を後にした。エアコンの温かい風は体と心の緊張をほぐしてゆく。シートに身を沈めて助手席から天沢君の運転する姿を見る。自転車の後ろに乗った時もそうだったけれど、この心地よさはきっと特別なんだろうなと思った。