発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

芸術の秋、読書の秋

2019年10月11日 | 日記
◆芸術の秋、G線上のアート
 「表現の不自由展」が再開され、抗議のため名古屋市長が座り込んだ。それもまた不自由展を構成する要素になると思う。物議をかもす。中断される。脅迫が届く。予算が出なくなる。入場制限をする。全部完璧な「表現の不自由」を作り出している。しかも美術史にこれは残るだろう。
 表現者にとって辛いのは制限でも批判でもなく、スルーされることなんだもんね。松下由樹が「徹子の部屋」かなんかで「姉の婚約者を取る妹の役をしたときに視聴者からカミソリが送られてきて女優冥利に尽きると思った」と語るのを見たことがある。
 今まで見てきた美術作品のなかで、これはいやだ。私は芸術とは認めないというのはひとつだけあった。どういう展示かというと室内に張り巡らされた透明プラスチックの中を、大量のG(本物)が走り回っているものだった。よく会場が許可したものだと思う。
 問題は展示後である。どうやって撤収を行ったのだろうか。鑑賞のハードルも決して低くはないが、後始末の作業に耐えられる人はさらに少ないと思う。会場に取りこぼすのは許されない。バルサンを焚くにせよ、洗剤液を噴霧しまくる(窒息して動かなくなる。殺虫剤よりは安全かな)にせよ、掃き集める、チリトリにとってポリ袋に入れる。いかなる昆虫を思い浮かべてもきついが、それがGちゃん。想像するだけでうああっである。

◆読書の秋
 スルーされるよりはましなのかも知れないが、ものごとの表層しか見ない人々も困りものである。
 8年近く前『博多港引揚』という本を上梓したとき、ネットで炎上した。おお、叩かれること。「出版停止」とか「(こんな本が出てしまって)福岡県民として申し訳ない」とか。
 でもね、よく読むと、批判してる人たちのほぼ全員が、本どころか新聞記事さえ読まずに批判している。
 新聞の取材を受けた編集委員のひとりが「日本の侵略の歴史もわかる」と言い、それが記事に載った、多くはその部分を叩いているのである。
 編集委員にはいろいろな思想信条の人たちがいるが、この本をつくるにあたっては「戦争は簡単に終わってはくれない、実際に体験したことを知らせたい」という考えで一致している。そのための本なのである。 
 昭和20年9月の閣議で「現地の悲状に鑑み内地民生上の事情を犠牲にするも可及的速やかに之が完遂を期する」と決まったものの実際は悲惨な難民の旅を強いられたのが引き揚げである。その事実を知り、それは何の結果なのかということに考えを及ばせる本なのだ。それを侵略と呼ぶ人がいたから出版停止しろとは。
 200を超える書き込みのなかで、立ち読みをしたと思われる人の書き込みはただひとつ。
「本屋でちょっと読んだけど、別に侵略は強調されていないよ」
 新聞記事を実際に読んだ人の書き込みは
「邦人の苦労をしのばせるものだろ。ちゃんと読め」
 残りはほぼ「本を見ずに」「新聞記事さえちゃんと読まずに」書いたオッチョコチョイと察することができた。
 ついでに「税金が使われているんだろうな」というデタラメな憶測を書いた輩までいる。これは会員、多くは年金生活者のポケットマネーを集めて出版されたものだ。失礼きわまる。
 ちなみに、我が社に直接電話してリアルで発行人や編集長に議論仕掛けてくる勇者はいなかった。
 批判してもいいから、ちゃんと読んでね。できれば買って読んでね、と思う発行人である。

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