千葉市村田町に鎮座される「神明神社」。御祭神は『天照皇大神・大日要貴命・豊受皇太神・月夜見命』
境内記念碑:由緒より【村田の守護神新明神社は、治承4年(1180)源頼朝が日本武尊の故事にならい創建を命じられたものと傳えられている。永祿年中(1558~70)大津波ありて村田一円の建物悉く流失したが、本社の祠だけが泰然と残った。従って村民の崇敬を更に深め直ちに小さな社屋が再建された。その後我々の祖先が弘化元年(1844)より嘉永5年(1852)の九年間僅かの戸数で一致協力して現在の総欅神明作りの社殿を建立したものである。狛犬もその時(嘉永5年)のものが現在に至っています。】
拝殿前左右より神域を守護されるのは、嘉永5年(1852)壬子2月吉日建立の、奥目の江戸流れさん一対。 どちらも軽く右手を上げているのが、まるで「お手!」と言われて素直に応じる子犬のよう😊
台座には「行徳川原の石工『治兵エ』」の名が刻まれていますが、この狛犬さん、前にも拝見したような・・ ああ確か、「前髪が目に入るから切りなさい」と言った母を思い出させてくれた・・あの狛犬さんにそっくり!
「境内社:稲荷大明神」、言わずもながですがご祭神は『稲荷神』。 さらにもう一社「稲荷大明神」の祠があり、石碑に朱の文字で『稲荷大明神』と刻まれています。
「境内末社:子安大明神と痘神」。「痘神(ほうしん)」とは、疱瘡(天然痘)を擬神化した悪神。 その昔は、死に至る事もあった恐ろしい病。人知では抗う事の出来ない厄災を神として祀り上げる事で、難を逃れようとしたのかもしれません。
水難から人々を救うとされる「水天神」、「弁財天神」と共に、町民の祖として敬信されています
「道祖神」は厄災の侵入防止を祈願するための村の守り神、集落の境や村の中心に祀られます。
境内には他にも沢山の境内社や石碑が建立されており、「身延登山記念碑」「関西 四国 中国観光記念」・・・
「伊勢〇〇記念碑」。右に至っては解読不能😓
並んだ碑二基、多分写真に残した時は分かっていたと思うのに、今となっては画像からは読み解けません😓
参拝日:2019年3月19日