車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

日見の大仏様 in 山口県周防大島町日見

2024年07月04日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・山口県

周防大島町日見奥田中に門を構える真言宗御室派寺院「日密三王山:西長寺」。周防大島八十八カ所霊場第19番札所。『不動明王』を本尊とします。

「大同2年(807)、唐より帰国した空海は、瀬戸内海を航海中、周防大島に立ち寄った際に、海に沈む太陽に御仏の姿を感得。空海は即座に船の帆柱に不動明王を刻み、西向寺を創建。明治3年(1870)に牛頭山の長楽寺と合併、それぞれの一字を取り「西長寺」と改称。」公式HPより

瓦葺・切妻造、薬医門の山門、お天気が良ければここから周防灘を望めた筈ですが、眼前に広がるのは灰色の世界。「こんな時に雨女の真骨頂を発揮せずとも」とご亭主殿。・・「き・・聞き捨てなりません!!😠」

雨脚の弱まるのを待ってご亭主殿がデジカメを向けた先は、山門の飾り瓦。定番中の定番は留め蓋の獅子一対。「雨の所為で対の向きで撮れなかった」と、わざわざ私を見て嘆くご亭主殿・・だからぁ!雨は!!😡以下略。

とても健康優良児っぽい「お坊さん」・・確かに毛は無いけど、でも本当にお坊様だろうか??

天を仰ぐ鯛・・と書くとカッコいいけど、雨水を飲む鯛って書くと、ちょっとね😩 他にも沢山写してましたが、キリが無い(笑)

社務所らしきところにお声がけをして御朱印をとお尋ねしたところ、日付の無い書き置きの御朱印のみとの事。大変申し訳ない事ではありますが、私の拘りでご辞退させて頂きました。にも拘わらず「日見の大仏様」への参拝を勧めて頂き、感謝に堪えません🙏。

「檜材の寄木造りで、漆箔着色の像。像高は284cmの丈六仏で、県下の重文の仏像で最も大きい。右手は屈して前方に手の平を見せ、左手は掌を上にして左膝の上におき、共に第一指と第二指の指先をつけて、上品下生(じょうぼんげしょう)の手印を結ぶ。螺髪(らほつ)はやや粗目で、しっかり見開いた眼、厚めの唇をきりりと結んだ表情には威厳がある。浅い衣紋やひざ張りに対して、ひざ厚が少ない等から、平安時代後期12世紀頃の制作と見られる。二重円光の光背は当初のままで貴重であるが、この外にさらに飛天光の外縁がついていたものと考えられる。また台座は大衣の端が下方に垂れた形の八角形裳懸座(もかけざ)。光背、台座も本像作成当時のものである事は貴重である。」公式HPより

こんなに間近に重要文化財の大仏様と対面できるって・・・思わずご亭主殿と顔を見合わせ、失礼にならないようにフラッシュなしで一枚だけ尊像をデジカメに収めさせて頂きました。圧倒的な存在感・・・にも関わらずそのお姿はおだやかで優しく、心の中にふわっと入り込んでくような錯覚を感じさせてくれます。

「弘法お清め大師」と青書きされたお提灯を左右に、お厨子に納められた弘法大師像。各地の寺院参拝で、開祖となられた方の尊像を頻繁にお見受けするのですが、弘法大師様だけは何故か特別に親しく感じられます。大した信仰心もない癖に、不思議と言えば不思議ですが🙏。

閻魔十王像の前においでになるのは子安のお地蔵様?、それとも慈母観音様?赤子に乳をのませる仏像を見たのは、西日本では初めてではないかと・・

心持ち小降りになった気配に境内の散策。沢山のお地蔵様に囲まれた石碑。

「宝篋印塔」と板碑

「慈悲と功徳のさんぽ道」と題された回遊式の庭。海を仰ぐ景勝地に、2007年に建立された大島霊場第45番札所、「摩尼宝塔」

本堂「西向不動明王」前に奉納されていたお地蔵様。いずれも赤い前垂れやお帽子を奉納され、また瀬戸内のハワイの名に相応しく、花のレイをかけられたお地蔵様もおいでです😊。

本堂の近くに枝を広げていた「山茶花」。樹高:7.5m、目通り幹周:1.7m。天文4年(1535)頃に植樹したと伝えられ、周防大島町指定天然記念物に制定されています。

手水鉢の水は『弘法大師』が杖で掘ったとされる「閼伽水」。側の薬壷から水が出るらしく、その下には可愛らしい「薬師如来」さまのお姿も。

参拝日:2015年11月17日

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tibineko一口メモ

「閼伽水(あかすい)」、仏様に供える清浄な水の呼び名。

 

コメント (6)
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