メザスヒカリノサキニアルモノ若しくは楽園

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「ごらん、世界は美しい」

感動の映画と美しい風景と愛おしい音の虜

三沢光晴

2009年06月14日 | プロレス
人生にはかくも衝撃的なニュースが時々何の予告も無しにやってくる。

幼い頃から全日本プロレスを飯代わりに育ってきた僕にとってジャイアント馬場やジャンボ鶴田や三沢光晴とは永遠のヒーローなのである。

三沢光晴は器用さと知性を兼ね備え、あらゆる激しい攻撃も究極の受身を持って乗り越えてきたミスタートリプルクラウン。

ノアを立ち上げてからも常に最前線で戦い続け、同年代のレスラーと比較すれば圧倒的な強さを維持し続けていた。

ヨーロッパでも人気の生きた伝説と呼ばれる程のレスラーであった。

しかしとても残念な事に受身の天才である三沢が6月13日、試合中に受けたバックドロップで亡くなってしまったという。

にわかに信じられないが、不思議と涙が止まらなかった。

プロレスは当然生で観たことあり、ノア中継も毎週ビデオを撮って観ていた。
かつての全日本プロレスやノアの激しさは本物だった。
今思えば本物過ぎた。

スポーツとしてのプロレス。

予定調和を踏まえてのガチンコの戦い。

我々ファンがかつて過激な大技に盛り上がってしまった事もこの悲劇の原因であろう。

一時期三沢が強すぎた為、各レスラーは三沢超えの為に相当過激な技を繰り出していた。

技は年々過激になる一方だった。

今思えば急に怖くなる。

プロレス人気が落ちているプロレス界冬の時代。

しかしどんな時でも三沢は決してぶれる事無く己の信念を貫いていたように思える。

とても頼れる親分だった。


今回三沢に技をかけた選手などは相当気の毒に感じてしまう。

あまりに重過ぎる十字架を背負ってしまった。

しかしプロレスを辞めずもっとプロレスを盛り上げて欲しい。

ノアはガチだったから。

皮肉にもこんな形でガチンコの凄さを証明してしまった。

あまりにもショッキングですが、僕は生涯ノアファンで居ようと決意した。

ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、三沢光晴。

その他のレジェンドレスラー達。

短命な人が多すぎる。


三沢光晴を思い出そうとするとあまりの名場面の多さに余計悲しくなり、やはり信じられない。

数々の感動をありがとうございました。


残ったレスラー達、プロレスの火を消さないように頑張ってください。

応援しております。

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