メザスヒカリノサキニアルモノ若しくは楽園

地球は丸かった 太陽が輝いていた
「ごらん、世界は美しい」

感動の映画と美しい風景と愛おしい音の虜

5、その目の目指す光の先にあるものがパラダイスでありますように

2012年01月01日 | 月夜の散歩
2012年1月1日0時21分。

ちょうど1時間ほど経った。

僕が愛して愛して愛し抜いたジャムがこの世を去りました。


先月初めに初めて危篤の知らせを聞いてから一月弱。
12月の間に3回程帰省して看病した。
先週もそろそろ無理そうだと言う知らせを聞き帰ってきて、
もう数時間後には死ぬんだろうと言う気持ちで、
電車の中で周りを気にすることも出来ず泣きながら帰った。

しかし年末の帰省まで僕を待っていてくれた。
本当に死にそうで死なずに待っててくれた。

両親は古い人間なのでこじつけるように、
「きっと正月でみんなが帰ってくるのを待っているのかも知れない」
なんてよく言っていた。

このひと月あまり母は
「サヨナラするときはお母さんの腕の中よ、約束よ」
「みんなにサヨナラするんでしょ?もう少し頑張りなさい」
と言い続けていた。



そうして数時間前、2011年大晦日の話。

父と兄はさっさと寝たが、僕と母と兄嫁は3人で和気あいあいと寝ずに紅白歌合戦を観ていた。
気分が良かった母はずっとジャムを抱いていた。
紅白歌合戦も終盤に差し掛かった22:30頃、ジャムはこのひと月あまりの間での何度目かの発作を起こした。

もう最後じゃないか?って場面を正直何十回も体験していたので今回もその一つだと思っていた。
しかし苦しそうな呼吸が続き、一回だけ大きな声で「キャン」と鳴いた。
昔散々聞かせてくれた可愛い女の子の声で。

僕と母はずっとジャムをマッサージし続けた。
犬を飼った経験が無い兄嫁も必死にサポートしてくれた。
母は
「もうすぐ2012年になるから頑張りなさい!」と必死にさすり続けていた。
「ほら後1時間よ!」「ほら後15分だから!」などと言い続けた。
途中口が閉まらなくなり舌がだらんと横に垂れてしまい、正直もう終りだと思った。


何時間も抱っこし続けて疲れた母に変わり僕が抱っこしたが、
引き続き呼吸は苦しそうで瞳孔が開ききっている様に見えた。

大きく見開かれた目はもう次の世界を貫いているように見えた。
僕を貫いたその先の世界を見ているようだった。

激しく呼吸をしていたが死んでいると言ってもいいような姿に見えた。

苦しそうだからと再び母の腕にジャムを戻す。

もうどうにもできない大自然の摂理が、
僕らの手の触れる場所まで来てしまっているのを実感した。
それがジャムを連れ去ってしまうのが皮膚感覚で伝わってきた。
どこまでもどこまでも強い流れに流されている気持ちだった。

ジャムは相変わらず苦しそうに口をパクパクさせていた。

そうして漫画のようにそのパクパクがだんだんと小さくゆっくりとなっていった。
僕ら3人は頭を近づけ合いそんなジャムを覗き込んでいた。

そしてパクパクが終わった時母が
「死んじゃった」と言った。

僕はジャムのお腹を触った、
もう何の鼓動もなかった。
僕も「死んだね」と言った。
瞬間滝のように涙が出てきた。

このひと月あまり、
もう悲しみ尽くした気分だったのでもう泣かないと思っていたが、
もう自分には悲しむ体力も涙の源泉も無いと思っていたが、
まるで意志とは関係無いような部分が涙を促してきた。

信じられないほどの量の涙が流れた。

僕は急いで父を起しに行き、兄嫁は兄を起しに行った。
そうして直ぐにみんなが集まり母の腕の中のジャムを囲んだ。


瀕死の状態になりひと月弱。
いつ死んでもおかしくなかった。

両親しか居ない時、または父か母一人しか家に居ない時。
またはみんなが寝静まった後に一人寂しく。


しかしジャムは母の言いつけを全て守ってからこの世を去りました。

唯一みんなが揃う元旦を選んだのです。
ちゃんと全員にサヨナラを言ったのです。
母と徹夜で見ないと駄目かな?布団で寝かそうか?なんて言っていましたが、
ちゃんとまだ皆が起きている時に去りました。
最後に母が声をかけ続けたとおりちゃんと2012年を待ってこの世をさりました。

そうして何度も母が言い続けていたとおり、母の腕の中でこの世を去りました。


僕は「こんな去り方は奇跡だ」と、そういうのを信じない僕も流石にそんなセリフを言った。
みんなも泣きながら「奇跡だね」と言った。

みんなでシクシクしながらも17年間愛を注ぎ続け、こうして送り出してあげれたことは一種の満足感でもありました。
僕はなんとも言えない清々しさすら感じました。

17年間はバカに出来ない時間でした。
非常に大きな事をやり遂げた気持ちです。



さてこの数時間の中、僕を最も感動させた出来事です。

普段は父が布団に入るとそっちの部屋に行ってしまい、
遅くにリビングに居ることのないジャムの息子バカ犬ディノがずっとジャムのそばを離れなかったことです。

ホントジャムに関しては無関心なバカ犬ディノがジャムの顔の匂いを嗅いだり、
ジャムを抱いてる我々のそばでじっと”待て”のポーズのまま見つめていました。

今までも死にそうって場面は何度かありましたが、
ディノがそんなことをしたのは初めてでした。

なので実際に瀕死のジャムを囲んでいたのは我々3人とディノなのです。

動物的勘というものを初めて思い知らされました。




このひと月あまり、両親とも夜中に苦しんだり、夜泣きするジャムのせいで疲れきっていました。
たまに帰って看病した僕でさえ夜鳴きや、夜中中そっと少しずつ水を飲ませたりしてとても疲れました。

なので僕は母に
「もう全員にサヨナラしたから、君等を看病から解放してくれたんだよ」と言った。
とにかく賢かった犬らしい素晴らしい最後でした。

ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・。

今度は向こうでお前のことが大好きだった爺ちゃんと遊んでくれ。
かわいがってもらってくれ。


ホントにありがとうねジャム。

お前は超可愛かったし超賢かったし。

俺はお前が愛しくて愛しくて仕方なかったよ。

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