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『スラムダンク』にハマって1年

2007-08-22 23:40:00 | 徒然なるままに
1年前、バスケ部の教え子から『スラムダンク』の面白さを教えられ、夏休みにDVDでアニメを見、その続きが見たくてコミックを買い、すっかりハマって、完全版を読破した。

制作に6年もかかったという作品を一気に読み終えた後、作者に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
と同時に、連載当時、リアルタイムで読まなかった残念さ・・・。

遅ればせながらのファンではあるが、以来、すっかりハマってその熱は冷めるどころか、周りを巻き込むほど。
同時に今までさほど興味も無かったバスケが好きになり、自分ではできないけれど、生徒の試合を応援にいったり、バスケ部の生徒とは自分の学校の生徒だけでなく、他校の生徒でも、卒業生とでも、誰とでも仲良くなることができる。
いわゆる『スラムダンク世代』といわれる大人の人とでもすぐ打ち解けられるのだ。
スラムダンク効果はすごい!

当初、そんな私のハマリぶりを笑って見ていた娘(小6)もいつの間にかハマり、『スラムダンク』は今や彼女のバイブルとなり、中学に進学したら、女バスに入部するのを夢見て、毎日基礎練習に励んでいる。

昨年、3年生の副担任だったこともあり、テストや試合のたびに『諦めたらそこで試合終了ですよ』の名言を紹介し、入試直前にはバスケットボールの水墨画にその言葉を書いて貼り出し、皆にエールを送った。

そんな小さなきっかけでも、たくさんの『スラムダンク』ファンが生まれた。
最初は「何それ?先生、本貸してよ」
といっていた生徒たちも、卒業する頃にはいっぱしの論客ぞろいだった。
受験で引退したバスケット部の連中も、『先生、バスケがしたいです(涙)』とコメントを送ってよこしながら、高校受験を突破して行った。

今度の赴任先でも、『スラムダンク』ファンとバスケット人口を増やすべく、私の『スラムダンク』『布教』は続けている。


作品についてのキャラクター、ストーリー構成の良し悪しは、様々な人が書いている。
同感!と思うコメントもあるし、そういう視点で見るとなるほどと思うもの、いろんな先入観や表面的なことにこだわって、本質を見ていない人など、読んでいてなかなか面白い。

6年がかりで書かれた物語は、主人公たちだけでなく、作者自身の成長振りも目覚しい。
1億人突破記念に発表された新聞各紙の一面に描かれた湘北メンバーのイラストとコメント。桜木花道の『1番楽しんだのは自分かもしれない』というのはそのまま、作者の本音だと思う。

この夏、再度読み直して、更に新たな感動を覚えた。
この物語のすべてはの、あのハイタッチシーンのためであり、山王戦のの勝敗を分けたシュートが、ダンクではなく、あの『合宿シュート』だったことは最高だった。
ラストシーンの終わり方は、多くの『自称小説家』を生み出したことだろう。
それだけ創作意欲を掻き立てる登場人物たちだった。
名作は名作を生む。
あの物語を読んでバスケットを始めた人たちと同じように、今も、あの物語は自分自身の中で現在進行形なのだ。

それほどの影響力を持つほどすごい作品だと思う。
まだ読んだことのない人はぜひ、読んでみてほしい。
時代設定は古いかもしれないが、たとえ、更に10年、20年たっても色あせることの無い名作だと思う。

もし、私が作者であれば、連載終了10年を経た今、第2部を書くとすれば、登場人物も、時代もまったく新しい設定で書くだろう。ただ、物語の中で、回想シーンやエピソード、近況報告として第1部の登場人物に触れることはあるだろう。
設定としては、高校教師として赴任し、人気の停滞したバスケを復活させ、部顧問として再び全国を目指す小暮君の視点で見た物語として。
でも、桜木花道や流川楓を越すぐらい魅力的なキャラクターを活躍させるのは、至難のわざだなぁ・・・。


帰省1  墓参り~命のバトン~

2007-08-22 23:38:00 | 徒然なるままに
8月19日(日)

久々の帰省から帰宅。
17日の夕方発って、8時にはなつかしの実家に到着している予定だったが、その日は松島の花火大会で、特別ダイヤだった。
結局家にたどり着いたの9時過ぎになってしまったけれど、ま、松島海岸駅で10分間も停車している間、駅のホームからばっちり花火も見えたしラッキー!ということにしよう。

前日までは猛暑だったというのがうそのように、肌寒いほど涼しかった。

3日間、墓参りが中心だったが、今回の帰省はいつもとはずいぶん違う印象を持った。
もしかしたら、二度とは見ることができなかったかもしれない故郷の景色や、懐かしい人々との再会、何年も帰省していないうちにすっかり変わってしまった町並み・・・。
そのどれもが愛おしく、かけがえの無いものだという気持ちでいっぱいだった。

空気も水もおいしくて、体の中の老廃物が流れ出して、入れ替わる感じ。
すごい食欲で何でもおいしかった。
稲穂が出てきた田園の黄緑を見ていると目が洗われるようだった。
今、勤めている中学校の近くにも田園風景は広がっているが、やはり違う。
墓所から見下ろした故郷の街と港から続く海と水平線は、泣きたくなるくらい、見たくて見たくて仕方なかった風景だった。

それぞれの墓所で御所で、心からの祈りをささげると、心が晴れ晴れとして、すっきりした気分になるから不思議だ。

お墓というのは、亡くなった人のためというより、遺された人々のために建てるものなのかもしれないと思った。

二泊している間、せっかく休養に来ているのに、見る夢はいつも学校の夢だった。授業をしていたり、職員室の風景だったり・・・。
いやな目覚めではなかったから、2学期に向けての予知夢だったのかも知れない。

『現実』からちょっと離れて、私の元気だった頃のことを覚えていてくれる懐かしい人たちの変わらぬ笑顔に、たくさんの元気と勇気と優しい気持ちをもらった。

おじやおば、いとこたちと話しているときの私は、その時々の思い出話になるたびに、小学生になったり、高校生になったり、すっかり若返ってしまったような感覚になる。

今、私と関わってくださる人々とのつながりも大切だが、何年も会えなくなっても幼いころからずっと見守りいつくしんでくださった人たちとのつながりもありがたいものだと思う。

これは、私だけではなく、私の兄弟や子どもたちにも、この絆はちゃんと教えて繋いで行かなければならないと思う。


『命のバトン』ということばがあるが、遺伝子のバトンだけは無く、人はひとりでは生きられない、血や心のつながり、絆も大切なのだということをしっかり渡していかなければならない。


私よりも何代も前のご先祖様たち。
この人たちが存在していたからこそ、今の私がいるのだ。
祖父母までは記憶もあり、自分との関わりも濃いわけだが、その祖父母にも両親や兄弟がいて、それぞれの人生があった。
すごく久しぶりに、父方、母方の祖父母の遺影を見て、懐かしさだけでなく私はしっかり『自分の番』を生きなければならないと思った。

人は一人で生まれ、死ぬときも一人だ。
でも、一人では生きられないし、死んだときも死んでからもたくさんの人の世話になる。

たとえ志半ばに命を終えることがあろうとも、自分ではいまわの際にも『良い人生だった』と素直に思えなかったとしても、『いい人だった』と言われ、惜しまれるような人生を送りたいと思う。

人の死は2度あると思う。
1度目は肉体の死。
2度目は、忘れ去られる死。

できることなら、この世に自分が生きた証となるものや事を残して人生を全うしたいものだ。
そのためにも、1日、1日をありがたく、大切に、精一杯生きていこうと思う。