守田です。今宵はご法度時間の深夜の投稿です!(20140211 00:30) (20140211 22:00 文末に注を追記)
うーむ。
Facebookなどを読んでいると、多くの人が、東京都知事選の結果にがっくりきているのが目につきます。
いや、気持ちは分かるのですが僕はこう言いたい。
You don't have to worry!
そんなに嘆かないでいいんじゃない?と。
次回あたりの「明日に向けて」で、きちんと分析して書こうと思っていたのですが、取りあえず、一言発してしまうことにしました。
今回の選挙結果、僕にはだいたい予想通りの結果でした。腹をくくっていた通りと言った方がより正確です。
はずれたのは、宇都宮さんが細川さんを上回ったことと、投票率があそこまで低かったこと。
これにはやはり大雪の影響が大きかったのではないですかね。大雪で一番損をしたのは細川さんではないか。雪がなければ、細川さんが宇都宮さんを上回っていた可能性はあるでしょう。それでも宇都宮さんの善戦は光ったと思いますが。
舛添さんのあまりの女性蔑視発言を知っている方は、「ありえない」結果だと憤然としていると思います。僕もその点は同じです。あんなひどい輩が知事だなんて許せない。
でもこう言わせていただければ、僕は、イラク戦争の犯罪人である小泉さんを、多くの人がちはほやしているこの国の現状に耐えてきたのですね。それに比べたらとは思ってしまう面もあります。本当の勝利まで、僕らは忍従を強いられます。だから言いたい。もうめげてないで顔をあげようと!
それに舛添氏の極度の女性蔑視、まだまだ社会的に十分に知られていないのですよ。だからこれからがんがん宣伝すればいいのではないでしょうか。というか、宣伝して闘えばいいのです。すべてはこれからです。舛添さんに、当選したことを後悔させて差し上げようではありませんか。
それにしてもやはり僕は「一本化」の叫びに無理があったと思っています。とくに良くないのは「選挙は勝たなければ意味がない」「一本化しなければ勝てない」というフレーズ。
実際には一本化はできなかった。というより、両者ともに一本化の意志はなかったのです。その中で有名人たちがその名の力を利用して「一本化」を強いたわけですが、残ったのは「一本化しなければ勝てない」「勝たなければ意味がない」ということになってしまったのでは?
それでは大雪をおして、投票所にいく気力がうせてしまいます。何せ東京は雪にはそれほど慣れてなくて、大雪のときはたくさんの人が転んでけがをしますから。お年寄りに「無理していかんでいい。どうせもう結果は決まっているから」なんて声掛けして人もあったのでは?
さらに東京という町の変質も僕は大きいと思っています。端的に極端な金儲け中心の町になってしまっている。僕は東京の生まれだから強く感じるのですが、かつての東京はあんなに嫌な町ではありませんでした。もっと働く人々の息吹があった。
でも今、銀座界隈を歩くと、金ぴかに着飾っていないと歩けない感じがします。あぶく銭で儲けるカジノ資本主義の世界的拠点のひとつが東京です。
そこにいて、多くの人々は、自分の政治に与える力を感じられないのではないでしょうか。おそらく東京都知事選は、日本の中で一番、当選者あたりの投票数の多い選挙でしょう。言い換えれば一票の価値がそれだけ低い選挙でもある。
首相官邸前のデモはピーク時で20万人。自分がいけば20万分の1の力になれるわけです。でも今回の選挙で、投票率が低くたって舛添氏の集めた票は200万超。自分の一票は200万分の1の価値しかない。
これでは選挙で自分の権力の行使を感じにくい。世界最大の巨大都市の矛盾構造です。ちなみにドイツは、ファシズムの復活を警戒して、大都市の形成をいましめた。一番、大きいベルリンでも人口数では東京にはるかに及ばない。このことも自覚しておくべきです。
そんな中で選挙に行かなかった人のことを、僕はそんなに悪く言う気にはなれません。それが「意識が低い」ことだとも正直思えない面もあります。選挙にいったら意識が高いのですかね。自民・公明の組織票より、むなしくて選挙にいかない人の意識の方が・・・高いかどうかは別として・・・僕は好きです。
さらに言えば、この国の中にいる最も嫌な金儲け主義者、あぶく銭で稼いでいる人々が一番資産を蓄えているのが東京です。それが「組織票」の機軸をなしている。なんというか、金に対する妄念の塊みたいなもので、この国の諸悪の根源の大きな一つです。
だからこそまたそれはそんなに簡単に崩れはしないものであることも見据えておく必要があると思うのです。それゆえ東京でそんなに簡単に勝てるなんて思ってはいけないのでは。場合によっては、東京は一番最後に変わる町なのではと僕には思えます。
それを考えたときに「選挙は勝たなければ意味がない」はもうやめませんかと僕は言いたいのです。そんなに簡単に勝てないし、反対に選挙で勝ったって、民衆的な力が弱ければすぐにひっくり返されもするのです。
実際に選挙に勝ったってかつて青島さんは何もさせてもらえなかったのです。さらに言えば、民主党も何もできなかったではないですか。普天間基地の沖縄からの撤去もできなかった。TPP絶対反対、ぶれない!とかいって勝った自民党なんて、選挙で大勝したとたんにTPPにひた走っている始末です。
端的に言って、私たちの国の民衆は、まだまだ選挙に依存しすぎなのではないでしょうか。選挙でどんな人物が当選したとて、下からのエネルギーがなければなにも実現できない。だから大事なのは選挙運動期間のお祭りではなく、普段の実践による民衆的な力の底あげだということに、今こそ、気が付くべき時なのではないでしょうか。
問われるのは日常的な実践です。地道な活動、地道な言論の形成。一時期のはやりではなく、こつこつと正論を育てていくこと。丁寧に丁寧に、民衆の論を、民衆の力を積み上げていくこと、それこそが最も大事なのです。
そしてその点で言えば、宇都宮さんの票にはそうしたことの反映が一定、あったのではないでしょうか。勝たなければ意味がないのではなく、それが示されたことが貴重なのではないでしょうか。大雪の中で得票数を伸ばしたことに僕はそれを見るのですが違うでしょうか。
細川さんには「名前」の力はあっても、日常的な積み上げは何もなかったのです。当たり前でしょう。だって隠遁していたのですから。人々が貧困にあえぎ、被曝にあえいでいるときに、隠遁生活を謳歌していたのですから。(ただしいつでも誰にでも、僕は隠遁生活を楽しむ権利があるとは思っていますが)
それが名前だけで出てきて、パーッと票をさらってしまったとしたら、僕にはその方が残念に思えたと思います。しかもイラク戦争犯罪人の小泉さんの絶大な支持の中でですから余計です。
そうならないのはそれで良かったと僕には思えるのですがいかがでしょうか。だってそうなったていたら、僕はイラクの人々に申し訳なくていてもたってもいられなかったと思うのです。
細川・小泉連合が思ったより人気をとれなくて正直、ほっとする思いが僕にはあります。そうなったらイラクの人々が深く傷ついただろうからです。
そう考えていけば、まあ、選挙の結果はこんなところだったのではないかと腑に落とせる面があるのではないでしょうか。そうして、宇都宮さんの得票に現れた可能性を一緒に伸ばそうと思えるのではないでしょうか。
こう書くと、「あんな舛添さんみたいなひどい人物が勝って、悔しくないんですか?」という問いもかえってくるでしょう。
もちろん僕は悔しいし残念です。
でもここ10年以上を振り返って、僕にはアフガニスタンやイラクに侵攻する戦争が始まってしまったときほど、悔しかったこと、悲しかったこと、己と私たちの国の民衆の力の弱さを、嘆いて涙したことはないです。パレスチナが白昼、猛爆撃を受けて蹂躙されたときも同じです。
だってものすごいたくさんの人々が殺されたのです。本当に無残にです。なんの大義もなくです。
僕は多くのことに楽観的で、取り戻せないものはないといつでも思う方ですが、あれらの戦争で亡くなったたくさんの命はもう取り戻せないのです。その痛みをもっと多くの日本に住まう人々に共有して欲しいです。それでないとアフガンやイラクやパレスチナの人々に申し訳なくてならない。
同時に福島原発の爆発。そこから発生した放射能はすでにどれほどの命を奪ったのか。これからどれだけ奪うのか。これももう取り戻せないものが多い。何よりそれが悔しく悲しいです。
それに比すならば、東京都知事選など、これから幾らでも取り戻しができます。
だからこそ、もうがっかりするのは止めましょうと僕は言いたいのです。そうして腹をくくりましょう。闘うのです。正義のために。未来のために。子どもたちのために。
その気高い決意をこそ、この選挙結果から引き出せば僕はそれでいいと思うのです。そしてそのときこそ、「明日に向けて」、今回の東京都知事選を、僕らにとっての勝利に変えることもできると僕は思うのです。
大切なことは、すべての経験を私たち民衆の覚醒に結び付けていくことです!
ともに前に進みましょう!もっと力強く!どこまでも!
(注記。僕が細川さんが「人々が貧困にあえぎ、被曝にあえいでいるときに、隠遁生活を謳歌していた」と書いたことに対して、複数の方からご意見があったので反映させておきます。
「細川さんは、震災後ただ隠遁生活をおくっていたわけでは、ありません。森の長城プロジェクトの理事長をやっていち早く東北の復興に力を貸していました。細川夫人は、震災の時すぐに福島にガソリンを届けています。」
「細川さんはご自分の趣味をいかして悠々自適の人生だったそうですが、3.11以降被災地の復興に相当の時間を割いていたと思います。
余裕があるから出来た、と言う人もいますが、泥だらけになって木を植えつけることなどコツコツと続けていました。そのことを本当に感謝している被災地の方々もいます。」
ご指摘、ありがとうございました。(20140211 22:00)