ケンが2月1日(水)のギターレッスンの後に、登校しぶりの最中のことを思い出して話してくれた。
きっかけは、ギターの先生が不登校の子どもたちに、家から出かけるきっかけ作りとして「むすび場:地域文化スポーツクラブ事業」の講師をしてくれた話から。
先生は、うちの二人の息子たちは不登校でも引きこもったりせずにとても表情が明るいよね、って話してくれた。
まあ、そうなるように私が自分の持てる力で、息子たちをなるべく外に連れ出しているのもあるんだけど。
そして、私は早いうちに無理に登校させることをあきらめて、不登校を受け入れるように気持ちを切り替えたのも大きいと思う。
ギターの先生の話を聞いていた長男が、
「今は視界が明るく見えるようになったけど、中1で学校に行けなくなりはじめたとき、学校での休み時間はそうでもなかったけど、授業中は教室を見てる視界がとても暗く見えていた。あんまりあの時の記憶がない。」
「クラス対抗テストが本当にしんどかった。またテストか、いい点取らなくちゃいけないのか、と思うと苦しかった。死にたい気持ちが一瞬頭をよぎったこともある。あのまま休まないで学校に行っていたら今頃死んでいたかもしれない。」
と…。
わかっていたけど、本人の口から語られるその事実に結構衝撃だった。
私は学校をたびたび休むケンから言われた「俺を殺す気か!?」って言葉と、当時くしくも学校に登校したのに、飛び降り自殺したケンと同じ年の中学1年生の男の子のニュースもあり、ケンを無理に学校に行かせることをあきらめた。
学校に登校することと
ケンの命。
どちらが大事か選ぶまでもない。
生きていればやり直しはできるけど
死んでしまったら二度戻らない。
このケンの話。
大人たちはどう取るのでしょうか。
これでも不登校の子どものわがままで、子どもに問題があるとでも言うのでしょうか。
不登校は頑張り過ぎた結果おきているものです。普通に、みんなに合わせようと努力したけど、どうしてもできなかったんです。
そもそもその「普通」って何なんでしょうか?
登校しぶりから2年もたって、初めて言語化しれくれた。それも自分からふと話してくれた。
不登校の原因を「無気力」ですましている文部科学省の不登校調査。
そこに本気でメスをいれない限り、不登校はなくならないし、不登校特例校を作ってもそこに通ってくれるとは限らないと私は考える。
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文部科学省の不登校対処の新たなガイドラインは、
①不登校生向けの特別な教育課程「不登校特例校」の設置促進
②1人1台配備されたタブレット端末を活用したデータに基づく兆候の早期発見
③全ての児童生徒を対象とした日々のメンタルチェック
が3本柱となる。4月に発足するこども家庭庁との連携も検討する。
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不登校の子どもたちの自己決定や意思表示が全く考えられてない。
こども家庭庁もまた形だけなのか…?
悲しき現実をまた突きつけられる。