ヘアサロンうつのみや・オーナーのスポーツやヒーローもの、雑談ネタを徒然なるままに
こーじ苑
富樫勇樹の1億越えの意義は
千葉の富樫、年俸1億円超え=「夢のあるリーグと思って」―バスケットBリーグ
バスケットボールBリーグの千葉でPGとしてプレーしている富樫
勇樹の来シーズンの年俸が、1億を越えたというニュースが今日の
スポーツ紙に載っていた。
日本出身選手の年俸が1億を越えるというのは初めてで富樫本人も
‘夢のあるリーグだと思ってもらえたら凄く嬉しい’と語っているし、
大河正明チェアマンも‘2020年までに1億円プレーヤーを出したい’と
語っていただけに感無量だろうと思う。
Bリーグは企業主体のJBLとクラブチームのbjリーグに分裂して
いたのを川淵三郎氏が再建に乗り出してBリーグとして統合し16年
9月にスタートしたわけだが、3シーズン目にして初めて日本出身の
選手が1億越えの選手が誕生した事になる。
1億といえばゴルフで尾崎将司が85年に1億越えをした事からプロ
野球に1億円プレーヤーがいないのは?という事から当時オリオンズ
の落合博満が2度目の三冠王を獲得した事から1億の有力候補と言わ
れながらオリオンズフロントが渋り、3度目の三冠王を取った86年オ
フに移籍したドラゴンズで1億越えを果たすとライオンズの東尾修も
契約したわけで創立して50年以上が経っていた。
一方のサッカーJリーグの場合はスタート時点からヴェルディが
ラモス瑠偉や三浦カズら主力選手に億単位の年俸で契約しまくって
いたのだが、コチラは逆に最初が派手過ぎたので途中から緊縮財政
になってしまったが‣・・・・
基本的にサッカーやバスケットボールはプロ化を求める声に対し
‘プロ野球ですら赤字経営なのに’という事を言い訳に渋っており、
実際に昭和の日本リーグのスタンドの入りを見るとプロ化などは
全く現実的に捉える事ができなかった。
ところがJリーグが発足すると観客動員数は飛躍的に伸びてTVで
の中継もされ始めた事から1億円プレーヤーも可能になったわけだ
が、92年にミュンヘン五輪男子バレーの金メダル監督・松平康孝
がプロ化を提唱したものの‘野球やサッカーはスタンドが大きいの
に対し、バレーはインドアだから採算の取れる大きなアリーナが
ないから’などという理由で頓挫していた。
それがバレー以上に観客が入ってなかったバスケットボールが
Bリーグとしてプロ化して3シーズン目に1億円プレーヤーが誕生
したのだから、この状況をバレー関係者はどう見るのだろうかと
思ってしまう。
つまりバレー関係者や保守的なバスケ関係者が拠り所としていた
‘インドアスポーツのプロ化は非現実的’というロジックが、今回の
1億円プレーヤー誕生で崩された形になったのは本当に素晴らしい
と思うし、そういったロジックを振り回す面々がいかに頭が古く
無能だったかが証明された形だろう。
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