「あほリズム」
(817)
科学の疚しさはゴミ問題に尽きる。そして、人間の生産活動には
ゴミの排出が必然であるとすれば、それは近代人の疚しさである。
(818)
これからは、如何にして新しい「モノ」を生むかよりも、それが
如何なる「ゴミ」を生むのかが問われる。つまり、棄てることから
の逆転した技術革新が求められる。
「あほリズム」
(817)
科学の疚しさはゴミ問題に尽きる。そして、人間の生産活動には
ゴミの排出が必然であるとすれば、それは近代人の疚しさである。
(818)
これからは、如何にして新しい「モノ」を生むかよりも、それが
如何なる「ゴミ」を生むのかが問われる。つまり、棄てることから
の逆転した技術革新が求められる。