「あほリズム」(597)

2019-10-24 07:19:10 | アフォリズム(箴言)ではありません

          「あほリズム」

 

            (597)

 

 生きることは《手段》に過ぎないとするならば、その《目的》と

はいったい何だろうか?西欧形而上学はさんざん神学論争を経た後

に、形而上学的な思考方法の限界を認識した。存在するか否か(神

の存在)を思考によって証明することはできなかった。神の存在を

証明することはできなかったが、その方法論は科学(実存)に応用さ

れて華々しい成果を上げた。後にニーチェは、プラト二ズム(プラト

ンが説いたイデア論[理想と現実の二世界論])を逆転させ、形而上学

的思考の固定的な結論(絶対性)が変遷流転する生成の世界(相対性)

に的中しないことを説いた。ここでは、生成である我々の認識がい

つの間にか変わってしまい《手段》が《目的》へと変貌する。つま

り、生きることは《目的》に《過ぎない》のだ。

 そういった認識の変化から生じる言語矛盾の実例を挙げれば、

「我々は、わが国の平和を守るためなら戦争も辞さない」

 いつの世も戦争は自国の平和と繁栄を守るために行われる。つま

り、戦争が《手段》であるとすれば、その《目的》は自国の平和な

のだ。      

 

 


「あほリズム」(596)

2019-10-23 07:50:42 | アフォリズム(箴言)ではありません

          「あほリズム」

 

           (596)

 

 生きることは《手段》に過ぎないとするならば、近代とは《目的

喪失》の時代である。われわれが創り出した科学技術、自動車も、

電気も、医療も、核兵器も、すべて《手段のための手段》でしかない。

 

            (597)

 

 生きることは《手段》に過ぎないとするならば、その《目的》と

はいったい何だろうか?西欧形而上学はさんざん神学論争を経た後

に、形而上学的な思考方法の限界を認識した。存在するかしないか

(神の存在)を思惟によって証明することはできなかった。神の存在

を証明することはできなかったが、その方法論は科学(実存)に応用

されて華々しい成果を上げた。後にニーチェは、プラト二ズム(プラ

トンが説いたイデア論[理想と現実の二世界論])を逆転させ、形而上

学的思考の固定的な結論(絶対性)が変遷流転する生成の世界(相対性)

に的中しないことを説いた。ここでは、我々の認識が変わってしまい

《手段》がいつの間にか《目的》へと変貌する。つまり、生きること

は《目的》に《過ぎない》のだ。

 そういった認識の変化から生じる言語矛盾の実例を挙げれば、

「我々は、わが国の平和を守るためなら戦争も辞さない」安倍晋三


「あほリズム」(590)

2019-10-22 00:58:51 | アフォリズム(箴言)ではありません

          「あほリズム」

 

           (590)

 

 なんか、社会が明るい兆しの方へ向かっている気がしないんだよ

ね、現状を維持するのが精一杯で。それって頂点に達したってこと

で、後は転げ落ちるだけじゃないの?

 

            (591)

 

 都会から地方へ移住してきた若者が言った、

「都会に居ると自分から何かしようと思わなくなる」

 

             (592)

 

 SNSって傍観者のためのツールなんだ、自分のこと

はさておいて他人には正義を振りかざす。

 もちろん俺のことだけど・・・

 

             (593)

 

 気持ちの良い時ってどんな時?

「痒いところを掻いてる時」

 じゃあ、気持ちが悪い時ってどんな時?

「掻きすぎて痛くなった時」

ふーん、同じことをしても気持ちって変わるんだね。

「過ぎたるは及ばざるが如しって言うからな」

 

 

             (594)

 

 傍観者になるな、自分を生きろ。

 或は、観客になるな、主人公たれ。

 


「あほリズム」(589)

2019-10-19 07:55:32 | アフォリズム(箴言)ではありません

          「あほリズム」

 

           (589)

 

 いよいよ世界は「終活」へ向かい始めた。

 「自国ファースト」とはもはや継続よりも終焉を意識した

セルフィッシュ(selfish) な身辺整理である。終焉とは限界に

達した近代科学文明の終焉にほかならない。

  それは、たとえば債務者が他人との関わりを疎じて、自ら

の運命と向き合うために身を引く、まさに今のアメリカのよ

うに。何故なら近代科学文明の終焉はアメリカにとってもっ

とも受け入れ難い現実だから。