「真理とは幻想である」(3)

2020-10-16 14:07:44 | 「ハイデガーへの回帰」

       「真理とは幻想である」


           (3)


 ハイデガー=ニーチェは、「もしも世界が不断に変遷する無常な

ものであるとすれば」、つまり世界とは〈生成〉であるとすれば、

固定化された永遠不変の〈真理〉は変遷する生成の世界に「そぐわ

ない」と言います。しかし、われわれが世界を認識するための根拠

となるものは〈真理〉以外にあり得ません。たとえば、われわれが

生息する地球は自転しながら太陽の回りを公転しているという事実

は〈真理〉そのものであり、たとえ明日になっても、おっと、自転

しなくなれば明日は来ないので自己矛盾ですが、しかしその〈真理〉

はまず不変に違いありません。不変であると信じるからこそ気にせ

ずに暮しているのです。では、地球は永遠不変に自転しているのか

と言えば、いずれ減速して遂には太陽に引き寄せられると考えられ

ています。つまり、われわれにとっては〈真理らしきもの〉ではあ

っても、真理とは決して〈永遠不変〉ではないのです。ただ、この

〈曖昧さ〉の上にわれわれの科学的認識が存立しているのです。そ

れは「世界とは不断に変遷する無常なものである」からです。そし

て、〈永遠不変の真理〉から導き出された固定化した科学技術は生

成の流転を妨げる、これが今〈世界=内=存在〉としてのわれわれ

が直面している地球環境問題にほかなりません。

                         (つづく)


「日本がだんだん中国に似てきた」

2020-10-15 11:59:06 | 従って、本来の「ブログ」

       「日本がだんだん中国に似てきた」

 

 中曽根元首相の合同葬めぐり文部科学省が弔意表明通知     

ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20201015/k10012663791000.html

2020年10月15日 4時05分

 

       *         *        *

 

 これって中国共産党による香港社会への監視政策と同じじゃん。

 もしかすると「大喪の礼」を想定した予行演習なのかもしれない。


「真理とは幻想である」(2)

2020-10-14 07:58:17 | 「ハイデガーへの回帰」

          「真理とは幻想である」


              (2) 


 ところで、われわれが創り出した科学技術は絶対不変の真理に基

づいて構成されている。もしも「真理とは幻想である」とすれば、

われわれの創り出した近代科学文明社会もまたいずれ消滅する幻想

でしかないと言うことになる。すでに、再生をもたらす自然循環は

われわれの科学技術が創り出した人工物に阻まれて滞り、地球環境

はいよいよ目に見えて異変を起こし始めている。また、当然、無限

の化石燃料が限られた地球に埋蔵されているはずはなく、地球温暖

化問題の深刻さと比例するようにエネルギー資源の枯渇にも迫られ

てくるに違いない。つまり、何百年後の人類は自然環境の変化とエ

ネルギー資源の枯渇によって科学技術が無用になった世界で、かつ

て「神の死」によってニヒリズムに陥ったように、再びわれわれを

ニヒリズムが襲うことだろう。そもそも本来の生物進化を技術進化

に委ねたわれわれの生存能力は科学技術の無用化によって著しく退

化していることに気付かされるに違いない。もちろんそのような能

力は必要に迫られればいずれ再生されるに違いないが、それでは、

われわれの理性はもう一度原始に帰って生き延びるための生存競争

を繰り返す精神力をよみがえらせることができるだろうか。しかし、

精神力とは神への信仰からもたらされるもので、「神の死」によっ

て萎えてしまい、そして科学技術の無用化という相次ぐ価値の喪失

によってわれわれの理性は「神」「科学」を超える新たな価値を産

み出すことができるだろうか。理性が生存を超えた新たな価値を見

い出せなければニヒリズムから抜け出すことできない。


「コロナ脳」

2020-10-10 23:48:26 | 従って、本来の「ブログ」

          「コロナ脳」


 いま、あのホリエモンがコロナ禍への対応を巡って、飲食店との

間の対立が話題になっている。SNSで多くのフォロワ―の支持を

得ているホリエモンは、彼の言動がSNSによって拡がって、彼の

意見と異なる飲食店のオーナーに彼のフォロワ―たちからのバッシ

ングのデンワが殺到しているという。私は、数ヶ月前に全く反対の

立場から施設内でのマスクの着用を訴えたことがあったので、他人

事とは思えなかった。私のマスクを巡る顛末は以下の通りです。

 今年の夏の盛りに、あれは確かお盆前だったと思うが、いつもの

ように週に一度の近くの温泉施設へ行った。そこは長らくコロナ禍

の影響で休業を強いられていたが、と言うのも、我が町は都心から

離れた山間地にも関わらず4月にクラスタ―が発生し、誰もが未知

のウイルスに戦々恐々としていて、しかしその後は辛うじて収束に

向かって普段の生活を取り戻していた。その日はたしか日曜日で、

昼過ぎの施設はコロナ禍の最中にもかかわらずいつもよりも人出が

多かった。車を止めて玄関辺りを見ると、傍らのベンチに十人余り

の男ばかりの若者が屯していた。私はすぐに彼らが浴場へ入らなけ

ればいいがと思いながら、マスクをしながら、彼らを脇に見て中へ

入った。そして、靴を脱ぎ下駄箱へ入れていると、すぐに周りが騒

々しくなって、外で屯していた若い男たちが、一斉に、しかも誰一

人マスクをせずに、急かすように私の後に続いた。私は驚いて、す

ぐにフロントに駆け寄って彼らにマスクをさせるように訴えた。当

然、玄関ホールには、マスクの着用と手の消毒そして三密を避け大

声で話さないことの注意書きが掲げられていて、誰もがマスクをし

ている中で、彼らだけが堂々とマスクもせずに入場させるのはおか

しいだろうと訴えて、戸惑う彼らを後にして浴場に向かった。当然、

浴場ではマスクをして入るわけにはいかないが、施設側も三密を避

けるためにロッカーの使用を一つ措きにしたり、サウナの定員を半

減させていた。開いているロッカーを見ればすでにほとんどが使用

されていて、もしも彼らが入って来てもロッカーが使えないことは

明白だった。一連の抗議によってすこし興奮しながらも、自分の行

動の正当性を確かめながら湯に浸かっていると、今度はその男たち

が浴場の中へ躊躇いもなく入って来た。私は「えっ?」と思ったが、

すぐに軽装の彼らが残されたロッカーを一緒に使っていることに気

付いた。そして、彼らが入ってきただけで浴場は人集りで、とても

三密は避けられない状況だった。しかし、施設側は浴場内の過密化

を考慮せずに彼らを入場させた。私は慌てて浴場を飛び出て服を着

て、タテマエだけの管理責任に終始する温泉施設を後にした。

 さて、コロナ禍への不安の程度は人それぞれで、ホリエモンは従

来のインフルエンザとそれほど違わないと言いますが、しかし、一

般にはPCR検査で陽性と診断されると、少なくとも最低2週間の

隔離療養を強いられます。ほとんどの人が2週間も仕事を休むこと

はそれまでの生活を失ってしまいます。それが飲食店では営業の自

粛が求められ、たとえ再開したとしても風評被害は避けられないで

しょう。つまり、コロナ禍がそれほどの脅威でなかったとしても、

風評によって浮き沈みする飲食店にとっては決して侮れない病気な

のです。ここにコロナ禍を軽微な感染症だと考えるホリエモンと、

感染症そのものはどうであれ、一度でも店から罹患者が発生すれば

営業を続けられなくなることを気にかけている店主とは、そもそも

問題の論点が根本的に噛み合っていないのだ。


「あほリズム」(762)

2020-10-09 05:04:05 | 「ハイデガーへの回帰」

          「あほリズム」

 

            (762)

 

 「既得権益」を守るための「前例主義」と「縦割り組織」、

それらに支えられている最たるものは政治家たちである。

学術会議などというのは枝葉末節にすぎない。それを言うな

ら政治家たちはどれほど既得権益に与っているのか。もしか

すると自分たちの既得権益を守るための目くらましだと思え

なくもない。IT化社会の下で、その気になれば「直接民主

主義」(国民投票)でさえも可能な時代に、いまや巨額の歳費

を費やす政治家(代議士)こそが無用ではないか。

「前例主義を見直すと言うならまず初めに政治家を減らせ!」

と、言いたい。