lizardbrain

だらだらぼちぼち

手拍子その1

2018年04月13日 16時04分15秒 | 音楽
手拍子について。

以前、キャパ150人くらいのとある小ホールで、とあるジャズヴォーカリストととあるピアニストのデュオライヴを観戦した時の事。
ステージに向かって客席が扇型に配置されたホールで、縦方向よりも横方向に広がった感じの構造だった。
ワタクシが感じている有名度に反して、客席の入りは満席には遠い6割くらいだった。
アコースティックピアノだけの伴奏だったので、PAを通していたがマイクを使わない生音でも十分ではないかと思えるホールだった。

開演時刻よりも遅れてヴォーカリストとピアニストが登場して、1曲目を唄い始めたとたん、客席から誰かが手拍子を打ち出した。
全く遠慮の気配の無いかなり大きめの音量の手拍子だった。
ホールの規模が小さい上に明るめの照明セッティングだったので、客席の様子は良くわかる。
ステージに集中しながら横目で追いかけてみると、手拍子の主は、ワタクシの1列前で5~6席くらい左側に座っているオバサンだった。
観客の中で手拍子を打っているのはそのオバサン一人っきり。
一人だけ悦に入った様子で、ふんふんとうなずきながらニコニコ手拍子を打っている。
けれど、他には誰も手拍子なんぞしてはいない。

一人が手拍子を始めたのをきっかけに、客席のあちこちからつられて手拍子が始まる、
そんな光景はジャンルを問わずよく見かけるのだが、この日は誰も同調する観客はいない。
第一、たった今唄いだしたオープニング曲は、いわゆるミディアムテンポのじっくりと聴かせる曲調で、決して手拍子が似合うような曲ではないのだ。

後続する同調者が出ない大きな理由は、曲調はともかく、その手拍子がとんでもなくリズム感が無かったからだと断言できる。
2拍4泊のアクセントなんざぁ全く無視して、もたついたかと思うと走りだして、立ち止まったのでやっと止めてくれたかとホットしたのもつかの間、思い出したように止まってた分を取り戻すかの如く早足でまたもや走り出して、、、、、
その繰り返し、、、、、、

決して、ステージ上から演奏者が手拍子を要求しているわけではない。
なのに、このオバサンのトンデモ手拍子は1曲目が終わっても2曲目が終わっても続いていく。
トンデモ手拍子に気を取られないように、ワタクシは一生懸命にステージに集中しようと努めた。

ワタクシは、この日この時、このホールにジャズヴォーカルとピアノを聴きに来たのだ。
このヴォーカリストの唄を聴くのは、10年以上も前、厚生年金会館(今ではこのホールの名称は変わっているはず)中ホール以来なので、この日の小ホールの公演を楽しみにやって来たのだ。
なのに、このオバサンのトンデモ手拍子をイヤでも聴かされるのはとてつもなく辛くて悲しくて、火責め水責め言葉責めの数多の拷問を延々と受けているに等しく、阿鼻叫喚の叫びを必死に我慢しながらのたうち回り苦しんでいると、ある曲で、ふっとトンデモ手拍子が鳴らなくなったのに気付いた。

それは、4分の3拍子のワルツ曲であった。
さらに、次のスローテンポの曲では手拍子が鳴らない。
どうやらこのオバサンは、ワルツ曲とスロー曲には手拍子しないという傾向の持ち主なのだ。
傾向がわかったところでどうしようもなく、ワルツ曲とスロー曲以外では相変わらず遠慮のない音量のトンデモ手拍子を聞かされながら、イマイチ集中しきれないうちにライヴは終わってしまった。

演奏が終わった充実感は確かに感じつつ、これでトンデモ手拍子を聞かされなくても済むぞと感謝しながら、終演後に駐車場階に降りるエレベーターで、何たる事か、さっきのトンデモ手拍子オバサンと一緒になってしまった。
娘なんだろうかという感じの、オバサンよりも少し若めの女の人と一緒だった。
世渡り上手のワタクシは、さきほどまで感じていたトンデモ手拍子に対する大きな不満を決して顔に出さず、ましてや口にも出さず。
かと言って気を許したわけでは無いので、世間話をするでもなく。
あっという間に駐車場階に降りて、事前精算機の前でゆずりあいながら、オバサンに先に精算してもらった。
精算が終わったオバサンは、
「あ~あ、良かった、久しぶりだったけど。Yさん(ピアニストの名前)もお元気そうだったし。良かった、良かったねぇ。」
と連れの女性に話しかけながら、自分のクルマに向かっていた。

その後ろ姿を見送りながら、

「なんや、良い人やん。」

とつぶやいてしまった。