太平洋戦争(第二次世界大戦)が終わった5ヶ月後の1946年1月、佐渡に1機の飛行機が不時着した。英国の軍用機の『ダコタ』だった。5ヶ月前まで、敵味方で争った敵国の将校を乗せた飛行機である。
真っ先にそれを目撃し、安否を気遣った村町の娘・千代子(比嘉愛未)が飛行機に近づき様子を窺おうとするところ警戒して銃を構える搭乗員。そこに後から駆けつけた村の有力者たち。村長の新太郎(柄本明)が千代子に手をあげなじろうとしたところを制止するイギリス兵。一発触発は避けられた。
つたない《間に合わせ通訳》で、ようやく事情が分かるが、どう対処するかもめる。「困った者を助けるのが、佐渡の人間(さどもん)」と町長が決断し、自分の経営する旅館に迎える。
この先、言葉の通じない相手ではどうなもならないので、思い立った千代子は、海軍兵学校を卒業し、英語も堪能な幼なじみの木村健一(窪田正孝)を思いつく。しかし、木村には素直に通訳の仕事を引き受けられない屈曲した事情があった。
後は、ダゴタが飛び立つまでの緊迫した状況・事件を、丁寧に練り込んだ脚色で物語は進行していく。無駄のない演出、きびきびした的確な演技に、スクリーンに引き込まれる。
実際にあった話だから重みが違う。『戦争は誰が始め、何のために闘っているのか』改めて考えさせてくれる。毎日を地道に働き生活する国民同士は、お互い敵も味方もない。闘わされているのだ。
いま、《戦争ができる国》に-相手に銃を向けることが許されない国が銃を向ける国に-変えられようとしている。だからこそ今作られて、観る価値のある映画だ。
監督は油屋誠至、丁寧に作られたいい映画だ。
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映画を見おわった後、なぜかずっと以前見た映画『子どものころ、戦争があった』*1を思い起こしてしまった。
註*1 残念ながらこのビデオはDVDで発売されておらず、発売されたVHS版(16265円というめちゃくちゃな値段がついている-中古品も25000円!で出品されているが)も現在ではほとんど手に入らない。以前、民放で放映された番組をベータテープで録画した物が、我が家にあるのみである。
あれも良い映画だった。『子どものころ、戦争があった』の方は、時代も戦時中であり舞台は福島県磐城市(現いわき市)近郊の農家-庄屋のような蔵のある大きな屋敷を持つ農家-である。その屋敷に、外国人の子どもが匿われているという。外国人と付き合いのあった庄屋の次女が外国人と結婚し、その子ども-小さい娘・エミー-を家に匿っているのではという噂が村民の中にもあった。人目につかぬよう、1日中蔵の中に押し込められ生活していたが、疎開してきた家の長女の息子-小学生くらい-に見つけられてしまう。はじめはその存在を許せなかったが、次第に状況を理解し始め、うち解ける。ある日、海を見たいとせがむエミーを、爺やと共に1つ山を越えた海に連れて行くのだが、そこで悲劇が起こる。戦争も末期、地方の寒村にも“敵機”が現れ、その機銃掃射でエミーは倒れてしまう。
三益愛子の、庄屋の家主として、家と家族を守ろうとする毅然とした緊迫の演技には圧倒され、これもいつまでも印象に残る映画だった。
時代背景もストーリーもまったく違う2つの映画の共通点は、「戦争」と「外国人」が登場するということ、兵役に就いたが《意図せず願い半ばで故郷に戻ってきた屈曲した精神を持った青年》である。
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《戦争を知らない知らない首相》が、《戦争を知らない世代》に戦争を押しつけようとことを、止めさせなければならない。
『飛べ!ダコタ』-公式サイト
『子どものころ戦争があった』-関連の情報のあるサイト