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【 2011年7月23日(土曜)】 山行第2日目(後半)
前回『北岳』に来たのは、山に行き始めて間もない頃、元も職場の同僚らとで、もうかれこれ三十年以上になるか。そのときは、広河原から大樺沢をまっすぐ上がり、『八本歯のコル』からのコースをとった。そのあとは、おきまりのコースである『間の岳」から『農鳥岳』を回り、『大門沢』を下って奈良田に行った。下山早々に食べたソフトクリームのおいしさが今でも思い出される。『下界にはこんなおいしいものがあるのか!』と。それと、温泉の湯に浸かりながら、普段何気なく入っているお風呂が、『なんと贅沢なもの』と感じたものだった。
そんな感慨を思い浮かべながら、北岳周辺の山を眺める。
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【 山行十数年来のおつきあいの "Yさん" とわたし 】
台風一過の天気はもっとすっきりと晴れ渡ると思ったが、台風が日本海のどこかはるか北の方にあって、そこに向かって湿気を含んだ南からの風が吹き込むものだから、すぐに雲が湧いてくる。山頂はかろうじて晴れているが、下界は雲海の下だ。
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【 沸き上がってくる積乱雲と富士山 】
それでも、今朝ほどではないがまだ周囲の山が見渡せる。時間と共に雲がどんどん湧いてきて来るにいたがい、これから行く『間ノ岳』や『農鳥岳』方面は雲に隠れていってしまった。
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【 『北岳』から『間ノ岳』方面への下山路 】
何とか次の小屋の『熊の平』まで雨が降らず、景色が見通せればと念じながら『北岳山荘』の見える『八本歯のコル』に向かって降りていく。
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【 下方に県営『北岳山荘』の赤い屋根が見える 】
『北岳山荘』は赤い屋根で、遠くから見てもよく目立つ。コルまではごつごつした岩の急な下りである。
ここ数年は、夏の終わりから秋になって山に来ることが多くなったので、きれいな高山植物に出会う機会が少なくなっていた。今年は7月下旬という花のシーズンである。普段はあまり花に興味が無いというか、名前を覚えてまである花を追いかけるということはしないが、今回は最盛期でひと際きれいな花に出会うと、やはりカメラを向けたくなる。
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厳しい自然の中で可憐に咲く花は、やはり美しい。
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『八本歯のコルの出会い』を通過。以前は、大樺沢をつめてここに出てきたのだった。その時は、途上で見えた『北岳のバットレス』も今回はお目にかかれずである。
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【 八本歯のコルとの出合い 】
『北岳山荘』に8時50分に到着する。はっきりは覚えていないのだが、以前の印象よりだいぶ綺麗になっている。
トイレがすごい。昔、山の生活で何が辛いかといえば、トイレであった。どこも『ぼっとん便所』で、周りは汚れ、下を見ると間近に便が積み重なり迫ってくる。衛生面はもちろんだが、下からこみ上げてくる、鼻を突くあの臭気がなんとも耐えられなかった。風呂に2~3日は入れなくてもさほど苦痛にはならないが、1日に1回は通わねばならないトイレでの苦痛を避ける手はないものかと思った。
そのうち、便つぼにトイレット・ペーパーを落とさず別に回収して焼却するようになったり、微生物で分解するような装置で多少臭いも解消されるようになる一方、衛生面で改善され、清掃も行き届くようになり、以前よりだいぶ使いやすくはなったが、やはり山のトイレは避けたかった。
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【 近代的なトイレの建物
-階段を上がった通路の両側に10ほどの個室が並ぶ 】
それがどうだろう。ここのトイレは、一棟丸々トイレで、清潔で広々とした空間に仕切られた区画に立派なステンレスのドアを持った部屋で気持ちよく用を足せる。もちろん水洗である。多少のお金を用意する必要はあるが、これなら大歓迎だ。
世界の街の中で、日本のトイレほどすばらしいものは無い-『ウォシュレット』までついてチップのいらない(強制されない)誰でも利用できる衛生的なトイレが街のいたるところにあることなど、他の世界のどの都市にも無い-と実感しているが、山もここまで来たか、という感じだ。
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そんな《感動》に浸かっているとゆったりとした気持ちになってくる。今日の行程の半分もきていないというのに、ビールが飲みたくなり
、生ビールがあるというので注文する。
「朝からビールなんて羨ましいですね。」と山小屋の《住人》にからかわれる。
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【 振り返ってみる『北岳』が大きい 】
鞍部の最低地点から『間ノ岳』まで、また登りである。『北岳』と『間ノ岳』の標高はそうたいしてかわらない(4mほどの違い)から、下りて来た分と同じだけ上らねばならない。振り返って『北岳』の高さを見ては、登った分を確認するが、たいして高度を稼いでないのにがっかりする。
『間ノ岳』、午前11時10分着。
『間ノ岳』はのっぺりした山である。どこが頂上か定かでない広い広場のような頂である。そのせいで、『北岳』ほど高く見えないのかも知れない。
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【 間ノ岳頂上 】
ガスも出てきた。去年の北アルプスでの『野口五郎岳』のことを思い出す。広い瓦礫の山頂で下山路を間違え、2時間ほど迷った挙句、正規のルートにたどり着いたのだった。
周囲の山はガスの向こうに隠れ方向感覚を奪う。慎重に『三峰岳』の方を見定め、歩を進める。
ここから先は、はじめてくるルートである。
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『間ノ岳』から『三峰岳』までは平坦な道がつづく。『三峰岳』の頂上は小さな標識があるだけで、それがなかったら気ずかずに通過してしまうかもしれない。周囲の景色も見えないから余計目立たない。天気が良かったら『間ノ岳』から『農鳥岳』、そして南にはこれから訪れる『塩見岳』を見渡せる絶好のポイントだったかもしれないが、すべて雲の中。
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【 三峰岳頂上 】
頂上標識を見ると「東海パルプ社有林」の文字がある。一昨年行った『さわら島』から『赤石岳』から『荒川岳』『悪沢岳』『千枚岳』と、「東海パルプ」の広大な保有地の中をめぐったが、この辺りがその《北限》というから驚きである。
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【 ガスに覆われた『三国平』 】
『三国平』は天気が良かったら、さぞ気持ちのよさそうな楽園みたいな雰囲気のところである。とき折、ガス間からのぞく景色が、そう思わせる。
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【 熊ノ平小屋』の手前 】
広々としたなだらかな地形の砂地の台地を進むと、ジグザクの下り道になり灌木帯に入っていく。今までの景色とは一変して、木々の多い庭園みたいな中を行く。途中、キャンプ場のようなところで賑やかな声がして、大勢の集団と会う。何か祭りのようなものかと思ったが、旅行者の登山グループが休憩していたようだ。
はじめ、そこが『熊ノ平小屋』かと思ったが、違っていた。
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しばらく行くと、熊ノ平小屋が見えて、15時45分小屋に到着する。こじんまりした静かな小屋だ。
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小屋の前に谷にせり出した広いテラスがあり、何よりも先にビールで乾杯をする。目の前には晴れていたら、『農鳥岳』やその続きの頂が見えるはずだが、今は何も見えない。木の梢だけが静かに佇む。
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【『熊ノ平小屋』到着-まずはビールで乾杯 】
夕食の時間まですることもないので、ウィスキーを飲みながら静かな時間を過ごす。
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【『熊ノ平小屋』の夕食 】
同宿の人は20名足らずか。やはりこのコースを来る人はそう多くないようだ。静かに夕食のおでんを食べ、静かに眠りにつく。
【 つづく 】