【「ルポ 貧困大国アメリカⅡ」 堤未果著 岩波書店 2010年1月刊】
実は、この本は読みかけていたのを、どうしても気になり、イタリア旅行の行き帰りの機内で残りを必死で読んだのもだが、前作に劣らない衝撃的な内容に引きつけられ、時間の経つのも忘れさせてくれた。
前作が公にされたのは、2008年だからブッシュ政権が最後の悪あがきをしている時で、この間に起こった最大のことは、オバマ大統領の誕生である。当然著者の関心事もそこに集中する。
「ブッシュ政権で跳ね上がった軍事費のしわよせは、社会保障費の大幅削減となり、拡大した貧困層の多くは、教育や医療、最低賃金を求めて軍隊に入隊している。
また、予算削減などにより高騰する大学費用と医療費で破産した人々や、家を差し押さえられた人々は、高給派遣社員となってイラクやアフガニスタンの戦場に派遣されていく。「経済派兵制」が戦争を支え、そこで利益を得る事業主達がビジネスの継続のためにあらゆる働きかけを行うループができているのだ。
戦場から帰国したそれらの人々は、社会保障の未整備と失業率の高い社会のなかで受け皿もなく、ホームレスになる者も少なくない。帰還兵の自殺率はすでに戦場の死亡率を超えている。そうした状況のなか、イラクからの撤退計画を明確に打ち出したオバマは、人々に戦争終結のイメージを抱かせた。・・・(後略)」(「本書」P-5『プロローグ』より抜粋)
こうした、オバマに対する期待に対し、大統領誕生から半年あまり経った世間の見方はどうなのか、筆者は追求する。
『耳ざわりのいいスローガンよりも、七億五千万ドルの選挙資金の出所をチェックすれば、就任後の彼の方向性がブッシュ政権の継続になることは火を見るより明らかだ。・・・(後略)』
『・・二大政党以外の候補について、メディアの取り上げ方はお粗末だ。政権交代というドラマにのみ焦点があてられ、それ以外の候補はほとんど公開討論から締め出され、その声は大半の国民には届かなかった。・・・(後略)』
上の2つのコメントを読むと、アメリカの後を追うように成立した「鳩山政権」を巡る動きにもそのまま当てはまるような内容である。
若者を政治に一定引きつけたとという効果はあっても、金の動きや、その後の政策の"ブレ"以上の後戻りは、共通のものと言える。日本でいえば、アメリカ軍基地を巡る問題、派遣労働の抜本的な改正や後期高齢者医療保険制度の見直し・廃止の先送りなど、すぐにでも是正されるかのような勢いはどこかに行ってしまった。
○ ○ ○
だいたい「マニフェスト」というのはまやかしみたいで、私はその語感を含め、好きではない。
たとえば『高速道路の無料化』など望んでもいない政策(『ただ』
に越したことはないが、もっと大切な税金の使い方があるだろう!)を含め、1つの政党があらゆる分野の政策を『こうするのだ!』と掲げてみても、それがその政党を支持した有権者の意向と一致することなどあり得ない。
個々の政策の組み合わせは山ほどあるにもかかわらず、投票において有権者は1つの政党にしか投票できない。数ある選択肢のうち、多くの部分を切り捨て、ある1つの規準で政党を選ばなければならないのである。
一方、政権を得た政党がマニフェスト通り実行すれば、どこかで多くの支持者の意向と食い違うことになる。
八方美人的な「マニフェスト」を規準にするのでなく、以前行われていたように、政党もマスコミも、もっと"争点”というものを明確に打ち出して、論議し争うべきである。
○ ○ ○
話が、脱線してしまった。
本の内容に戻る。目次を掲げると、以下のような内容になっている。
読んでもらえれば、一番わかりやすいのだが、興味を引きつけられそうなところを2~3引用してみよう。
第一章では公教育が取り上げられている。
日本でも、公教育が私教育に押され、その存在感が薄れつつあるが、アメリカはもっと深刻である。
「住宅ローンと学資ローン。今アメリカで多くの人々を苦しめているこの二つは崩れゆくアメリカン・ドリームを表すコインの表と裏だ。」
「・・この国で学位がなければどうなるか、今よりも下層に転落し、チェーンの飲食店や量販店、工場などで時給五ドルの職につくしかない。
そうなったら最後、生涯そこから抜け出せなくなる。だからどんなに借金を重ねても、それがワーキングプアにならないための投資ならば、高くはないと思ってします。」
学資ローンが極当たり前になっている現実は、まだ日本では見られないが、大学を卒業してもまともな就職口にありつけないことは、日本では現実となっている。
「子どもたちにとっての教育が、将来への希望ではなく恐怖や強迫観念に変わる時、彼らの不安はある種の業種にとって、有益なビジネスチャンスになる。」
どんな"有益な"ビジネスチャンスになるかは本書で確認してほしい。
第二章は、崩壊する社会保障と高齢者・若者であるが、事情は日本もだいたい変わらない。
ただ、今話題になっている『GM』を巡る問題は、日本でいうと『日航』の再建問題と絡んで興味が持てる。
第三章は、医療改革と医産複合体で、アメリカの事態は深刻である。
アメリカの医療保険のメチャクチャ振りは、映画「シッコ」で充分紹介されているが、クリントンの奥さんの方があれだけ執念をもって取り組んでいたのを"つぶさ"れ、オバマも当初のもくろみが危ぶまれている背景は、予想以上である。
第四章の「刑務所という名の巨大労働市場」はびっくりである。
「今では国内で二番目の巨大産業となった派遣業界は、「柔軟な働き方、イコール自由なライフスタイル」などのキャッチフレーズを掲げていましたが、実際に恩恵を受けたのはむしろ企業の方でしたね。・・・」その派遣業界も、訴訟で後退していく。そこで株主(企業主)はどうしか。
「・・発展途上国の労働力よりも、非正規社員よりもさらに条件の良い、数百億ドル規模の巨大市場、囚人労働者にスポットが当たったんです。」、と。
「・・二〇世紀末の外注革命で現れた最大のライバルは、第三世界へのアウトソーシングでしたが、囚人たちはそれよりはるかに強敵だからです。」
「時給が最安価なだけでなく、対応は丁寧で、サービスは速い、雇用保険は要らず、低賃金でも文句ひとつ言わないし、ストもなければ組合も作らない。」
「まさに民営化された旧国営事業のうち、いまもっともトレンディな投資先-順調に増加する有罪判決と逮捕率が確実な利益をもたらしてくれます。・・・」
本来、更正と社会復帰を目指す刑務所が労働市場となり、賃金水準を更に押し下げる役割を果たす。
「時給30ドルの組合労働者が、州へのコミッションを合わせても時給2ドルの囚人労働者に勝てるわけがない。」
その囚人たちを絶え間なく供給する仕組みも驚きである。
「1994年に成立したスリーストライク法は、犯罪者が三度目の有罪判決を受けた場合、最後に犯した罪の重さに関係なく自動的に終身刑にするという法律だ。」
「・・不況下で急激に増え続けるホームレスに対策として各自治体が厳罰化を適用、ホームレスを犯罪者として取り締まりはじめた・・」
「フロリダ州では、・・・公園内で25人以上が食べ物を共有することを違法とする『炊き出し禁止令』・・」、が通過したという。これでは日本で行われている『年越し派遣村』は明らかに違法となり、参加者も主催者も罰せられることになる。まさに、むちゃくちゃである。
この本を読んで、「アメリカは馬鹿なことをやっている。」と、よそ事ですましていることはできない。
アメリカの意向をうかがい、あわよくば同じような手口でもうけの算段を練っている輩が、日本にも沢山いる。
市場原理最優先と規制緩和、民間の活力をとあらゆる分野に「民営化」の波が押し寄せている。郵便事業はもとより、図書館も体育館も民営化され、あらゆる公的事業がその対象となり、日本でもアメリカのマネをするなら、刑務所までもが民営化されるのは時間の問題とも思われる。
海の向こうの、他人事とはみず、日本の現実の問題として、読みたい本である。
「貧困大国アメリカⅡ」-岩波書店のサイト
前作『ルポ 貧困大国アメリカ』-のブログ記事にジャンプ
実は、この本は読みかけていたのを、どうしても気になり、イタリア旅行の行き帰りの機内で残りを必死で読んだのもだが、前作に劣らない衝撃的な内容に引きつけられ、時間の経つのも忘れさせてくれた。
前作が公にされたのは、2008年だからブッシュ政権が最後の悪あがきをしている時で、この間に起こった最大のことは、オバマ大統領の誕生である。当然著者の関心事もそこに集中する。
「ブッシュ政権で跳ね上がった軍事費のしわよせは、社会保障費の大幅削減となり、拡大した貧困層の多くは、教育や医療、最低賃金を求めて軍隊に入隊している。
また、予算削減などにより高騰する大学費用と医療費で破産した人々や、家を差し押さえられた人々は、高給派遣社員となってイラクやアフガニスタンの戦場に派遣されていく。「経済派兵制」が戦争を支え、そこで利益を得る事業主達がビジネスの継続のためにあらゆる働きかけを行うループができているのだ。
戦場から帰国したそれらの人々は、社会保障の未整備と失業率の高い社会のなかで受け皿もなく、ホームレスになる者も少なくない。帰還兵の自殺率はすでに戦場の死亡率を超えている。そうした状況のなか、イラクからの撤退計画を明確に打ち出したオバマは、人々に戦争終結のイメージを抱かせた。・・・(後略)」(「本書」P-5『プロローグ』より抜粋)
こうした、オバマに対する期待に対し、大統領誕生から半年あまり経った世間の見方はどうなのか、筆者は追求する。
『耳ざわりのいいスローガンよりも、七億五千万ドルの選挙資金の出所をチェックすれば、就任後の彼の方向性がブッシュ政権の継続になることは火を見るより明らかだ。・・・(後略)』
『・・二大政党以外の候補について、メディアの取り上げ方はお粗末だ。政権交代というドラマにのみ焦点があてられ、それ以外の候補はほとんど公開討論から締め出され、その声は大半の国民には届かなかった。・・・(後略)』
上の2つのコメントを読むと、アメリカの後を追うように成立した「鳩山政権」を巡る動きにもそのまま当てはまるような内容である。
若者を政治に一定引きつけたとという効果はあっても、金の動きや、その後の政策の"ブレ"以上の後戻りは、共通のものと言える。日本でいえば、アメリカ軍基地を巡る問題、派遣労働の抜本的な改正や後期高齢者医療保険制度の見直し・廃止の先送りなど、すぐにでも是正されるかのような勢いはどこかに行ってしまった。
○ ○ ○
だいたい「マニフェスト」というのはまやかしみたいで、私はその語感を含め、好きではない。
たとえば『高速道路の無料化』など望んでもいない政策(『ただ』
に越したことはないが、もっと大切な税金の使い方があるだろう!)を含め、1つの政党があらゆる分野の政策を『こうするのだ!』と掲げてみても、それがその政党を支持した有権者の意向と一致することなどあり得ない。
個々の政策の組み合わせは山ほどあるにもかかわらず、投票において有権者は1つの政党にしか投票できない。数ある選択肢のうち、多くの部分を切り捨て、ある1つの規準で政党を選ばなければならないのである。
一方、政権を得た政党がマニフェスト通り実行すれば、どこかで多くの支持者の意向と食い違うことになる。
八方美人的な「マニフェスト」を規準にするのでなく、以前行われていたように、政党もマスコミも、もっと"争点”というものを明確に打ち出して、論議し争うべきである。
○ ○ ○
話が、脱線してしまった。
本の内容に戻る。目次を掲げると、以下のような内容になっている。
読んでもらえれば、一番わかりやすいのだが、興味を引きつけられそうなところを2~3引用してみよう。
第一章では公教育が取り上げられている。
日本でも、公教育が私教育に押され、その存在感が薄れつつあるが、アメリカはもっと深刻である。
「住宅ローンと学資ローン。今アメリカで多くの人々を苦しめているこの二つは崩れゆくアメリカン・ドリームを表すコインの表と裏だ。」
「・・この国で学位がなければどうなるか、今よりも下層に転落し、チェーンの飲食店や量販店、工場などで時給五ドルの職につくしかない。
そうなったら最後、生涯そこから抜け出せなくなる。だからどんなに借金を重ねても、それがワーキングプアにならないための投資ならば、高くはないと思ってします。」
学資ローンが極当たり前になっている現実は、まだ日本では見られないが、大学を卒業してもまともな就職口にありつけないことは、日本では現実となっている。
「子どもたちにとっての教育が、将来への希望ではなく恐怖や強迫観念に変わる時、彼らの不安はある種の業種にとって、有益なビジネスチャンスになる。」
どんな"有益な"ビジネスチャンスになるかは本書で確認してほしい。
第二章は、崩壊する社会保障と高齢者・若者であるが、事情は日本もだいたい変わらない。
ただ、今話題になっている『GM』を巡る問題は、日本でいうと『日航』の再建問題と絡んで興味が持てる。
第三章は、医療改革と医産複合体で、アメリカの事態は深刻である。
アメリカの医療保険のメチャクチャ振りは、映画「シッコ」で充分紹介されているが、クリントンの奥さんの方があれだけ執念をもって取り組んでいたのを"つぶさ"れ、オバマも当初のもくろみが危ぶまれている背景は、予想以上である。
第四章の「刑務所という名の巨大労働市場」はびっくりである。
「今では国内で二番目の巨大産業となった派遣業界は、「柔軟な働き方、イコール自由なライフスタイル」などのキャッチフレーズを掲げていましたが、実際に恩恵を受けたのはむしろ企業の方でしたね。・・・」その派遣業界も、訴訟で後退していく。そこで株主(企業主)はどうしか。
「・・発展途上国の労働力よりも、非正規社員よりもさらに条件の良い、数百億ドル規模の巨大市場、囚人労働者にスポットが当たったんです。」、と。
「・・二〇世紀末の外注革命で現れた最大のライバルは、第三世界へのアウトソーシングでしたが、囚人たちはそれよりはるかに強敵だからです。」
「時給が最安価なだけでなく、対応は丁寧で、サービスは速い、雇用保険は要らず、低賃金でも文句ひとつ言わないし、ストもなければ組合も作らない。」
「まさに民営化された旧国営事業のうち、いまもっともトレンディな投資先-順調に増加する有罪判決と逮捕率が確実な利益をもたらしてくれます。・・・」
本来、更正と社会復帰を目指す刑務所が労働市場となり、賃金水準を更に押し下げる役割を果たす。
「時給30ドルの組合労働者が、州へのコミッションを合わせても時給2ドルの囚人労働者に勝てるわけがない。」
その囚人たちを絶え間なく供給する仕組みも驚きである。
「1994年に成立したスリーストライク法は、犯罪者が三度目の有罪判決を受けた場合、最後に犯した罪の重さに関係なく自動的に終身刑にするという法律だ。」
「・・不況下で急激に増え続けるホームレスに対策として各自治体が厳罰化を適用、ホームレスを犯罪者として取り締まりはじめた・・」
「フロリダ州では、・・・公園内で25人以上が食べ物を共有することを違法とする『炊き出し禁止令』・・」、が通過したという。これでは日本で行われている『年越し派遣村』は明らかに違法となり、参加者も主催者も罰せられることになる。まさに、むちゃくちゃである。
この本を読んで、「アメリカは馬鹿なことをやっている。」と、よそ事ですましていることはできない。
アメリカの意向をうかがい、あわよくば同じような手口でもうけの算段を練っている輩が、日本にも沢山いる。
市場原理最優先と規制緩和、民間の活力をとあらゆる分野に「民営化」の波が押し寄せている。郵便事業はもとより、図書館も体育館も民営化され、あらゆる公的事業がその対象となり、日本でもアメリカのマネをするなら、刑務所までもが民営化されるのは時間の問題とも思われる。
海の向こうの、他人事とはみず、日本の現実の問題として、読みたい本である。
「貧困大国アメリカⅡ」-岩波書店のサイト
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