【2013年6月】 堤 未果著 岩波新書
フリードマンの経済理論が巾をきかせ、世界を闊歩し始めてから、世界各国で『規制緩和と民営化、小さな政府』の標語とする新自由主義政策を掲げる政府が主導権を握り、それと同時に庶民の間には貧困が押し寄せ、格差が広がり、財政危機を口実に福祉や社会保障は切り捨てられ、大企業だけが肥え太ってきた。
今回は、グローバルに展開した多国籍企業が国家機能をも解体し民営化し、自己の繁栄に取り込んでしまうコーポラティズムの危険な企みを描いた最終章であるが、その前に、これまでの世界を巡る政治・経済情勢の動きについて、本書『あとがき』に、自身のこのシリーズの著作に沿った内容で的確にまとめられているので、そちらからまず引用しておこう。
【 経済がすさまじい勢いで人類史のしくみを動かしている。
『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波書店、2008年)で描いたブッシュ政権の政策は、市場こそが
経済を繁栄させるというフリ-ドマン理論がベースになっていた。政権機能は小さければ小さ
いほどいいとして規制緩和を進め、教育や災害、軍隊や諜報機関など、あらゆる国家機能を
次々に市場化してゆくやり方だ。
だが、「経済徴兵制」*1が支えた二つの戦争で急上昇した戦費と企業減税で、国内の格差が一
気に拡大、さらに世界中を巻き込んだアメリカ発金融危機に、レーガン政権移行の新自由主義
万能説への批判が高まった。不信感は2008年の政権交代につながり、「チェンジ」を掲げ
るオバマ政権下では、経済政策の軸を市場に委ねる「小さな政府」から、政府主導で経済再建
を目指す「大きな政府」へと移っていく。
『ルポ貧困大陸アメリカⅡ』(同上、2010年)のオバマ政権下では、国民を監視する政府権限
が真っ先に強化された。巨額の税金が大企業やウォール街に流れる一歩で、公務員の行動は管
理され、SNAP*2人口は拡大し、無保険舎に民間医療保険加入を義務づける法律が成立した。
・・(中略)・・・・株価や雇用は回復したはずなのに貧困は拡大を続け、医療、教育、年金、
食の安全、社会保障など、かつて国家が提供してきた最低限の基本サービスが、手の届かない
「ぜいたく品」になってしまった・・・(後略)・・・・・』
註*1 『経済徴兵制』・・・アメリカは現在徴兵制をひいていないが、さまざまな経済的困窮などの理由から、やむなく入隊の道を選ばざるを得ない事態がある。『ルポ・貧困大国アメリカ』(第1作)の第4章では「落ちこぼれゼロ法」や「学費返済免除プログラム」などの【罠】によって、若者が軍隊に取り込まれていく仕組みが描かれている。そして、その行き着く先は、「戦争の民営化」だ。
註*2 『SNAP』・・・以前は『フードスタンプ』と呼ばれていたもので、アメリカ政府が低所得者や高齢者、障害者や失業者などに提供する食糧支援プログラム。年々増大するSNAP予算は財政赤字を膨らませる一方、国家と優先的な契約をしているウォルマートなどの企業が大きな恩恵を受けていることが『プロローグ」で触れられている。栄養バランスを欠いた安価なジャンクフードを摂ることに起因する【生活困窮者に肥満が多いこと】については、『ルポ貧困大国』(第1作)に詳しい。
以下に、本書の内容を概括するため、目次を掲げ内容を補足しておくことにする。
第1章では、養鶏場や酪農家、農場が、大企業によってマニュアル化され大規模な設備で集中管理された工場に吸収されていく様子が描かれている。
それは、映画「フード・インク」や「ありあまるごちそう」、「いのちの食べ方」で見た映像を思い出す。
『工場式農場はシステマチックで無駄のない、利益拡大方式だ。』(P-35)
『コンクリートで囲った柵の中に、身体の向きも変えられない状態で詰め込まれる。・・鶏は薄暗いケージや鶏舎にぎゅう爪にされる。』(同)
『家畜工場は大量に使われる抗生物質や糞尿で衛生的にもひどい環境です。』(P-44)
こうした環境で、家畜の1割から2割がストレスで死亡するが、そこで使われる「成長剤」(ホルモン剤)や「抗生物質」が食品ばかりか環境も汚染するという。
もう一つの問題が、『遺伝子組み替え作物』(GM作物)の問題である。現在、アメリカで開発されたGM技術を使った作物は大豆、トウモロコシ綿花などがあるが、年々その割合は増えて、アメリカの大豆は93%がGM大豆という。日本の「とうふ」もうかうか食べていられなくなるかもしれない。
アメリカの「モンサント社」は「ラウンドアップ」という除草剤とそれにだけ耐性を持つ「GM種子」をセットに世界に攻勢をかけている。(詳しくは第3章で)
『農家がこの除草剤を散布すると、GM種子以外の雑草だけが枯れるしくみです。ですが
ヨーロッパではすでにこの除草剤は発ガン性を有し、奇形、喘息発作を誘発するなど安全性
に問題があるとして、禁止されています。(P-49)
さらに、GM作物自体の安全性にも問題があることがフランスの大学研究で明らかになってきた。(映画『世界が食べられなくなる日』)しかし、
『アメリカではGM作物を規制する法律は1本も成立していない。・・・「さらに悪いこと
に、政府の安全審査は、未だに開発企業の自己申告データを、書類チックするだけなのです。」
(アメリカ食品医薬品局の職員の話)』(P-63)
第2章と第3章は『食の戦争』(鈴木宣弘著、文春新書 2013年)と共通する部分が多いので、その本の書評(ブログ)で扱うことにする。
第4章は、地方自治体の公共サービスが解体され、民間に切り売りされていく様を描いている。
デトロイトは、かつてビッグ3をはじめとする自動車産業で栄えた大工業都市であった。ギャングの“活躍”でも有名であったが、今は見る影もない。
デトロイトのタイガース球場の入り口で、デトロイト市警官の手によって、以下のようなチラシが配られたという。
『「注意! デトロイトには自己責任でお入りください」
・デトロイトは全米一暴力的な町です
・デトロイトは全米一殺人事件の多い町です
・デトロイト市警は人手不足です
・人手不足のため12時間シフトで働かせ・・・・警官は疲労困憊しています
・デトロイト市警の賃金は全米最低ですが、市はさらに一割カットをしようとしています
』
2000年からの10年間で住民の4分の1が逃げてしまい、財政破綻による「歳出削減」で学校や消防署、警察などのサービスがつぎつぎ凍結されたという。
ミシガン州だけでなく、オレゴン州でも、財政難に陥ったため、自治体が刑務所を閉鎖、すでに大量解雇された町中に刑期を終えていない囚人があふれ出し、恐怖のあまり州外に逃げる住民が急増した、という話もある。
そして、全米の9割の自治体が5年以内に破綻するという。
学校教育と財政破綻の関係でこんな指摘もある。
『・・「ブッシュが導入した「落ちこぼれゼロ法」によって各州や自治体、学校同士は教育予算を
めぐってテストの点数を競うことになりました。」・・・
教育に市場原理を持ち込んだ「落ちこぼれゼロ法」では、生徒たちの点数が上がらなければ国か
らの予算が出ないだけでなく、その責任が学校側と昭志たちにかかる。貧困家庭の生徒を多く抱え
るデトロイトの公立学校では平均点が上がらず、教師たちが次々に解雇され、学校は廃校になった。』(P-137)
なにか、大阪府と大阪市がやりたそうなことではないか。
そして、第5章では、企業が「政治とマスコミ」すなわち国家権力も何もかも買収してしまおうという話である。以下、《面白い》エピソードを2,3カ所ピックアップしておく。
『刑務所産業は、市場拡大を望む企業側と、コスト削減をしたい自治体議員の利害がぴったりと
一致する業界だ。・・(中略)・・刑の重さに関係なく3回目で自動的に終身刑になる「スリースト
ライク法」や、刑期の85%を終えるまで仮釈放させない「真の刑期法」や、学校側があらかじめ規
律と懲戒規定を明示して、それに違反した生徒を例外なく処分する「ゼロ・トタンス法」、などはど
れもALEC会員の多い州で成立し、刑務所人口と企業利益拡大に大きく貢献した法律だ。』(P-224)
ここのある『ALEC』という組織とは、1975年に保守派の議員たちで設立され、小さな政府と自由市場主義を政策の柱とする評議会で、民間企業や基金などと一緒になって、州議会に提出される前段階の法案草稿を検討する組織だ。(P-209)
また、別の団体が作成した法案にこんなものもある。
『・・ABCが取り組んでいるのは、仮釈放システムの民営化だ。アメリカでは飲酒運転などで
捕まると即留置所に入れられる。留置所を出るのに必要な何千ドルという保釈金は一般人には用意でき
ないため、それを立て替えて利子で稼ぐのが保釈金ビジネスだ。・・中略・・ABCが進めているのは、
これを完全民営化することで、効率よく利益を出せるようにするモデル法案だ。
連峰や州が厳罰化を進め、公共事業の工事にただ同然の刑務所労働者を使うことで、ますます多くの
工場が閉鎖され、組合労働者の失業が加速する。州にとっても企業にとってもすばらしいプランだった。』(P-224)
企業が政治を好き放題にできる、こんな記事もある。
『保守派主導の最高裁が五対四で出した「企業による選挙広告費の制限は
言論の自由に反する」という違憲判決で、企業献金の上限が事実上撤廃されたのだ。
この判決は、企業も有権者と同等に政治に意向を伝える権利があるという意味で「市民連合
判決」と呼ばれている。』
こうなるとむちゃくちゃだ。しかし、日本の例にもあるように、企業がその怠慢で何百人の犠牲者を出す事故を起こしても、罰せられることはない。
また、こうして世界中の富裕層がアメリカの政策に介入できるようになって、その例として、アメリカ石油協会(API)の行動が上げられている。
世論を操作するには、マスメディアを使った広告攻勢があるが、日本でも見られる《世代対立》を煽る手口はこんなものだ。
『ソーシャルメディアを使い、若者向けに軽快な音楽を流しながら「・・ぼけ老人たちがこの国の
金を食いつぶしている。早くしないと金庫が空っぽになってしまう。さあ動くんだ・・・・」と
アメリカの経済破綻をあおり、世代間格差を強調して若者の被害者意識を高齢者に向ける。ただ
でさえ生活が苦しい若者たちの怒りの矛先は、・・・『1%』とそれを後押しする株式至上主義
政策からそれていく。(後略)』(P-252)
2012年11月、ヒラリー・クリントン国務長官は次のように述べたと書かれている。
『・・・アメリカにとっての外交とは、単なる投資や通商条約という狭い範囲の話ではなく、もっと
別のものだと。
「世界市場が参入しようとしている企業が・・・貿易摩擦という嫌がらせを受けています。・・・
企業が不公正な差別に直面した場合はいつでも、自由、透明、公正で開かれた経済ルールを確立する
ために、アメリカ合衆国は勇気を持って立ち上がるでしょう。私はボーイング社や、シェブロン社や
ゼネラルモータース社、その他の企業のために闘うことを、心から誇りに思います。」』(P-254)
TPPを念頭に置いていることは間違いない。ヒラリー・クリントンは次期大統領候補として持ち上げられていることも最近のニュースが伝えている。
そして、わが日本の現首相も負けじと、2013年2月の所信表明演説で、「日本を」
『世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します』と述べている。(P-273『あとがき』)
TPPに参加表明をする以前から、最重要品目の5項目でさえ「関税撤廃の例外」に加える気持ちなど、最初からまったく無いのだ。
『エピローグ』では、『グローバル企業から主権を取り戻す』ために自分たちはどうしたらいいが示されている。
『「『99%』の代表を政界に送らなければなりません」・・・「企業献金を一切受け取らない候補者を応援するものです」』
と言って、独自の候補を支援する「オリーブの木連合」の活動が紹介されたり、「オキュパイ運動」のことが紹介されたりしている。
最後に、もう一度、本書『あとがき』と『プロローグ』から引用しておこう。
『・・(多国籍企業は)「かつてのように武力で直接略奪するのではなく、彼らは富が自動的に
流れ込んでくるしくみを合法的に手に入れるのです」
そう、国境はないのだ。メキシコやカナダ、イラクや南米、アフリカや韓国の例を見ると分
かるように、アメリカ発のこの略奪型ビジネスモデルは、世界各地で非常に効率よく結果を出
している。どこの国でも大半の国民は、重要な鍵である「法律」の動きに無関心だからだ。T
PPやACTA、FTAなどの自由貿易をアメリカ国内で率先して推進する多国籍企業群は、
こうした国際法に国内法改正と同じくらい情熱を持って取り組んでいる。
「1%」にとって、国家は市場の1つにすぎず、国単位で対抗できないという事実に気づ
かなければ、ナショナリズムやイデオロギー、宗教やささいな意見の違いなどに煽られて
「99%」は簡単に分断されてしまう。』
(中略)
『いったい本当に価値あるもの、守るべきものとは何だろう。国とは何か。「1%」に奪われ
ようとしている、主権、人権、自由、民主主義、三権分立、決して数字で測れない価値につい
て。市場のなかで使い捨てにされる「モノ」ではなく、たった一人のかけがえのない個人とし
てこれらの原点を問われたとき、私たちは自らの意思で、どんな未来を描くのか。
食、教育、医療、暮らし。この世に生まれ、働き、人とつながり、誰かを愛し、家族をいつ
くしみ、自然と共生し、文化や伝統、いのちに感謝し、次の世代にバトンを渡す。そんなごく
当たり前の、人間らしい生き方をすると決めた「99%」の意思は、欲でつながる「1%」と
同じように、国境を越えてつながってゆく。
意思を持つ「個のグローバリゼーション」は、私たちの主権を取り戻すための、強力な力に
なるだろう。』(本書「あとがき」より)
『・・・「TPP交渉1つとっても、日本を含む各国政府が交渉を進めている相手が、かつての
ような、国家としてのアメリカだと思わない方がいい。・・もっとずっと大きな力をもった、顔
の見えない集団なのです。」(米通称交渉委員会スタッフの弁)
・・・マスコミの描くイメージの裏で、ここ数十年着々と進行し、この国の権力構造を変質さ
せている巨大な流れがある。それは今まさに国境を越え、(中略)世界を飲み込もうとしている。
新たなステージへと進んだ貧困大陸アメリカが、後を追う日本の近未来を鏡
のように映し出し帰路に立つ私たちに今、新たな選択を投げかけている。』(本書『プロローグ』より)
これは、私たちが今、アメリカも含め『 国 対 国 』をいう枠組みを越え、国境を越えた『1%対99%』という”キーワード"で対決することが必要になってきていることを示している。
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『(株)貧困大国アメリカ』-岩波書店のサイトへ
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フリードマンの経済理論が巾をきかせ、世界を闊歩し始めてから、世界各国で『規制緩和と民営化、小さな政府』の標語とする新自由主義政策を掲げる政府が主導権を握り、それと同時に庶民の間には貧困が押し寄せ、格差が広がり、財政危機を口実に福祉や社会保障は切り捨てられ、大企業だけが肥え太ってきた。
今回は、グローバルに展開した多国籍企業が国家機能をも解体し民営化し、自己の繁栄に取り込んでしまうコーポラティズムの危険な企みを描いた最終章であるが、その前に、これまでの世界を巡る政治・経済情勢の動きについて、本書『あとがき』に、自身のこのシリーズの著作に沿った内容で的確にまとめられているので、そちらからまず引用しておこう。
【 経済がすさまじい勢いで人類史のしくみを動かしている。
『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波書店、2008年)で描いたブッシュ政権の政策は、市場こそが
経済を繁栄させるというフリ-ドマン理論がベースになっていた。政権機能は小さければ小さ
いほどいいとして規制緩和を進め、教育や災害、軍隊や諜報機関など、あらゆる国家機能を
次々に市場化してゆくやり方だ。
だが、「経済徴兵制」*1が支えた二つの戦争で急上昇した戦費と企業減税で、国内の格差が一
気に拡大、さらに世界中を巻き込んだアメリカ発金融危機に、レーガン政権移行の新自由主義
万能説への批判が高まった。不信感は2008年の政権交代につながり、「チェンジ」を掲げ
るオバマ政権下では、経済政策の軸を市場に委ねる「小さな政府」から、政府主導で経済再建
を目指す「大きな政府」へと移っていく。
『ルポ貧困大陸アメリカⅡ』(同上、2010年)のオバマ政権下では、国民を監視する政府権限
が真っ先に強化された。巨額の税金が大企業やウォール街に流れる一歩で、公務員の行動は管
理され、SNAP*2人口は拡大し、無保険舎に民間医療保険加入を義務づける法律が成立した。
・・(中略)・・・・株価や雇用は回復したはずなのに貧困は拡大を続け、医療、教育、年金、
食の安全、社会保障など、かつて国家が提供してきた最低限の基本サービスが、手の届かない
「ぜいたく品」になってしまった・・・(後略)・・・・・』
註*1 『経済徴兵制』・・・アメリカは現在徴兵制をひいていないが、さまざまな経済的困窮などの理由から、やむなく入隊の道を選ばざるを得ない事態がある。『ルポ・貧困大国アメリカ』(第1作)の第4章では「落ちこぼれゼロ法」や「学費返済免除プログラム」などの【罠】によって、若者が軍隊に取り込まれていく仕組みが描かれている。そして、その行き着く先は、「戦争の民営化」だ。
註*2 『SNAP』・・・以前は『フードスタンプ』と呼ばれていたもので、アメリカ政府が低所得者や高齢者、障害者や失業者などに提供する食糧支援プログラム。年々増大するSNAP予算は財政赤字を膨らませる一方、国家と優先的な契約をしているウォルマートなどの企業が大きな恩恵を受けていることが『プロローグ」で触れられている。栄養バランスを欠いた安価なジャンクフードを摂ることに起因する【生活困窮者に肥満が多いこと】については、『ルポ貧困大国』(第1作)に詳しい。
以下に、本書の内容を概括するため、目次を掲げ内容を補足しておくことにする。
第1章では、養鶏場や酪農家、農場が、大企業によってマニュアル化され大規模な設備で集中管理された工場に吸収されていく様子が描かれている。
それは、映画「フード・インク」や「ありあまるごちそう」、「いのちの食べ方」で見た映像を思い出す。
『工場式農場はシステマチックで無駄のない、利益拡大方式だ。』(P-35)
『コンクリートで囲った柵の中に、身体の向きも変えられない状態で詰め込まれる。・・鶏は薄暗いケージや鶏舎にぎゅう爪にされる。』(同)
『家畜工場は大量に使われる抗生物質や糞尿で衛生的にもひどい環境です。』(P-44)
こうした環境で、家畜の1割から2割がストレスで死亡するが、そこで使われる「成長剤」(ホルモン剤)や「抗生物質」が食品ばかりか環境も汚染するという。
もう一つの問題が、『遺伝子組み替え作物』(GM作物)の問題である。現在、アメリカで開発されたGM技術を使った作物は大豆、トウモロコシ綿花などがあるが、年々その割合は増えて、アメリカの大豆は93%がGM大豆という。日本の「とうふ」もうかうか食べていられなくなるかもしれない。
アメリカの「モンサント社」は「ラウンドアップ」という除草剤とそれにだけ耐性を持つ「GM種子」をセットに世界に攻勢をかけている。(詳しくは第3章で)
『農家がこの除草剤を散布すると、GM種子以外の雑草だけが枯れるしくみです。ですが
ヨーロッパではすでにこの除草剤は発ガン性を有し、奇形、喘息発作を誘発するなど安全性
に問題があるとして、禁止されています。(P-49)
さらに、GM作物自体の安全性にも問題があることがフランスの大学研究で明らかになってきた。(映画『世界が食べられなくなる日』)しかし、
『アメリカではGM作物を規制する法律は1本も成立していない。・・・「さらに悪いこと
に、政府の安全審査は、未だに開発企業の自己申告データを、書類チックするだけなのです。」
(アメリカ食品医薬品局の職員の話)』(P-63)
第2章と第3章は『食の戦争』(鈴木宣弘著、文春新書 2013年)と共通する部分が多いので、その本の書評(ブログ)で扱うことにする。
第4章は、地方自治体の公共サービスが解体され、民間に切り売りされていく様を描いている。
デトロイトは、かつてビッグ3をはじめとする自動車産業で栄えた大工業都市であった。ギャングの“活躍”でも有名であったが、今は見る影もない。
デトロイトのタイガース球場の入り口で、デトロイト市警官の手によって、以下のようなチラシが配られたという。
『「注意! デトロイトには自己責任でお入りください」
・デトロイトは全米一暴力的な町です
・デトロイトは全米一殺人事件の多い町です
・デトロイト市警は人手不足です
・人手不足のため12時間シフトで働かせ・・・・警官は疲労困憊しています
・デトロイト市警の賃金は全米最低ですが、市はさらに一割カットをしようとしています
』
2000年からの10年間で住民の4分の1が逃げてしまい、財政破綻による「歳出削減」で学校や消防署、警察などのサービスがつぎつぎ凍結されたという。
ミシガン州だけでなく、オレゴン州でも、財政難に陥ったため、自治体が刑務所を閉鎖、すでに大量解雇された町中に刑期を終えていない囚人があふれ出し、恐怖のあまり州外に逃げる住民が急増した、という話もある。
そして、全米の9割の自治体が5年以内に破綻するという。
学校教育と財政破綻の関係でこんな指摘もある。
『・・「ブッシュが導入した「落ちこぼれゼロ法」によって各州や自治体、学校同士は教育予算を
めぐってテストの点数を競うことになりました。」・・・
教育に市場原理を持ち込んだ「落ちこぼれゼロ法」では、生徒たちの点数が上がらなければ国か
らの予算が出ないだけでなく、その責任が学校側と昭志たちにかかる。貧困家庭の生徒を多く抱え
るデトロイトの公立学校では平均点が上がらず、教師たちが次々に解雇され、学校は廃校になった。』(P-137)
なにか、大阪府と大阪市がやりたそうなことではないか。
そして、第5章では、企業が「政治とマスコミ」すなわち国家権力も何もかも買収してしまおうという話である。以下、《面白い》エピソードを2,3カ所ピックアップしておく。
『刑務所産業は、市場拡大を望む企業側と、コスト削減をしたい自治体議員の利害がぴったりと
一致する業界だ。・・(中略)・・刑の重さに関係なく3回目で自動的に終身刑になる「スリースト
ライク法」や、刑期の85%を終えるまで仮釈放させない「真の刑期法」や、学校側があらかじめ規
律と懲戒規定を明示して、それに違反した生徒を例外なく処分する「ゼロ・トタンス法」、などはど
れもALEC会員の多い州で成立し、刑務所人口と企業利益拡大に大きく貢献した法律だ。』(P-224)
ここのある『ALEC』という組織とは、1975年に保守派の議員たちで設立され、小さな政府と自由市場主義を政策の柱とする評議会で、民間企業や基金などと一緒になって、州議会に提出される前段階の法案草稿を検討する組織だ。(P-209)
また、別の団体が作成した法案にこんなものもある。
『・・ABCが取り組んでいるのは、仮釈放システムの民営化だ。アメリカでは飲酒運転などで
捕まると即留置所に入れられる。留置所を出るのに必要な何千ドルという保釈金は一般人には用意でき
ないため、それを立て替えて利子で稼ぐのが保釈金ビジネスだ。・・中略・・ABCが進めているのは、
これを完全民営化することで、効率よく利益を出せるようにするモデル法案だ。
連峰や州が厳罰化を進め、公共事業の工事にただ同然の刑務所労働者を使うことで、ますます多くの
工場が閉鎖され、組合労働者の失業が加速する。州にとっても企業にとってもすばらしいプランだった。』(P-224)
企業が政治を好き放題にできる、こんな記事もある。
『保守派主導の最高裁が五対四で出した「企業による選挙広告費の制限は
言論の自由に反する」という違憲判決で、企業献金の上限が事実上撤廃されたのだ。
この判決は、企業も有権者と同等に政治に意向を伝える権利があるという意味で「市民連合
判決」と呼ばれている。』
こうなるとむちゃくちゃだ。しかし、日本の例にもあるように、企業がその怠慢で何百人の犠牲者を出す事故を起こしても、罰せられることはない。
また、こうして世界中の富裕層がアメリカの政策に介入できるようになって、その例として、アメリカ石油協会(API)の行動が上げられている。
世論を操作するには、マスメディアを使った広告攻勢があるが、日本でも見られる《世代対立》を煽る手口はこんなものだ。
『ソーシャルメディアを使い、若者向けに軽快な音楽を流しながら「・・ぼけ老人たちがこの国の
金を食いつぶしている。早くしないと金庫が空っぽになってしまう。さあ動くんだ・・・・」と
アメリカの経済破綻をあおり、世代間格差を強調して若者の被害者意識を高齢者に向ける。ただ
でさえ生活が苦しい若者たちの怒りの矛先は、・・・『1%』とそれを後押しする株式至上主義
政策からそれていく。(後略)』(P-252)
2012年11月、ヒラリー・クリントン国務長官は次のように述べたと書かれている。
『・・・アメリカにとっての外交とは、単なる投資や通商条約という狭い範囲の話ではなく、もっと
別のものだと。
「世界市場が参入しようとしている企業が・・・貿易摩擦という嫌がらせを受けています。・・・
企業が不公正な差別に直面した場合はいつでも、自由、透明、公正で開かれた経済ルールを確立する
ために、アメリカ合衆国は勇気を持って立ち上がるでしょう。私はボーイング社や、シェブロン社や
ゼネラルモータース社、その他の企業のために闘うことを、心から誇りに思います。」』(P-254)
TPPを念頭に置いていることは間違いない。ヒラリー・クリントンは次期大統領候補として持ち上げられていることも最近のニュースが伝えている。
そして、わが日本の現首相も負けじと、2013年2月の所信表明演説で、「日本を」
『世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します』と述べている。(P-273『あとがき』)
TPPに参加表明をする以前から、最重要品目の5項目でさえ「関税撤廃の例外」に加える気持ちなど、最初からまったく無いのだ。
『エピローグ』では、『グローバル企業から主権を取り戻す』ために自分たちはどうしたらいいが示されている。
『「『99%』の代表を政界に送らなければなりません」・・・「企業献金を一切受け取らない候補者を応援するものです」』
と言って、独自の候補を支援する「オリーブの木連合」の活動が紹介されたり、「オキュパイ運動」のことが紹介されたりしている。
最後に、もう一度、本書『あとがき』と『プロローグ』から引用しておこう。
『・・(多国籍企業は)「かつてのように武力で直接略奪するのではなく、彼らは富が自動的に
流れ込んでくるしくみを合法的に手に入れるのです」
そう、国境はないのだ。メキシコやカナダ、イラクや南米、アフリカや韓国の例を見ると分
かるように、アメリカ発のこの略奪型ビジネスモデルは、世界各地で非常に効率よく結果を出
している。どこの国でも大半の国民は、重要な鍵である「法律」の動きに無関心だからだ。T
PPやACTA、FTAなどの自由貿易をアメリカ国内で率先して推進する多国籍企業群は、
こうした国際法に国内法改正と同じくらい情熱を持って取り組んでいる。
「1%」にとって、国家は市場の1つにすぎず、国単位で対抗できないという事実に気づ
かなければ、ナショナリズムやイデオロギー、宗教やささいな意見の違いなどに煽られて
「99%」は簡単に分断されてしまう。』
(中略)
『いったい本当に価値あるもの、守るべきものとは何だろう。国とは何か。「1%」に奪われ
ようとしている、主権、人権、自由、民主主義、三権分立、決して数字で測れない価値につい
て。市場のなかで使い捨てにされる「モノ」ではなく、たった一人のかけがえのない個人とし
てこれらの原点を問われたとき、私たちは自らの意思で、どんな未来を描くのか。
食、教育、医療、暮らし。この世に生まれ、働き、人とつながり、誰かを愛し、家族をいつ
くしみ、自然と共生し、文化や伝統、いのちに感謝し、次の世代にバトンを渡す。そんなごく
当たり前の、人間らしい生き方をすると決めた「99%」の意思は、欲でつながる「1%」と
同じように、国境を越えてつながってゆく。
意思を持つ「個のグローバリゼーション」は、私たちの主権を取り戻すための、強力な力に
なるだろう。』(本書「あとがき」より)
『・・・「TPP交渉1つとっても、日本を含む各国政府が交渉を進めている相手が、かつての
ような、国家としてのアメリカだと思わない方がいい。・・もっとずっと大きな力をもった、顔
の見えない集団なのです。」(米通称交渉委員会スタッフの弁)
・・・マスコミの描くイメージの裏で、ここ数十年着々と進行し、この国の権力構造を変質さ
せている巨大な流れがある。それは今まさに国境を越え、(中略)世界を飲み込もうとしている。
新たなステージへと進んだ貧困大陸アメリカが、後を追う日本の近未来を鏡
のように映し出し帰路に立つ私たちに今、新たな選択を投げかけている。』(本書『プロローグ』より)
これは、私たちが今、アメリカも含め『 国 対 国 』をいう枠組みを越え、国境を越えた『1%対99%』という”キーワード"で対決することが必要になってきていることを示している。
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