【 2016年4月25日 】 京都シネマ
「アイヒマン裁判」を扱った映で今回の映画の他に、最近では「ハンナ・アーレント」があった。この裁判自体は、ナチス高官でホロコーストに大きくかかわったアイヒマンをアルゼンチンで拘束してイスラエルに連行し、イスラエルで開かれたものであった。アメリカに亡命したユダヤ人哲学者であったハンナ・アハーレントはその裁判を傍聴し、そのレポートをアメリカの出版社に送ったのだが、その過程と内容を映したのが前者の映画で、今回のものは、【裁判そのものを全世界に同時中継する】という前代未聞の試みの、企画から実行までの過程を描いたものである。
一方、『顔のないヒトラーたち』は、ドイツ国内で、【自らの国の過去の過ちを切り開いた裁判】の過程を描いたのもで、【誰が裁いたか】ということ、そこに決定的な違いがある。
イスラエルでの裁判の被告はアイヒマンだけであるが、アイヒマン個人の刑を確定するだけだったら、こんな大掛かりな装置と時間は必要なかったかもしれない。しかし、イスラエル政府にとっても、生き延びたユダヤ人にとっても大切なのは、【アイヒマンだけを処罰すること】ではなく【ナチスの行った非人間的な残虐行為=ホロコーストの実態】を全世界に知らしめることだった。
そういうことだったら、イスラエルから全世界に放映することは、政府のバックアップがあり、お墨付きを得ている以上はそんなに困難なことではないような気がするが、実際はそうでもなかったようだ。
裁判所の判事の許可がいることと、イスラエルにもナチの残党が潜んでいたのである。
プロデューサーに脅迫が届く一方、技術的な困難も克服しなければならない。それと、裁判中の長期間にわたって視聴者を引き付ける工夫もいる。アイヒマンの心の動きの瞬間を捉えようとする監督と、裁判の全体像を映し出そうとするプロデューサーの見解の相違が表面化する。
1961年当時、裁判が始まった直後に「ガガーリンの地球1周宇宙旅行」が成功したニュースがあったし、翌年には「キューバ危機」のニュースも飛び込んできくる。当時新しい技術として脚光を浴びて迎えられたテレビ中継も、退屈な中継録画の連続では飽きが来ることが見えていた。
所詮、マスメディアは採算を度外視できない。そのピンチを救った予想外の出来事は、【アウシュビッツ生存者】の生々しい証言の数々だった。それまで話をすること自体避けていた人々が、裁判を機に、実際強制収容所で起きた出来事を語り始めたのだ。
こうしてこの裁判は、単に個人を裁くにとどまらず、【ホロコーストの実態】を世界に知らしめる1つの契機になった。
前述の『顔のないヒトラーたち』で描かれた裁判が1963年に始ったのも偶然ではないことがわかる。
【 テレビに映し出されたアイヒマンの実際の映像 】
ハンナ・アーレントが【悪の凡庸さ】でかたずけようとしたこと=【誰でもアイヒマンになりうる可能性】に対し、この映画の中で一人のユダヤ人が「自分は絶対にアイヒマンではない(アイヒマンにはならない)。」言い切るセリフが印象的だ。
【「アイヒマン単独ショー」の主役 】
イスラエルは、この裁判を通じて【ナチスの犯罪性・非人間性の告発とイスラエルの正当性】を世界に訴えようとしたのだと思うが、その後イスラエルがパレスティナ人に対して行っている数々の残虐行為を正当化できるものではない。
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