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「変えてみよう!記憶とのつきあいかた」-人間の存在の根本問題に迫る

2011-06-12 18:14:37 | お薦めの本


                      『変えてみよう!記憶とのつきあいかた』 【 高橋雅延著 岩波書店 2011年4月刊 】 
 

 タイトルから連想するような、いわゆる「ハウ・ツー」本ではない。

 記憶というと、「物忘れが激しくなった。」とか「街で偶然会った人の名前が思い出せない。」とか、日常生活でも問題に上ることが多くなったが、もっと人間の存在の根本問題にもかかわっていることを改めて喚起させてくれた本である。


     ○      ○      ○


 第一章は「自分も、人生も、記憶がつくりあげる」と銘打って、この本の核心部分で、自分が一番惹きつけられところであり、最後まで一気に読ませてしまった衝撃の章である。

 導入文でも書いたが、この本の筆者は記憶研究を30年間続けてきた学者であって、その当人がくも膜下出血で倒れ、その後5日間の記憶を完全に失った体験をもっている。


 本文から、少し引用してみよう。

 「記憶がないということは、本人にとっては生きていないのと同じことなのだ。記憶の存在こそが人生を支える土台だということを、私は記憶のない五日間という希有な体験から、身をもって学んだのだった。」と筆者は記す。(本書p-4)

 さらに、「昔も今も、同じ『私』」の項から引用すると、

 「・・(前略)10年前の自分も今の自分も同じ自分と確信できる。・・(中略)・・『記憶があることはどれもみな、自分の身に起こったことだ』という、記憶の連続性があるからなのだ。」

 「いわゆる多重人格と呼ばれる心の病は、このような記憶の連続性がなくなってしまう記憶の病気だ。・・(中略)・・多重人格の人の場合は、それぞれの行動の記憶が連続していないので、自己同一性がバラバラになってしまうのだ。・・(中略)・・。」(同p-5)


 で、筆者は感慨を込めて、

 「私たちが日々刻々と変化しているにもかかわらず、自己の同一性を感じることができるのは、そこに記憶の連続性があるからだという考えにいたったのである。」
 と、言う。


 よくわかる。『人格』を決定するキーワードが、『記憶の連続性』にある、という指摘は目からうろこである。『人格』を論議するとき、『認識』がどうかとか、『環境の反映』かそれとも『遺伝的要素』がどうとか、そちらのほうに関心が行ってしまっていたが、1人の系統的な人格の重要なポイントは『記憶』だといわれると、すっきりする。
 同時に、「多重人格」という訳のわからない現象(病状?)が、記憶の連続性がないという指摘ですっきり理解できる。通常の人間が誰しも持っている、多面的人格とは全然違うのだ。



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 年を重ねるごとに、よく思うことは、「たった1回しかない人生を無駄にしたくない。」ということである。それで、どう処理するかは別として、これは誰しも感じる事だと思う。

 また、「もう1度生まれ変われたら、どんなに良いだろう。」と思ったりもする。


 仏教などの宗教では、人は輪廻・転生を繰り返し、前世があり後世もあると教えられる。
 しかし、前世と現世、現世と後世ををつなぐ記憶がなかったら、結局、「今この世界にあり、ここで世界を認識し、ここで考え、悩みまた喜び悲しんでいる、今の自分しかいない。」と悟るしかない。

 今考えている脳が、過去の「自分」を記憶していなかったら、教訓もないし反省も自戒もない。また、来世の自分が、今の自分を記憶していなかったら、「再びこの世に生を受けた」という感激もない。あくまでも、今の自分だけである。この今の自分が、死後、この世界を感じることはない。1回限りの人生である。



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 そもそも、記憶を失うということにには記憶喪失と記憶「力」喪失の2つがあり、前者は現在から過去への記憶を失うこと-すなわち「思い出」の喪失である。
 記憶喪失の例として、ここでは映画「心の旅路」を例に挙げている。
 それと、坪倉祐介さんという、バイク事故で記憶を喪失した人の例を挙げている。
 記憶喪失は当人の過去を覚えている人がいて、記憶を補完することによって一定の過去を取り戻すことができる。

 しかし、坪倉さんは言う。
 「今まで何をしようとしていたのを知らなければ、前に進むことができない。それを知らなければ生きている意味がない。」(本書、P-28)


 それに対し後者は今から先に向けての話で、新しい体験やら知恵を蓄積できないことを意味する。

 昔、「メメント」という映画があった。自宅に押し入った暴漢によりレイプされた上、妻を殺されたショックから、記憶を10分間しか保持できない(記憶力喪失=前向性健忘)になってしまう。復讐のため犯人を追うのだが記憶が蓄積されないので、重要な事柄は全身いたる所に刺青で記録したり、メモを書いてはそこいら中に付箋を貼り付け、ポラロイド写真を撮っては部屋に貼り付け、行動していく。


 記憶力を喪失した人は、行動を律することができないばかりか、記憶力を喪失した以後の自分の記憶が残らないのだから、この本で紹介されているモライゾンさんのように、「いつまでも手術を受けた時点のモライゾンさんとして、いわば過去に閉じこめられた状態のままなのである。(本書、P-12)


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 将来の人生、ましてや来世を知ることはできないし確認する方法はないが、過去の人生を複数回、経験することはできる。他人の人生を、「自分の前世の姿だ」と認識することはできない(自分自身の体験であるという記憶の連続性はない)が、他人の生き様を自分のものと仮定して追体験することはできる。

 私は、よく映画を観る。
 
 世界にはいろいろな人生がある。戦争もあれば貧困も飢餓もある。たった1回の人生が、たまたまこの日本という国で生を受け、世界を見ている。自分の両親が何かの機会でめぐり合わなかったら、「今の自分は居なかったのだろう」と思う一方、戦乱にあけくれる世の中でもなく、飢餓に苦しむアフリカでもない、今の日本で良かった、とも思う。自分の人生ではないが、映画はいろいろな世界を追体験させてくれる。その場に身を置いて、いろいろな事を考えることができる。
 今の自分が前世の生まれ変わりだとしても、記憶の連続性がない限り、自分のものとしての体験の実感がない限り、その教訓を生かすことはできない。

 しかし、映画や本を読むことにより、他人の人生から、自分自身の体験の代わりに、他人に成り代わり気持ちを感じたり、貴重な経験を受け継ぐことはできる。


 日本とドイツは第二次世界大戦の同じ敗戦国でありながら、戦争責任等の戦後処理に対する姿勢が根本的に違うとよく言われる。私もそう思う。その違いを象徴的に表したものに「ワイツゼッカー大統領の演説」がある。この本でも引用しているので、長いが再度ここでも引用しておこう。

 「このことに関連して私(筆者)が思い起こすのは、戦後40年目に行われた当時の西ドイツのヴァイツゼッカー大統領の演説だ。ヴァイツゼッカー大統領はこの演説の中で、第二時世界大戦のナチスドイツによるユダヤ人虐殺について深く謝罪すると同時に、「過去は神でも変えられぬ」という台詞で、過去を変えることができないことを強調した。しかし、だからといって過去を封印しようというのでなく、彼は「過去に盲目になる者は現在に目を閉じることになる」と続け、過去を知り、それを現在に生かすことの大切さを訴えかけたのだ。」 (本書、P-28)

    
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 以下の章は、自分にとっては第一章で受けた衝撃に比べれば、それぞれおもしろい話ではあるが、おまけのエピソードのようなものである。

 ただ、もう1つだけ引用したい箇所がある。筆者が「くも膜下出血」で倒れる2年前、アキレス腱断裂で2ヶ月間、松葉杖の生活を送ったことが「障害を持つ人の気持ちを少しは実感できた」よい経験だったと綴った上で、「くも膜下出血」は命や人生を考えるきっかけを与えた宝物のような体験だったと述懐して、以下の引用をしている。

 (フランシス・マグナブという臨床心理学者のことばの引用で、筆者は「何度も繰り返し味わってほしい」と言っている。)

「記憶をつくり変えたり、それを遠ざけたりするのは無理なことである。・・・・(略)・・・・しかし、--つねにーー私たちは、自分の苦悩、自分自身の内的経験、自分自身の精神の経過を処理しているわけである。それは過去という客観体ではなく、現在と呼ばれる主観的経験である。変える必要があるのは誰か他の人間ではない。最も大きく影響されているのは、私たち自身である。記憶をぬぐい去ることはできないが、記憶の有りようを変えることは可能であることを、私たちは知っている。」(本書、Pー96)


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 経験したいことは山ほどある。見てもいない世界の実情を、あってはならない悲惨な出来事の体験を。でも、つらい経験だけでなく、こころときめく喜びを感じることも。


 


 

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