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息子が、食べているおにぎりを半分食べて「ベシッ!」と、床に投げ捨てました。
そんな時、親ならばどうするか?
おそらく大半の親ならば、しかると思います。(たぶん)
食べ物をそんな風にしちゃいけないと教えると思います。
さて、私もそうしようと思いました。
で、「どんな風に言って怒ろうかな。」なとど考えました。
「え~と、母ちゃんが作ったものだから、とか言おうかな、それとも…」
とかなんとか頭の中で、文句を考えていたら(トロイ!)
おもむろに息子が座って、自分が捨てたおにぎりを再び食べだしました。
その時、
あ、息子は「投げ捨てた」んじゃなくて、「置いたんだ」と勝手に思いました。
「人間界での正しい」置き方がわからなくて、
「赤ちゃん界」での置き方になってしまったんだな。
だから「投げ捨てた」んだな。
そう、勝手に「母」は解釈しました。
人間界での正しい置き方も、いつかは教えなくてはいけないのですが、
「もう少し様子を見よう」と、何故か思いました。
(おそらく怒るのが面倒になったのでしょう。)
連れ合いも同意してくれました。
そしたら、いつの間にか投げ捨てることをやめていました。
教えなくても、学んでくれていました。
赤ちゃんは、結構大人を見ていますね。
大人が「食べ物を投げ捨てない」なら、いつかは自分もそうしてくれる、
ということなのでしょうか。
そういえば、「ゴミ箱の中のゴミを全部だして遊ぶ」ことも、
「本棚の本を全部だして散らかす」というようなかなり困ることも、
いつの間にかやめていました。
こうして「子ども界の人」になっていくんだな。
この子の可能性を信じてあげられる、
その瞬間に一歩「親」になっているのかもしれない。
偶然が重なっただけですが、なんか「何かを」教わったような気がします。
※写真は本文と直接関係ありません(笑)我が家の猫とのショットです。
不在がちな猫たちが一度に同じ場所にいることは少ないので、撮りました。
そんな時、親ならばどうするか?
おそらく大半の親ならば、しかると思います。(たぶん)
食べ物をそんな風にしちゃいけないと教えると思います。
さて、私もそうしようと思いました。
で、「どんな風に言って怒ろうかな。」なとど考えました。
「え~と、母ちゃんが作ったものだから、とか言おうかな、それとも…」
とかなんとか頭の中で、文句を考えていたら(トロイ!)
おもむろに息子が座って、自分が捨てたおにぎりを再び食べだしました。
その時、
あ、息子は「投げ捨てた」んじゃなくて、「置いたんだ」と勝手に思いました。
「人間界での正しい」置き方がわからなくて、
「赤ちゃん界」での置き方になってしまったんだな。
だから「投げ捨てた」んだな。
そう、勝手に「母」は解釈しました。
人間界での正しい置き方も、いつかは教えなくてはいけないのですが、
「もう少し様子を見よう」と、何故か思いました。
(おそらく怒るのが面倒になったのでしょう。)
連れ合いも同意してくれました。
そしたら、いつの間にか投げ捨てることをやめていました。
教えなくても、学んでくれていました。
赤ちゃんは、結構大人を見ていますね。
大人が「食べ物を投げ捨てない」なら、いつかは自分もそうしてくれる、
ということなのでしょうか。
そういえば、「ゴミ箱の中のゴミを全部だして遊ぶ」ことも、
「本棚の本を全部だして散らかす」というようなかなり困ることも、
いつの間にかやめていました。
こうして「子ども界の人」になっていくんだな。
この子の可能性を信じてあげられる、
その瞬間に一歩「親」になっているのかもしれない。
偶然が重なっただけですが、なんか「何かを」教わったような気がします。
※写真は本文と直接関係ありません(笑)我が家の猫とのショットです。
不在がちな猫たちが一度に同じ場所にいることは少ないので、撮りました。
確かに言われてみれば、お皿にべしっ!と置くのと床に置くのと似ていますねぇ。
ゴミ箱に、ゴミを捨てた後に、おもちゃを捨てたらダメとか、
ぞうきんで床を拭いた後に、Tシャツで拭かれたら困るとか、
飲み終わったコップを流しにポイッと入れるのは褒められるけど、漬け物が入った容器をポイッとするのは困るなぁ、とか
大人には当たり前でも、どうやってそれを判断したらいいのか、おちびさん相手に考えてみると、これはなかなか難しいというか不可能です。
大人の世界は、ほんと複雑なルールの上になりたっているんだなぁ、と思います。
それを学んで行くんだから赤ちゃんはすごいですよね。
と、落ち着いている時は思うけど、とっさには叱ってしまうこともある。
そうですねぇ。今度 べしっ!と床に食べ物を落としてたら、様子を見て見ましょう。
前の職場で、ちょうど2歳になる前の子だけが、
決まってやっていたのですよね。。
すさまじい~~「ポイ」の嵐を…。
オロオロしながらも、それでも「物を大切にしない」という
次元の行為ではないような反復運動の世界には、
人としてこの世で二本足で力強く立ってゆくための
必要な何かを経ている最中なのか?と感じさせられました。
そこにあるのは自然から調達してきた「資源」で作られたモノだから、
私たちは「大切にしなさい!」って怒りたくなってしまうけれど…
投げる、ポイする、内側から外側へ力強く表現する・・という行為には、
何か別の本能からの流れが秘められているようですよね。
おにぎりの置き方、興味深いですね~。
人間界独特のやり方を、教え伝えていくというタイミングも、
なかなか難しそうですね‥!
コメントにもあったとおり、ゴミ箱にぽいなら褒めるけど、床にぽいだと叱るじゃ、困惑してしまうのは当然だよね。私もそう思ったよ。
だから「学ばせる」「見せる」っていうのは効果的なんだと思うな。反抗期になる前までは本当に素直だから自然と学んでくれるかもね。
Tシャツで床をふいても、雑巾で私の顔をふいても褒めています(笑)
山羊を突然殴るのはさすがにやめさせるけどね。私がおいたをした時に叩くのを見ているんだと思うわ~。
「ご飯を全部食べない」っていう行為は「資源を大切にしない」ではなく、むしろ逆ではないか、と思えます。
というのは、山羊も草を食べる時は、つまみ食いするようにあっちこっちを食べるのですが、これは砂漠化しないように、食い尽かさないように、という本能ではないかな、と思ったりします。
あるいは、自分だけでなく、他の生物のためとかね。
同じ機能が赤ちゃんにもそなわっているんではないかな、なんて思いました。本能的に。
なんて、かっこいいこと言いましたが、
やっぱり毎日大変な毎日です。