小さな庭

デジタルな仕事について20数年、だからという訳でもありませんが、アナログな世界に惹かれます。

第16回中山道ウォーク(中津川宿~大井宿)第1日目(10月29日 晴)

2021-11-06 | 街道歩き

街道歩きも昔の旅人のように目的地まで一気に歩き通すことはしなくて済むのは現在の交通網のおかげで、ほとんどの街道歩きの人たちはピストン通いをしていると思います。なので、私たちも暑い夏と寒い冬は避け、いい季節になるべく歩きたいということで、今回も1か月を置かずに中山道を繋いでいくことにしました。また今回は「十三峠」という山道も歩く、ちょっとハードなウォーキングとなりました。

10月29日 前回同様、新横浜より7:29発の新幹線で名古屋経由、JR中央線で中津川駅に9:48着でした。やはり新幹線で名古屋経由で行くようになってぐっと時間も短縮して楽になりました。
10:00スタート 今回も秋晴れに恵まれ空気も清々しいです。

10:13 栗きんとんで有名な老舗「すや」が落ち着いた街中にあります
中山道を歩いた友人から、このお店の栗きんとんをぜひ買って
道中食べるといいと薦められていたので、さっそく買い求めました。

10:19問屋大正の蔵
 土蔵造りと明治以降のコンクリート工法が混在した珍しい建築で
この辺りが宿の経済の中心地であったと案内板に書かれていました

町の中心部を用水が流れ、水量も豊かでせせらぎの音を聞きながら宿場を通ります


10:35 銘酒「恵那山」の蔵元

桝角の角に立派なうだつの上がる蔵元「はざま酒造」がありました

10:50 高札が3枚復元された高札場跡

中津川を越え、中津川宿の外れに出ます。今日は恵那山もくっきりと見えます

11:10 上宿一里塚跡(江戸日本橋より八十五里目)


11:50 六地蔵石憧(せきどう)

珍しい六角形の六面にお地蔵さまが六体刻まれています
水害除けと旅人の道中安全を祈ってきたのだそうです

12:10 恵那山と笠置山

左手後方に恵那山がくっきりと、進行方向には笠置山
(農作業をしていた土地の方が、両方が見えるのは珍しいとか)

13:15 三ツ家の一里塚跡(江戸日本橋より八十六里目)

この先の急坂の道端に石仏石塔群が整然と並んでいました

13:40 三面六臂馬頭観音(胴体が一つに頭が三つ)

14:00 岡瀬沢の常夜灯
 遠州方面から物資輸送の「うしみち」と呼ばれていたそうです

14:15 甚平坂公園

 急坂を登ると昔の茶屋跡があり、現在は甚平坂公園として整備されていました
ここから見る雪をかぶる御嶽山は、秋の澄んだ空気にくっきりとみえていました

馬塚と犬塚

源頼朝の命で根津甚平は、馬と犬を共に「化け鳥」退治に出て追い詰めたが
馬と犬は力尽きてしまい、ここに葬ったという碑がありました
まもなく、江戸日本橋より87番目の関戸の一里塚跡を通ります

14:55 高札場跡が復元されていました

JRの狭い!低い!トンネルを潜ります。
上に電車が通過中だったらどんなにこわいことか

15:00 林本陣跡
この先から大井宿の第一の枡形にはいり宿場の入り口となり、本陣跡が見えてきます

表門周辺を残し火災で焼失してしまいましたが、りっぱなものでした

枡形(宿場には6か所の枡形がある)を右に左に、進みながら大井宿の脇本陣、庄屋、旅籠屋などの街並みが続きます。明治天皇が行幸の際に、1泊だけ宿泊されたという旧家がそのまま残され、ボランティアの方に屋敷のなかの説明をしてもらいました。
16:00 恵那市の駅近くに、この日のホテルを予約していたので少し時間があったので「中山道広重美術館」を見学し、歌川広重とその歌川派の木曽街道(中山道)の浮世絵を楽しみました。(歩行距離:28,943歩)

木曽街道浮世絵 中津川宿と大井宿(ウィキペディアより)


                    第2日目 大井宿~大湫宿に続く

コメント (3)
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