現在は下関市の副都心かつては山陽道の宿場町として栄えた小月の地にある小月駅です。所在地は山口県下関市小月駅前一丁目。西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅です。
駅の裏手には里芋畑が広がっています。下関都市圏の東端として、小月駅折返しとなる列車も設定されています。駅前は小さな植栽帯を囲むロータリーがあり十分すぎるスペースがあります。
1975年3月10日に新下関駅に新幹線が開業してからは、駅前商店街の利用者が徐々に低迷した。特に現在は、郊外型大型店舗などの影響でアルク以外の店舗ではゴーストタウン化が進行中。ちなみに小月航空基地(海上自衛隊)は、小月地区ではなく隣の王喜地区(松屋本町)にあります。
小月の地名は、山の尾(裾野)の最後にあったために「尾付」と称したのが「小月」と転じた説、高尾山まで船が着いたことから「高尾着」と呼ばれていたのが省略されて「尾付」→「小月」となった説などがある。
古くから山陽道の宿場町として栄え、明治期に入って国道が整備されると、山口県中部・北部の菊川・豊田・萩へつながる道の分岐点として位置づくことになった。もとは旧豊浦郡に属する村(小月村)であったが、町制施行ののち1939年(昭和14年)に下関市へ編入しました。
旧下関市域のうち、JR小月駅を最寄り駅とする地域全体(小月に、清末、王喜、吉田を加えた地域。)を指す言葉として「小月」という語が使用されることがありますが、必ずしも正確ではないようです。
単式・島式の複合型2面3線のホームと平屋のコンクリート駅舎を持つ、中線構造の地上駅。駅舎は単式の1番のりば側にあり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡しています。
構内は大きくカーブしており上り本線は1番のりば、下り本線は3番のりば。中線(2番のりば)は後述の区間運転列車の折り返しに使われる。駅舎の中央にそば屋があり、その奥に売店と待合室があります。
下関地域鉄道部が管轄し、関連会社のジェイアール西日本広島メンテックが駅の管理・窓口(改札)業務を受託する業務委託駅。かつては、電照幕式の発車案内があった。バリアフリー工事に伴い、新たにLED式の発車案内が改札口の真上と各ホームに1箇所ずつ設置された。
下関市近郊の住宅地に位置し、朝夕の通勤・通学時には当駅から下関駅までの区間運転が設定されている。
小月駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 ■山陽本線 上り 新山口・防府方面
2・3 ■山陽本線 下り 下関方面 2番のりばは当駅始発のみ
1901年(明治34年)5月27日 - 山陽鉄道 厚狭駅 - 馬関駅(現在の馬関駅)間延伸と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始。
1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国鉄の駅となる。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。
1918年(大正7年)10月7日 - 長門鉄道線が開業。
1942年(昭和17年)11月1日 - 長門鉄道が山陽電気軌道に統合され、同社の鉄道線となる。
1949年(昭和24年)4月1日 - 長門鉄道が山陽電気軌道より再分離。
1956年(昭和31年)5月1日 - 長門鉄道線が廃止。
1973年(昭和48年)4月11日 - 貨物の取扱を廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。
2010年(平成22年)3月30日 - バリアフリー整備が完了。
電報略号 オツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 2,021人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1901年(明治34年)5月27日
備考 業務委託駅
みどりの窓口 有
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます