今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

業平忌

2005-05-28 | 人物
今日(5月28日)は、「業平忌」
880(元慶4)年の今日(5月28日)は、平安時代初期の歌人・「在原業平の忌日」。<56歳.>。晩年を過ごしたとされる大原野の十輪寺では業平忌が営まれる。
この在原業平( ありわらのなりひら)は、平城天皇の第一皇子阿保親王の第五子で、母は桓武天皇の第八皇女伊都内親王である。このような、やんごとなき皇統の血筋であったが、薬子の変(810)によって平城天皇が剃髪出家し、阿保親王も太宰権帥に左遷されたため、親王の子供たちは、すべて在原の姓を賜って臣籍に下った。兄に仲平・行平・守平などがいる。紀有常女(惟喬親王の従妹)を妻とする。しかし、廟堂においては圧倒的な勢力を握る藤原氏の風下にあることを余儀なくされ、業平もまた従四位上蔵人頭で終わることになる。
六歌仙 三十六歌仙の一人で、容姿端麗で情熱的な和歌の名手であり、『古今和歌集』仮名序では「その心あまりてことばたらず」と評されたように、情熱あふれる秀歌が多い。古くから『伊勢物語』の主人公とされている。伊勢物語は和歌を中心とした短編の物語が全部で125段あり、これらは別名、歌物語と呼ばれている。この物語は、さまざまな恋愛談が中心になっており、ここにでてくる「男」の大部分のモデルは 在原業平と言われているが、なかでも、二条の后 高子(藤原高子)との駆け落ち、(三段~六段)や伊勢斎宮(斎宮恬子内親王)との密通(六十九段) 事件が名高い。
前者の藤原高子(たかいこ)との駆け落ち「事件」の後に、藤原高子は清和天皇のもとへ入内し、陽成天皇を産むこととなる。
百人一首 (在原業平の歌)に、
「ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」の有名な歌がある。ある日、業平は清和天皇の女御の藤原高子に招かれ屋敷を訪ねた。高子は天皇にお仕えする前に、業平と愛し合っていた。そこで高子に「屏風にわたしたちの恋を歌にして書いてください。」と言われて作ったのがこの歌だという。
後者の伊勢斎宮恬子(やすこ)内親王との情交では、 業平は「狩の使」として伊勢の国に下る。狩の使とは宮中の宴会用の野鳥を捕らえさせるために諸国に派遣する勅使のことである。業平は斎宮の宮に宿泊する。
伊勢の神に仕える清浄にして至高の巫女とされたのが斎宮(いつきのみや)である。斎宮は天皇即位の初めに未婚の皇女の中から朴定(ぼくじょう)され、選ばれた1年目は宮城内で、次の1年は宮城外の人里離れた清浄な場所で、厳しい潔斎を続けた後、3年目になって、伊勢に赴いた。彼は斎宮に強引にも恋を打ち明けて、お逢いしたいと云う。斎宮は人々が寝静まるのを待って夜更けに、業平の寝所にやって来て、一夜を共にする。そして、翌朝、斎宮は業平に歌を贈る。
「君や来し我れや行きけん思ほえず 夢かうつつか 寝てか覚めてか」
業平と藤原長良の娘で、将来は天皇の后ともなるべき高子への恋又、この何人も侵すべからざる神聖な伊勢斎宮との恋など、伊勢物語の前段の恋は業平の単なる恋物語と言うだけでなく、政治的反逆の物語として読むこともできるのだともいう。
兵庫県の芦屋は大阪と神戸の中間に位置し、南に大阪湾、北に六甲を控えた、風光明媚な場所で昔から東の鎌倉とならび称された文化的な町である。
伊勢物語八十七段 に、「むかし、おとこ、津の国、むばらの郡(こおり)芦屋の里にしるよしして、いきて住みけり、むかしの歌に 芦の屋のなだの塩焼いとまなみ 黄楊の小櫛もささずに来にけり とよみけるぞ、この里をよみける。ここをなむ芦屋の灘とはいひける」とある。男は、在原業平で、この芦屋の里に別荘を所有し、この芦屋で浜の美しい娘を愛していたようだ。その名残から、別荘跡のあたりを業平町、芦屋川にかかる橋を業平橋と読んでいる。又、JR芦屋駅の北東約1キロメートルの翠ケ丘町の西端に大きな木がうっそうとしている森があり、この中に、業平の父であり、平城天皇の皇子・阿保親王の塚といい伝えられている古墳もあり、この古墳は、現在宮内庁によって管理されているという。
業平はこの地に宮廷の人々を招待し、歌合わせなどを行ったり、神戸布引の滝で楽しんだりもしたようである。
神戸の異人館街から東へ歩き、新神戸駅の裏山を10分たらず登れば布引の滝がある。在原業平が、布引に滝見物に来た際、このようなな歌を残している。
「ぬきみだる人こそあるらし白たまのまなくもちるかそでの狭きに」
業平の兄行平も光孝天皇の怒りに触れて須磨に流され、3年間を過ごした。神戸地方は、業平、行平と縁の深い土地柄である。
(画像は、百人一首かるた、在原業平の歌)
参考:
伊勢物語を語る
http://homepage2.nifty.com/toka3aki/ise/isemono.html
伊勢物語を語る~「在原業平」とは何か(前編)
http://homepage2.nifty.com/toka3aki/ise/ise_01.html
伊勢物語を語る~「在原業平」とは何か(後編)
http://homepage2.nifty.com/toka3aki/ise/ise_03.html
伊勢物語/音声古典ライブラリ
http://route16.dyndns.org/vjcla/ise/index.html
千人万首―よよのうたびと―
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin.html
在原業平 ありわらのなりひら 天長二~元慶四(825-880) 通称:在五中将
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/narihira.html
芦屋の歴史・伝説 (1頁目)
http://www.ceres.dti.ne.jp/~mat/ashiya-information/rekishi-densetu/1.htm