日々是好日

懐かしき過去、期待の未来を希んで!

恵比寿講が過ぎて、今日は秋の土用の入り

2011年10月21日 | Weblog
 土用という言葉は、夏だけの問題であったように思っていた。四月17日も春の土用の入りであった。この夏は土用入りから二日目の20日が丑の日であった。そう言えば1月の17日も土用の入りと辞書には書いてあった。一体土用とはどんな謂れのある日なのであろうか! 恵比寿講が過ぎて、冬に向かう朝晩の気温、だんだんと低くなって来て、今夜からは冷たい雨が降ってくるという予報である。
 今朝の気温も低く公園では何時ものワン子達が集まって、思い思いの散歩を楽しんでいる。マロンは、何時ものやんちゃな暴れん坊であり、モモは、ただ散歩だけのゆったり屋さんであり、ヤブは、目も足下も覚束ない前脚に後ろ足が着いて行くだけの、ふらふら散歩であったりして、本当の散歩ではない。独りメイだけが、ボール投げを5回もこなしていた。頼もしい限りである。
 準備を整えて9時5分前に、メイと家内から見送られて玄関を出た。10時10分前に着校できた。午後から授業なので、それから、ずーっと講義の準備に是努めた事は言う迄も無い。講義を事無く終えて、秘書さんが淹れてくれたお茶を飲んで、喉を潤し一息ついたところだ。恵比寿講を過ぎた今日の夕頃には、空の気配は、ぽつぽつ雨が降りそうに暗くなったので、早めに学校を退出した。やがて、雨脚は徐々に迫ってきた。

もう恵比寿講の季節,学会から表彰状

2011年10月20日 | Weblog
 この日は恵比寿講の日である。その昔商家では、神棚に小皿に水をたたえ、子鮒を放ち、家中で夕食料理を楽しんだものである。尤も田舎では、一月遅れの11月20であったが! そんな風習も今では廃れてしまって、誰も知らない時代になってしまった。残念ながら日本文化の衰微であろうか。
 道理で、このところ朝起きたときの肌寒さは、身に感じる。今朝から毛糸のセーターを纏った。朝食前の一少時間の振る舞いには、これがピッタリである。季節が来たれば、季節の衣類を身に着ける。これこそが自然で、人間の活き様であり、自然を大事に活きる知恵であろうか。
 昨夜も Af も無く熟睡できた。夜間頻尿で目覚めるため、市販のユリナールを購入して、丸一日内服したところである。それかあ有らぬか、尿意一回で塾眠だった ! これで健康が維持でき、元気で一日が送ることが出来れば、こんな嬉しい事は無い。さぁー今日も元気で行こうぜ ! 行けるぞ!と思う。
 メイとの散歩は、このところ行事で家内任せであったが、きょうは僕の主導で行けると思う。矢張りメイは、二人と一緒の朝の散歩こそが大好きなのである。
 昨日は、図らずも日本自律訓練学会から、今回同学会の特別表賞状をいただいた。もとも同学会の名誉会員であった私が、会長や役員を長らく務めて事に依るものであろうと、恐縮しつつ有り難く拝受したところである。

靖国神社昇殿参拝、少しく肌寒し!

2011年10月19日 | Weblog
 早めに神社総集殿に着社できた。既に20余名が登録を済ませ、椅子に座り待機していた。待つ事1時間近く、漸くにして大勢が集まって来て、あちこちの参会者の関係深い戦死した個人の英霊、戦争の秘話などが、会話として仄聞された。やがて案内者に導かれて、参集殿から拝殿へと上り、回って拝殿に順序よく整列し着座した。最前列で左から第3番目の良い席であった。今朝は折からの低気圧通過で気温が低く、肌寒く拝殿で待つ事40分、漸くにして正午前10時から靖国神社秋の例大祭の式典が開始された。
 君が代の斉唱2回から開式され、祝詞奏上時の前後には、国学院大学吹奏楽部による厳かな「國の鎮め」の荘重な音楽が流れ、居並ぶ人々夫々に、故人を偲びつつ頭を垂れ、厳かな気分と追悼の気持ちが、拝殿とテントの中の参拝者の早朝な雰囲気を醸し出し、ひときわ永続していた。思えば戦時中の当時、国を守り憂国の至情で、勇躍出生、母国の為に一身を捧げ、犠牲になった方々を偲び考察する時、終始滂沱として自然に涙が頬を流れてしまった。個人への思慕の感情と哀悼の想いとが、次第に強くなって行った。多くの方々もそのようであったと思われる。厳かで静謐な佇まいの神域、故人の御霊の心意気が、その心情が神官の挨拶にも良く表されていて、肌寒さとぴったりの感傷と勇気を参会者の胸中に、強く抱かせたに違いない。立派な秋の例大祭の神事であった。改めて国難に身を投げ打った英霊の方々に、心からの感謝を捧げたい。

靖国神社秋季例大祭に明日参拝予定

2011年10月18日 | Weblog
 毎年春秋の靖国神社にお参りをして来た。今日が初日の秋祭りである。今回から参拝日が指定されているので、私の出席日は、例大祭明日二日目の日の決定である。明日は学校への出勤日でもあるので、早朝靖国神社に到着後の余裕時間の際に,学校に電話で連絡し、参拝終了後に登学しようかとも考えている。折角、何年も長く続けてきた靖国参拝だけに、今年も引き続き出席して昇殿参拝し、欠席しては護国の英霊の皆様に申し訳無いと思う。明日は早く家を出発しようかと、心掛けている。
 曇り空の今日は。洗濯は駄目かと思ったが、屋上に一応干して買い物に出掛けた。夜間頻尿がこのところ見られるので、サプリメントながら一度は試してみる必要も有るのかなと、考えた次第である。午前中お昼近くには太陽も顔を出してはラマが広がってきた。買い物の序でにお昼のパンを購入して帰宅したのは、丁度0時10分過ぎであった。美味しく家内と昼食を共にした事は言うまでもない。期待したパンが買えて良かったと喜んで貰ったと言う訳である。
 メイとの散歩は予定通り実施できた。気を引く余計なわん子達が、居なかった事も幸いしたかもしれない。元気でゴール投げも出来たので、幸いだった。

7時50分着校、朝礼で謝辞

2011年10月17日 | Weblog
 新任教員の紹介などもあり少し早めに着校した。教員は既に3人が着席しており、凄いなと感じた。お茶を頂きパソコンに向かい今日の予定を整理したところである。晴れ男の異名も頂いておるので、昨日も午後近く快晴となり夏日かなと思える様な秋空となった。受験生もさぞかしよい気持ちで受験し、終わって帰宅した事であろう。
 学校の植え込みに学生が植えた朝顔が今も花を立派に開いて、今朝を迎えてくれた。急いでカメラを向けて1枚撮ったところである。何か有り難く嬉しい気持ちである、昨夜はAf も無くぐっすり熟睡でき、今朝は元気一杯健康感で溢れ、幸いである。秋天快晴で全てが快適と言って良い程の気候と気分である。何だか生きる喜びが沸々としてきた。今朝早く学科長から新任教員の紹介を受け、朝礼に臨んだ次第である。朝礼では昨日の入試に就いて、教職員全員が協力一致で首尾よく有終の美を飾り、受験生の気持ちを汲んで立派に終了できた事を、先ず感謝し礼を言った次第である。そして新任の専任教員の着任を皆に紹介した。当該の本人、自己紹介で緊張しつつも嬉しそうであった。
 今日は娘の最愛のノエルの、10歳の誕生日であった。スタンプーは矢張り大きな犬だけに、一様に寿命というものがあるのだな!と感じたものの、あれだけ皆に馴れ親しんだワンちゃんだっただけに、憶いは多く思いは尽きない。昨日は特製のお誕生日プレゼントが特別に用意されて、家中での楽しいお祝いの集いが、行われる筈であった。それが心残りな追悼となってしまい、返す返すも残念だ! でも、何時迄も慕われて続け、幸せな生涯だったと言う気持ちを、皆がきっと持ち続けてくれるであろう。そんな気持ちで哀悼した今日である。

本年最初の入試

2011年10月16日 | Weblog
 午前8時着校、既に教職員全員集合して、夫々の部署に就き、職責を分担している。有り難く立派なものである。受験生も制服で受付に続々参集して来ている。登録の後、夫々の控えの教室で姿勢を正して端正に時間待ちしている。玄関入れ口で、職員が受け付けてから、全教員が受験生に和やかに応対し、定まった控えの教室に誘導していく。他に事務員3名が、8時頃から初台駅と幡ヶ谷駅改札口に立って、プラカードを示し案内役を果たしてきた。これが受験生に執って中々便利で好評の様である。校内では、教職員皆がきびきびと親切に応対している。こんな雰囲気の中で、受験生各位はきっと安堵し落ち着いて受験に取り組めるものと思われる。リラックスして、よい調子で全力集中ができることでであろう。なんとも嬉しく本校の思いやりを有り難く感じて、普段の実力が発揮できようというものである。以上が現在までの本校の受験風景である。9時40分には一人二人の試験を終えた人が、校門を後にしている。天候も晴れて来て最高の受験日和となった今日である。
 折から二本目の向日葵が花開いている。

一日中曇り、夜間降雨強し

2011年10月15日 | Weblog
 早朝から曇りがちで洗濯はNHK予報で三角、駄目だとの知らせだ。でも入浴後の下着類を、夜中に洗濯してしまってあるので、雲の晴れ間を縫って思い切って屋上に干してみた。風も有って、午後3時には取り込む事も出来て成功だ!夜来の雨でも朝の散歩はどうにか済んで、メイとゆっくり過ごした午前であった。午睡の後、夜分娘からSkypeの連絡が有った。ノエちゃんの死去後の、時間の経過で一週間後、すっかり気分も落ち着いて,今は早追憶を楽しめるまでになったと言う。喪主の気分の落ち着きを待っていただけに、それはとても嬉しかった。家内と共に長時間を話に費やした。本当に良かったと思う。良く懐いて可愛いかっただけに,吾々にとっても追憶は尽きなかった次第である。
 写真は恰て繁盛していた義兄亡き後の工務店であったが、息子が跡を継ぎ一昨年破産してしまった。今は人手に渡ってしまっているが、面影だけを撮っておいた次第である。夏草や強者どもの夢の跡!か? 無念だが経済異変の影響でやむを得ない事かもしれない。

3回目の講義、鉄道記念日

2011年10月14日 | Weblog
 学生はとっても可愛いい! 講義は良く聴いてくれるし、終わった後で階段を下りるとき、先生は今いくつですかと?尋ねられた。本当の事を直ぐさま言ったら、そんな年に見えません、とても若いですね! と言われてしまった。嬉しいやら驚いたやらで、廊下での楽しい会話が弾み、瞬時の時間が楽しく過ぎた。
 悲ししい事に、先般一ヶ月前、学生が育てたひまわり、2本が茎を2箇所も、へし折られて、花も捨てられて居た。嬉しい事に今日は、それよりず-と小さくて細いひまわり2本、今日珍しく健気に小さな花を開いていた。蕾みも夫々一個ずつ着けている。学生もきっと喜んでいるに違いないと思う。兎に角、喜ばしい嬉しい事である。
 今朝、登学時のバス停後ろの民家、庭先に珍しい花を発見した。早速バスが来るまでの間に、携電のカメラに収めてみた。後で百花辞典で名前を調べてみよう。
 今日はまた、鉄道記念日らしい。大和田建樹作詞の明治5年、日本の鉄道の開業に合わせて作ったものである。“汽笛一声新橋を”!から始まる歌詞と、歌曲がとても懐かしい。娘に教わった「懐かしい童謡集」を開いて、音楽だけを、じっと聴いて見たところである。

学内のイノベーションを!

2011年10月13日 | Weblog
 早いもので勤務して4年が過ぎ、5年目に突入した。昨日は学内の改善を目指して、結果的にイノベーションーを責任者に提示する事となった。即ち同僚と共に、意見具申をした記念すべき日である。人間も組織も、稍もすると綱紀が緩み、怠け者が出て来る。会計に携わる者こそが、本来自らを戒めねばなるまい! だが世上、多くの経理責任者が陥る罠は、金銭に絡む不祥事に他ならないとは、世の中の譬えである。一人の不心得者が衆(組織)に及ぼす影響は、計り知れないからである。心すべき事にこそ!と思う。その上、兼行法師も箴言を発して居たでは無いか。嗚呼已んぬるかなである! 事実をもって提示し閲覧の機会を設け、私情を挟まず、勇気を持って上告するに、何の遠慮も有らんかな!である。終って教職員会議でその便概を披瀝した。痛快事この上無しである。放課後のこの会議、一時間ばかりの議事延長によって、普段よりは若干遅く帰宅できた。果たして、今日のこれら事実の披瀝の結果は、吉と出るかどうかと、考え及び占えるものであろうか。帰宅して夕食後の深更には、同士の理事に感謝とお礼のメールを呈上したところだ。これで一息、鳧がついたと言うことである。
 夜分、昨日愛犬が死去し、傷心の最中の娘に、便りを送致する事を避けて、静かに一夜を過ごした。何れ向こうから、何らかの便りが来るであろうことを、期待しつつ、家内と共に犬との往時を想起し、語り合ったところである。
 今日の午后は、病院他科への受診である。大したことが無いと思うが、年齢故に生活に留意せねばなるまい。昨夜は熟睡できて夜間一回もトイレに立たなかった。そのため今朝から元気一杯である。幸せそのもので、嬉しいことである。検査の結果良い方に向かっているとの由。一応安心だ! 息子に心から感謝したい。

元気だったノエちゃん、冥福を祈るのみ

2011年10月12日 | Weblog
 昨日遂に娘の最愛のノエちゃんが、病魔の為に黄泉の国へ旅立ちました。さぞかし、淋しくつらいことであったと思います。心からの冥福を祈っております。私たち夫婦にも、よく愛嬌を示し、立ち上がって両手で両肩まで抱えて、甘えてくれました。東京にも、また伊豆の別荘にも何回も遊びにきてくれましたね。思えば、この5月と8月の伊豆旅行が最後になってしまいました。残念無念至極です。娘のHPに最高で最良な、ノエちゃんの在りし日の姿が、とても逞しく元気良く写っておりました。立派な英姿でしたね。早速、私のパソコンのデスクに飾り、このブログの中へ、ご覧の通り取り込みました。 
 娘とは、直ぐさま話をする勇気はありませんが、徐々に後々追悼のことどもを、ユックリと話し合いたいと、家内とも話し合っております。今日の日付けは、まだ10月11日ですが、これを記録し、12日の日付のブログの記事にして、共に哀悼の気持ちを、抱き続けたいと思います。ノエちゃん、どうぞゆっくりお休み下さいね! 東京の家中皆が、淋しく悲しく懐かしく思っておりますよ。
 何れ近じか、娘の家の家事がある程度整理し終えたた頃を見計らい、また、のエちゃんに対する気持ちの関わりや整理なども、落ち着いた時頃を見通して、電話やメール、スカイプなどで、心ゆくまで会話を繋いで、慰めたいと思います。時の経過が、全てを癒してくれるものと願っております。懐かしい想い出は尽きませんが!