yukarikoの好きなもの
旅の写真や思い出
PCでの雑感を並べました。
 




※「織姫様」または一番下の「短冊飾り」をクリックして「flash七夕」をご覧下さい。


左は機物神社の「七夕祭復活30周年記念」の
キャラクター「織姫様」です。

正式には天棚機比売神(アマノタナバタヒメ)と呼ばれ
中国では西王母(中国古来の織物の女神)に
日本では織物をする→天照大神の役割かも!

秦氏が祀り、織物が盛んだったので
秦→機となって、機物(ハタモノ)神社と呼ばれる。


漢人・庄員が機織りの技術を伝えたその頃の交野ヶ原は養蚕技術を携えて渡来した
渡来民部族が支配し、北部の枚方(平方は鉄を延ばしたものを云う)一帯に
新しい技術と共に中国の道教思想なども伝わったようだ。

短冊に願い事を書くのは平安時代以降の風習で、これを燃やして煙として
天に届けるのは、道教寺院の道観でお札を燃やす風習を思わせる

平城京末期~平安初期桓武帝は17回嵯峨帝4回の行幸をし、他にも仁明・宇多帝と
平安貴族に鷹狩の遊びが流行し一大リゾート地となった。
在原業平も惟喬(コレタカ)親王の供をして惟喬親王の別荘渚の院で歌を詠んでいる。

渚の院跡は百済王神社と片埜神社のほぼ中間にある。

「狩り暮らしたなばたつめに宿からん 天の河原にわれはきにけり」
歌人で色好みの美男子が誰かに一夜の恋を誘っている!…それはさておき(笑)



機物神社と天の川をはさんで対面の高台地に
彦星・牽牛を祭っていた中山観音寺跡に
(南北朝期の戦乱により焼失)牽牛石がある。

七夕には、この牽牛と機物神社の織姫が
天の川の逢合橋で逢瀬を楽しんだと伝えられ
銀河に見立てた天の川に架かる橋は逢合橋

下流には天津橋や七夕の夜牽牛と織姫が逢う時
カササギが翼を並べて天の川を渡したという
伝説の橋カササギ橋が架かっている。
 (カササギ橋は枚方市)




flash「七夕」に使用したMP3-2曲をお借りしました。


※最初の「織姫」または下の「短冊飾り」をクリックして「flash七夕」をご覧下さい。


コメント ( 2 ) | Trackback (  )