夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2018年12月20日(木)「叫び」

2018年12月20日 20時43分07秒 | 「思うこと」
昨日は妻と東京都美術館で行われているムンク展ー共鳴する魂の叫びを観に行きました。うん、鑑賞というほど絵には疎い僕ですから「観に行った」というよりも「叫び」を「見に行った」という程度です。
時々有名な絵が来ると妻と見に行っています。
ムンクの若いころの自画像を見ると端正な顔立ちであの「叫び」を書いた人?と一瞬戸惑いました。写真も多く映していて。今でいう自撮りをしたものがたくさん残っているそうです。写真も素敵な青年です。
19歳から若いころは自画像を多く書き家族の肖像も残しています。お父さんが今?で新聞のようなものに目を通した絵は家族の暖かさを案じます。
このような絵からなぜ「叫び」のような絵が生まれてくるのか?
ムンク展ではこの辺の変化がムンクの生活を通して見えてくるのではないかと思いました。
少年のころに母親を亡くし姉を亡くす。たしか妹も若い時に亡くなっていたか。
ムンクと死は切り離して考えることはできないようです。
家族の暖かさを感じる肖像画が死というものが忍び込むことにより暗い絵となっていきます。臨終の絵では死神のような顔が出てきて、壁には霊のような顔が浮かび上がる。
「叫び」というタイトルの由来を
「ムンク自身は「自然をつらぬく叫びを聞いた」と語っています」(朝日新聞
「自然を貫く叫び」これの大きな存在が死でしょう。雲は血です。
ムンクの心にもう一つ影を落とした「自然の叫び」が愛と性でしょう。一人の女性との出会いと苦悩そして別れ。嫉妬や妄想などが渦巻く世界。
ムンクは酒浸りの生活になったそうです。
そこからムンクの絵も幻想的な象徴的なものになったのではないかと思います。
立ち直ったムンクは身近な人の肖像画を描く。自画像も書きますが晩年の部屋にたたずむムンクは先に書いた父親の肖像に近いものがあります。
ムンク展はムンクだけの絵を展示してあります。見ごたえがありますよ。絵のわからない僕でも楽しめました。
ムンクは多くの文章を残しているそうですが、絵について残した言葉を集めた本を買ってきました。
第三水曜日は65歳以上のシルバーは無料です。多くの年配者が見に来ていました。
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池に浮かぶ月338【12月20日】

2018年12月20日 18時56分09秒 | 「池に浮かぶ月」
東京は年にもよりますが夏にたくさん花を咲かせた花がどうにか冬を越すことがあります。
今年も極小のニチニチソウ(サントリーの)の冬越しをやっています。ペンタスも年を越せるかな?まだ元気に花を咲かせています。

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」

「12月20日という日」

【2017年】ツイッターつぶやき今年の夏植えた元気のなかったインパチェンスを鉢植えにして窓際の暖かいところに置いています。 夏の間につけていた葉っぱや花は落ちて新芽が伸びていま......

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