ここで取り上げられている「まっちゃん」は、知的な障害があったことで、
自ら考えて判断し、行動する主体となれなかったところが大きいのでしょう。
そのためにバスの運転手の方に何かで怒られて、「殺すぞボケ」などと言われたことが
あいまいな主体に恐怖とともに刻み込まれたので、自分が何かフラストレーションを抱えたときに
それを自分で繰り返していたのでしょう。
主体が未生成なほうが様々な自他境界や時間や場所などの境界が曖昧なため、
何か他人から攻撃されたりして恐怖を感じた体験を、自分から切り離しにくいのでしょう。
自分が介助している相手やカウンセリングしている相手、治療しようと関わっている相手が、
こちらに攻撃性を向けることがある場合は、そのような相手の以前のトラウマ体験を
想定したほうが良いようです。
医師や心理士が相手から向けられた攻撃性で傷ついたり苦労したことを書いていることは少ないです。
山中康裕氏の自閉症児とのプレイセラピーや、織田尚生氏の境界例患者の治療に関してのことで
少し取り上げられていた位のようです。
それだけ治療者にとっては、それを認識して対応すること自体が難しいことなのでしょう。
しかしながら自他境界の生成に関しては大事なポイントのようです。