Independent's紙の記事
岡野憲一郎氏は著書『恥と自己愛トラウマ』の中で、自閉症圏のケースである「レッサーパンダ帽男殺人事件」
においても、自己愛トラウマとして論じています。
しかしながら、自閉症圏では自己や主体が曖昧なので、自己愛トラウマということには
当てはまらないのではないでしょうか。
自己や主体があってこそ、誇りや恥などの自己に対する価値づけが生じるので、そこが曖昧な
ある程度障害の重い自閉症圏の人には「自己愛トラウマ」を当てはめるのは無理だと思います。
自閉症圏ですと、自己や主体が曖昧なので、この事件の場合、犯人が自己愛を傷つけられて犯行に及んだのではなく、
犯人が被害者の反応を、それまでに本人が受けてきた様々な暴力などの被害体験と結びつけて、
行動に及んだのではないかと思います。
周囲の反応をどう捉えるのかは、それまでの本人の成育歴などで、かなり違ってくるのだと思います。
岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist