立山日和。

立山連峰の山々を眺め富山県内を徘徊する日々を綴ったフォト日記。2014.11.3.までは友人の中国旅を毎日掲載した。

寒そうな海に鴨3

2009年11月22日 | Zenblog
 波が打ち寄せてくると、その波に乗る鴨、波から逃げる鴨。それぞれに戯れている感じは、ここまで渡ってきた安堵感があるのかも知れません。私には震えるような景色なのですが。

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寒そうな海に鴨2

2009年11月22日 | Zenblog
 波打ち際で鴨が遊んでいるように見えます。「寒くはないか」と思っても、北から渡ってきた鴨たちは、どうもそうは感じていないらしい様子です。

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寒そうな海に鴨1

2009年11月22日 | Zenblog
 昨日、時雨の合間に海を見に出ました。波は静かでしたが、空と海のたたずまいはいかにも寒そうでした。冬の北陸の海です。

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運城解州関帝廟4・・・JingShangの山西運城への旅

2009年11月22日 | JingShang君からの上海レポート
 その威震華夏牌坊の真下から見た鼓楼です。

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運城解州関帝廟3・・・JingShangの山西運城への旅

2009年11月22日 | JingShang君からの上海レポート
 配置図左下に見える「威震華夏牌坊」です。2の牌坊と同規模ですが、再塗装しておらず、日本人には、歴史を感じる建造物に見えます。

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運城解州関帝廟2・・・JingShangの山西運城への旅

2009年11月22日 | JingShang君からの上海レポート
 この地図には出ていませんが、更に南ある関帝廟の牌坊です。

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運城解州関帝廟1・・・JingShangの山西運城への旅

2009年11月22日 | JingShang君からの上海レポート
 昨日朝上海は霧と言いましたが、その後晴れました。寒波は一応収まったようです。今朝も靄が出ていますが、上空は青い空が見え今日は16度まで上がりそうです。

 さて今日は、運城解州関帝廟(うんじょう・げしゅう・かんていびょう)です。
 関帝廟は、三国志に出てくる蜀劉備(しょくりゅび)麾下(きか)の将軍で、勿論三国志にはよく出てる関羽(かんう)を祀る廟です。関帝廟は、各地にあり土地の守護神のように扱われています。洛陽の関帝廟を以前紹介したことがあります。洛陽の関帝廟には関羽の首塚があったように憶えています。
 このレポートの為に、関羽を調べると、何と関羽はこの運城解州(うんじょう・げしゅう)が出身地であることが判りました。この廟は589年に作られたようで、現存する関帝廟では規模最大で、保存が最も良く、建築も美しいと案内書には書いてあります。

 因みに、この解州の「解」は現代中国語発音では通常jie3声ですが、xie4声もあります。日本語音読みでは通常「かい」ですが、これはjie3声に相当し、xie4声に相当するのは「げ」ではないかと思います。漢和辞典が手許にないので、正確ではありませんが、その推定に基づき、ここでは「解州」を「かいしゅう」とはせず、「げしゅう」と読むこしました。

 まず1枚目は、解州関帝廟の配置図です。入場券を拡大しました。見ての通り、なかなか立派な配置です。山東曲阜の孔廟の「文」に対する「武」の代表としてこの解州の関帝廟は「武廟之祖」と言われているようです。

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