タチアオイやアジサイを眺めながら、東加積(カヅミ)台地をさらに上っていくと「歴史的土地改良施設案内」の説明看板が上がっていました。図はそれの地理を説明したものです。
江戸後期、図の東加積台地や東福寺野台地(標高150~300メートル、面積約260ha)を水田にして米の収穫を得るため、加賀藩から命を受けた椎名道三(シイナドウサン)が前任者から工事を引き継ぎ、2年あまりで1827年に工事を完成させた用水路です。
急流早月川から、その高低差を利用してここより11km上流の伊折で取水し、すべて人力で測量、岩石の掘削、トンネルの掘削を進め完成しました。苦労をしのばせるものが各所に残っているそうです。
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江戸後期、図の東加積台地や東福寺野台地(標高150~300メートル、面積約260ha)を水田にして米の収穫を得るため、加賀藩から命を受けた椎名道三(シイナドウサン)が前任者から工事を引き継ぎ、2年あまりで1827年に工事を完成させた用水路です。
急流早月川から、その高低差を利用してここより11km上流の伊折で取水し、すべて人力で測量、岩石の掘削、トンネルの掘削を進め完成しました。苦労をしのばせるものが各所に残っているそうです。
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