弥陀ヶ原の隣(東側)に広がる立山カルデラを見てみます。インターネットから採取した画像です。

カルデラの広さは東西6.5km南北およそ5.0kmで、立山火山の崩壊と侵食によってできたということです。中には泥鰌池や多枝原池といった小さな湖沼も点在し、かつては立山温泉と呼ばれる温泉が湧出して温泉旅館もありました(水害で荒廃)。
私はかつてこのカルデラ底部で行われている砂防工事現場の見学会に参加したこともあり、またカルデラを上から覗き込む弥陀ヶ原展望台から眺め下ろしたこともありました。その巨大なカルデラとその砂防工事の壮大さに圧倒されました。

その立山カルデラの一画をなしているのが左の鷲岳と右の鳶岳です。その鳶岳(大鳶山・小鳶山)が安政の大地震でカルデラ内に崩落し(大鳶崩れ)、その後も崩落が続いているのです。左から伸びている弥陀ヶ原の末端部も見えています。

立山カルデラのかなり下まで見えています。鳶山の右に越中沢岳も見えています。このカルデラ内では100年以上にわたる砂防工事が現在も続行され、富山平野が1~2メートルの土砂の下になってしまうのを防いでいます。
この立山カルデラの北アルプスにおける位置が分かる画像です。これも大きな画像ですので、動かして見て下さい。

標題をクリックするとページが開き、下にコメント欄があります。一言書いていただくと幸せです。
右下の「コメント」をクリックしてもページが開きます。
ぜひ
にクリックを!

カルデラの広さは東西6.5km南北およそ5.0kmで、立山火山の崩壊と侵食によってできたということです。中には泥鰌池や多枝原池といった小さな湖沼も点在し、かつては立山温泉と呼ばれる温泉が湧出して温泉旅館もありました(水害で荒廃)。
私はかつてこのカルデラ底部で行われている砂防工事現場の見学会に参加したこともあり、またカルデラを上から覗き込む弥陀ヶ原展望台から眺め下ろしたこともありました。その巨大なカルデラとその砂防工事の壮大さに圧倒されました。

その立山カルデラの一画をなしているのが左の鷲岳と右の鳶岳です。その鳶岳(大鳶山・小鳶山)が安政の大地震でカルデラ内に崩落し(大鳶崩れ)、その後も崩落が続いているのです。左から伸びている弥陀ヶ原の末端部も見えています。

立山カルデラのかなり下まで見えています。鳶山の右に越中沢岳も見えています。このカルデラ内では100年以上にわたる砂防工事が現在も続行され、富山平野が1~2メートルの土砂の下になってしまうのを防いでいます。
この立山カルデラの北アルプスにおける位置が分かる画像です。これも大きな画像ですので、動かして見て下さい。

標題をクリックするとページが開き、下にコメント欄があります。一言書いていただくと幸せです。
右下の「コメント」をクリックしてもページが開きます。
ぜひ
