バルセロナにある世界遺産といえば、サグラダファミリア。バルセロナ経済の全てを委ねているのではなかろうかと思えるほどの重要な観光資源で、なぜこんなに有名になったかというと、その奇想天外なデザインと、今でも建設中であるというその事実です。
ガイドさんによると、今の建設技術があれば、後10年ぐらいで完成するらしいのですが、それをあえてゆっくりゆっくりやっているらしいのです。なぜかと言うと、完成してしまうと、魅力が薄れて、観光収入が減るのではないかという試算があるらしいとのこと。
なるほどね、世の中には、「建設中だから」という付加価値がつく建造物もあるのですね。ガウディがそこまで読んでいたとしたら、すごい!
事実、工事現場入口の鉄ゲートから中をのぞいてみるとこんな感じ。 こんな写真もアートに思えてしまうから不思議。
サグラダファミリアと言えば、不思議な形をした高塔のイメージが強かったのですが、この建物、実はその扉口にほどこされた彫刻がすごいということを初めて知りました。
サグラダファミリアは聖家族という意味ですが、その扉口に描かれているのが、その聖家族そのものでした。マリアの夫(聖ホセ)ヨセフと、聖母マリア、そしてイエス。その家族の平穏やイエス生誕の喜びが扉口一面に、信じられないぐらい細かい彫刻で覆われおり、キリスト生誕からの聖書の逸話に基づいて、全ての彫刻が意味を持っていました。これは現場を見なければ知りえなかったことです。サグラダファミリア(聖家族)ってそういうことだったんですね。
そこで私が撮ってきた写真の数々。デジカメの望遠レンズの実力はすごい。肉眼では気付かなかった、細かい彫刻までカメラには収められていました。
まずは、「御生誕の正面」と言われる東側の扉に描かれた彫刻です。キリスト教徒の方であれば、「あー、あれはあの場面」とすぐにイメージできるのでしょうね。
そして興味深かったのは、西側の「受難の門」(最後の晩餐、磔の刑、昇天)で描かれている彫刻の違いです。こちらの門は、ガウディ亡き後の現代の彫刻家、スビジャック氏によるものらしく、現代の宗教観に基づかれているようです。
これを見て、ガウディのこの作品は、ガウディ一人が作ったものではなく、いろいろな建築家や彫刻家の共作になっていることを実感しました。 進化し続けるこの建造物は100年後にはどんな姿になっているのでしょうか?
ところで、このサグラダファミリアがこんなにも有名になったのは、日本人の力によるところが大きかったって知っていましたか?ガウディが市電に轢かれて死んでしまった後、工事が中断し、ほっておかれたのを、日本人の外尾悦郎氏が中心になって、工事を再開したことが寄与しているようです。日本人、大活躍です!
世界遺産めぐりはまだ続きます。
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皮肉屋YUKO
サグラダ・ファミリアに関して、ガウディの残したサグラダ・ファミリアに関するオリジナルの設計図・模型等は全て無くなってしまっているらしいです。今作っている部分の細かいデザインは、現在手がけている建築家や彫刻家の腕によるところが大きいそうです。
解説の通りガウディ自身が手がけた喜びを表現した生誕の正面とその反対側の悲しみの受難の門、まったく違ったように私には映りました。重要な建築物を手掛けるサグラダ・ファミリアの設計にガウディ自身が没頭するようになり、自ら閉居し他の仕事を一切断り財産を投入て専念したという。この建築現場を道路で眺めていた1926年、ガウディはバルセロナ市内で路面電車にはねられ、浮浪者のような格好のため救助されず病院に収容されたのが遅れたという。数日後、市内の病院で死去し遺体はサグラダ・ファミリア聖堂に埋葬されたそうです。
ガウディの残した足跡は、聖堂の建築を通じて、多くの人々が各国から集まり力を合わせ、共同で作りあげることを何よりも願っていたかのように私には感じました。話しが飛躍しすぎたかなあ。