大雪の空

46歳から始めて嵌ってしまった山歩きの記録と野球などの雑記帳。時々帰郷中の島暮らしの日常。

権現岳から三つ頭 2009年10月

2010年05月29日 | 八ヶ岳・中央アルプス他
幕営でノンビリしようと思ってでかけた。
西岳から編笠へ廻ろうと思っていたが何だか面倒になり、
一番楽なコースになった。
夜の寒さにはまいった。
翌朝の絶景で報われたが。

2009年10月11日-12日(1泊2日、テント)(単独)

1.初日 
観音平から青年小屋
11:35-12:45雲海-13:40押手川14:05-15:40

信濃境から西岳へ歩いて取り付こうと考えていたが何だか嫌になり、
小淵沢からタクシーで観音平に乗り付けてしまった。
昼飯にはいつもの「高原野菜とカツの弁当」。展望台の下で甲斐駒を見ながら食べた。
いつもの通り格好いい姿だ。眺める山ではダントツだろう。登ってもなかなか。
今日は小屋までなのであせる必要も無く気分は楽だ。
雲海とは何かよくわからない地名だなあ。次の押手川のちょっと先で中休止。
若い夫婦らしき2人がラーメンを食べていたが、この頃の若い人達はファッションが
洗練されてるよなあ。それに比べてオジン、オバンは何か同じ様な格好で光るものが無い。
まあ俺などはもっとひどいけど。
道は急登や危険なトラバ-スも無くて、幕営者御用達といったところだ。
テント場は結構賑わっていて後からも続々と到着した。今日は中年の団体までいる。
しかし夜の冷え込みは半端でなかった。あちこちから寒い寒いというのが聞こえた。
湯たんぽをつくってみたがそれでも辛かった。
次男坊と寝た黒百合ヒュッテのテン場でも凍えたのを思い出した。

2.二日目
小屋から甲斐大泉
6:35-8:35権現岳-10:00三つ頭-10:45前三つ頭-昼食30分-13:10天女山-14:15

撤収に手間取ってブービーの出発。
のろし場まで結構辛い登りだが、まあいつものスロースローの歩きは仕様が無い。
のろし場に着いて仰天。とんでもない絶景が待っていた。
北が槍の先までクッキリと見えているではないか。随分昔に編笠で見た時は霞んだ南しか
見ていなかったのでこんな山岳風景が見えるとは思っていなかったのだ。
寒気で空気が締まっている秋だからなんだが昨夜の冷え込みのお陰と思えば震えながら寝た
甲斐もあったわけだ。
うーん、それにしても素晴らしい。ノンビリ歩いてこの絶景ならコストパフォーマンスは二重丸だ。
しらびそ小屋とここはのんびり、まったり歩きの秘密基地に登録しておこう。
ギボシへの登りは岩がちで歩きやすいが相変わらずスロー。後ろから若い5人組が来たので
先に行かせる。せかされると疲れが倍加する。
権現小屋のトイレは何か眺めのいい所だが危なっかしいところに建っていた。
ここらから見る赤岳や阿弥陀は月並みな言葉だが素晴らしいの一言だ。
権現岳にはヘッピリ腰のオバン2人が岩にビビッテもたもたしていた。ここからの下りも長かった。
三つ頭からの権現は鋭くてキリッとしている。前三つ頭あたりまでは稜線の道なのでまあまあだが、
樹林帯に入ると暗いし単調さにウンザリ。途中から熊笹とシラビソの中を1時間近く歩かされて
まいってしまった。
天女山からは車道を歩いて甲斐大泉に着き、パノラマの湯で汗を流した。
小淵沢から「ホリデイビューやまなし」で帰ったが快速かつ始発で使い勝手が良い。
おまけに大好物のあの弁当もゲットできるし貧乏山屋には最高。
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巻機山 1997年9月

2010年05月29日 | 関東周辺
記録が何も残っていない1997年の山。
秋山で登ったが山はあまり憶えてないが小屋で
同宿した連中が面白かった。

1997年9月27日-28日(1泊2日、避難小屋)(単独)

桜坂の駐車場に車を停めて井戸尾根を歩いた。
入り口に米子沢は入渓禁止の看板があった。良さそうな沢だが一箇所ちょっと
難しい滝があるらしい。
展望はすこぶるいい。左手に天狗岩、右手には米子沢が見えている。
ズミ、ナナカマドの実が赤く熟れていて、持ち帰って焼酎に漬けてみた。
5-6年経ったのを見たら結構いい色になっていた。
歩きの面白さはこの井戸尾根よりはヌクビ沢か割引沢の方が良さそうだ。
この時寝た小屋は古い平屋の建物でトイレは別棟だった。2-3年前に建て替えられた
新築の小屋にもう一度寝てみたいのだが、やるとしたら六日町から五十沢渓谷で
登ってみたい。ちょっと長いのが難点だがいざとなったら野宿できる水場が
途中に二箇所ある。秋の紅葉時は素晴らしいらしい。
巻機山の頂上は湿っぽくてピークのはっきりしない、まああまり締まらない代物だった。
案外とこんなのが多い。槍なんかは特別だ。
さてこのときの同宿は星の観察の若者、30代の山慣れした男、関西からの中年オヤジ
の3人だった。
若者と30代の2人とも越後三山駈けをやったらしくて、どんなもんなんだと聞いたら
2人とも二度と嫌だと言った。
とにかくアップダウンが半端でないらしい。
しかしその後、南会津の三つ岩岳で一緒になった中年女性は大好きで二度もやったとか
言っていた。まあ二度と嫌というのが普通の感想らしい。
この30男は山男ならクソは自由自在にできなければ一人前じゃないとほざいた。
しかしまあそうできれば非常に便利というか、時間の節約にはなる。
人間生理現象は似通っているので小屋の朝が大混雑には皆閉口だろう。
前夜か夜中に済ましておけばすんなりと出発できるわけだ。
山の二日前くらいからやっていればすんなりできるだろう。
この男は普通の米を持参してコッヘルの蓋に重しを乗せて上手に炊いていたし、小屋を
臭いで充満させたがキムチを振舞ってくれたりした。
デカザックを担ぎ、北アルプスの五色ケ原で1週間くらいのんびり遊んでみたいと言っていた。
紅葉の記憶が全く無いので多分あまり良くなかったのだろう。
翌朝4人でにわかパーティーを組んで井戸尾根を降りた。
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